コンビニ

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Special Thanks to Shiva!



自動扉が小さくブンと唸り左右に割れ、流れ出すBGMと入れ代わるように店に入る。幾つもの台風が猛威を振るった騒がしい夏が終わり、レジ前ではバイトがせっせと中華まんを補充している。
23時まであと数分。缶ビールを2本とポッキーをカゴに放り込み、大通りに面した雑誌売場を横目でチラリと確認する。二重顎の小柄な中年男がひとり、ブツブツと呟きながら週刊紙を物色していた。

また、だ・・・

何年経っても、こういう癖はなかなか抜けない。
僕の探し人は、立ち読み客とは思えない堂々たる態度で、いつもそこに居た。時には女性誌をニヤついた顔で眺めながら、僕の帰りをここで待ってた。

逢いたい。

隣の売場に足をむける。腰を屈めて冷凍庫をのぞき込む。これだ、この安っぽい真っ青なソーダ味のが好きだったんだ。夏が終わったって・・・真冬だって食べてた。寒い寒いとガタガタ震えながら・・・
思い出して、顔がほころぶ。
もう笑えるようになってる自分に、少しガッカリする。
「おい、俺のも買ってくれ」
突然真後ろから声を掛けられて、無駄にデカイ僕の身体が5cmは飛び上がったと思う。
正面の窓ガラスを、上目使いにそっと確認する。
「驚いたか?」
背後にぼんやりと映る、僕よりふたまわりは華奢な人影。見間違うはずのない、目に馴染んだカタチ。

「・・・・・」
「相変わらずボーッとしてんなぁ。ギャーとか逃げられても腹立つけど~」
「・・・まこ・・と・・・」
「そうだよ、それ以外のナンに見える?」
腕を胸で組んでクイッと顎を上げたお決まりのポーズが、暗いガラスに映る。
「・・・真言?」
「だからそうだって。アホ面してねぇで、早く会計しろよ。アイス食べたい・・・・あ、ビール俺の分も買ってね❤」
そう言うと後からグイッとスーツの袖を引いて、僕を強引に反転させた。

「ナンだよ。穴でも開ける気か?」
言葉もなく向かい合い、矯めつ眇めつするしかない僕に、意地の悪い笑顔をむける。
「どうして?」
「3年目だから里帰りだ。親父と兄貴に会ってきた」
「どうして?」
「なんだよー、嬉しくないのか?俺様に会えてさぁ」
口を尖らせ、拗ねてみせる。ついでみたいに自然なしぐさで僕の脇腹をつねる。
痛い。紛れもなく、本物の真言だ。
「どうして、ここに?」
「仕事帰りに寄るんじゃないかと思って、待ち伏せた。5日も俺を待たせやがって・・・イイから、早くアイス喰わせろ!」
そう言うと踵を返して、すたすたとレジに向かった。


人通りの少ない夜道をふたりで帰る。
真言は僕の右側の少し前を大股で、ソーダバーを齧りながら歩く。時おり振り返り、小柄な自分におとなしく付き従うデカブツを確認しては、満足げに笑う。僕はといえば、ただゆっくりと、コンビニ袋をカサカサいわせながら後に続く。

あの頃と、何も変わらない僕ら。


違う・・・死んだ・・・はずだ。

日曜の朝だった。
7時過ぎの、真言からの着信。
相手は知らない女性で、的確な説明で呼び出された。
病院までは何処をどうやって行ったのか、今でも思い出せない。気づいたときは、ベッドサイドに立っていた。

顔はアザだらけ身体は傷だらけで、包帯やらガーゼやら、まるでミイラ男みたいになってた。色んな管に繋がれて、息だって自分ひとりじゃ出来なくて。
機械が送り込む空気で胸が規則正しく上下しているのを見て、僕はその空間から一目散に逃げ出した。
真言が生きてた最期の7日間、僕は一度も会いに行かなかった。

行けなかった。
突然すぎた。
出会って6年、つきあって2年。不測の事態に背を向けて、僕は。

「真言・・・・・苦しかった?」
後ろ姿に問いかける。
「あったり前だろ。どこもかしこも身体中が痛くて、苦しくて、死んだ方がましだって毎日思ってたよ」
「・・・そうか・・・」
「でもまぁ、それより、おまえに会いたくて、あいたくて・・・・・逢いたくてタマシイが10個ぐらいに千切れそうだった」
「・・・・・・」
「死ぬ前に一回でいいから『マコ』って呼んで抱きしめてくれたら、痛いのも怖いのも半分になっただろうよ」
「・・・・・ごめん」
「独りで逝かせやがって。俺はおまえを一生許さねぇからなっ・・て、もう俺の一生は残ってないけど」
抑揚のない声で言い、シャクリと最後のひとくちを放り込んだ。

初めてできた、僕の大切な人。
それを、そんな風に終わらせたのか。
僕は。


昆虫の標本みたいに、脳天からピンで地面に縫い止められた気がした。真言について行きたいのに、足が動かない。
真言が歩を止めた僕を訝しげに振り返り、チッと舌打つ。
「そんな顔したって許さねぇ。来るのが遅ぇんだって」
言うなり僕のスネを、結構な強さで蹴った。そして、大きく一歩踏み出すと、ふたりの隔たりをゼロ距離に詰める。
柔らかな髪が顎にあたり、石鹸とコカコーラを混ぜたような・・・真言の匂いがした。

「盗んだろ?おまえ」
僕を真下から睨みつける。
「うん」
「見ろよ」
目の前に突き出された左手には、中指が、半分しかない。
「どっか抜けてンだよ。昔っから!」
「・・・・・ごめん」
「重要なのはどの指ですかぁ?中指持って帰ってどうすんだよ、ばーか」
「・・・すごく、焦って・・・バレたら・・真言が困ると思って」
「死人が困るもナンもあるかよタコ!ほんとアホだな?救いようがないわ~」
先っぽが薄く青に染まった棒で、喉仏の辺りを突つかれる。
「・・・・・ごめん」
「そればっかかよ~なんかほかに言うことねぇの?」
「あの・・・・・・・・ごめん」
「はあぁぁぁ~」
大きな溜め息をつき、大袈裟に両腕をひろげて天を仰ぐ。上を向いた横顔が綺麗で、カラダが少し熱くなる。
真言には耳の少し下に小さな火傷の痕があって・・・死んでもリセットされないのか、と不謹慎にも嬉しくなる。


「泣いた?」
視線を上弦の月に向けたまま、真言にしては小声で尋ねた。

「え?・・なに」
「俺が死んで、泣いたかって聞いてンの!」

泣いたよ。

目玉が溶けて無くなるんじゃないかってほど、毎晩、何時間も。
小さくて白い、頼りない欠片を両手で握りしめて・・・真言に逢いたいって、僕も連れていって下さいって、泣いた。
最初は気を使っていた職場の同僚も呆れるぐらい、毎朝、泣き腫らした目で出勤した。

「最初の2ヶ月だけ・・・」
「はぁ?っんだよっ!おまえ以外と薄情だなぁ・・・・・まぁ、いいけど」
「で、無かったコトにした」
「何を?」
「真言を。真言と出会ってからのすべてを。でも、それは無理だって、すぐに分かって」
「ハイハイ、それで?」
「僕は捨てられたんだって。飽きられて、捨てられて、もっと気の利いたイイ男のところに行ったんだって」
「はぁ?なんっだそりゃ?」
「そこで幸せに・・・い、生きて、暮らしてるから悲しくないんだって・・・」
「おまえ、やっぱアホだろ?」
「真言が居ないと、僕にはご飯を食べる理由も見えなくなって・・・怖くて、また」
「ったく、馬鹿デカイだけで情けねぇ奴だなぁ~まぁ、後を追い自殺とかなくて良かったわ。おまえの家族に恨まれたくねぇからな」
早口で言って、そそくさと歩き出した。

いつかまた、会えるんじゃないかって・・・本気で信じていたわけじゃない。
けど・・・

「真言、おまえ幽霊になったの?」
「イヤ、よく分かんねぇ」
「僕を恨んで、この世に?」
「あン?ばーか、違う違う。3回忌にこっち帰ってきて、帰りのバスに乗り遅れた」
「・・・バス?」
「バスで来たのよ、あの世から」
「船とかじゃ・・・ないんだ」
「帰りの日に実家で飲んだくれてて~新宿行ったらバス出ちゃってた」
「新宿?」
「そ。知らなかったろ?俺も死んで初めて知ったわー」
「・・・どうするんだよ。次の、バス?いつだよ」
「知らねぇ。指定が取れてんのは7回忌の便なんだわ」
「ななっ?」
「まぁ、そのうち誰かナンか言ってくんだろ。俺以外の奴らも、毎日あっちから送迎バスで来てンだろうし」
「・・・」
「ほんとは家族以外と会っちゃいけないって言われてんだけど、『帰りそこねました、しばらく世話になります』じゃ格好つかねぇし。世間は秋の気配で野宿は厳しいし。現世のビールは旨いし。頼むわ。ねっ?」
「・・・・・・」
「なんだよー嬉しくないの?感じ悪ぃな、元カレに対してよぉ」
「僕は・・・やっと」
「そんな複雑な顔するなって!大丈夫だよ、客が家に来た時は消えるし」
「・・・消える」
「それに、明日の朝には溶けてなくなるかも知ンねぇだろ~」
「溶けて・・・なくなる」
「だから気にすんなって!」
そう言って笑い、いつもの調子で腹に頭突きをしてくるかと身構えたら、違った。

真顔でピタリと、僕の左胸に掌をあてる。

「あー・・・・おまえは生きてるんだな」
「・・・・・ごめん」
「謝るトコじゃねぇから」
薄いワイシャツ越しに真言の感触が伝わる。
「冷たいのかと思ってた・・・その・・幽霊って」
「それがさぁー俺も死んで初めて知ったんだけど、この世に来ちゃうと普通なのよ。モノ喰って出して寝て・・・結構面倒くせぇの~」
「真言・・・」
「ナンだよ。細かいルールはあとで教えてやるよ。とりあえず家帰ってシャワー、ビール、で、仲良くしよ!なっ?」
「・・・真言」
「いっぺん死んだ奴とか抱くの、キモいか?でも、人生観変わるかもしんねぇぞ?」
「僕を残して逝ったこと・・・怒ってないよ」
「・・・やめろ!元晴のくせに、気の利いたこと言おうとするんじゃねぇ!」
「だって、ずっと伝えたかった。逢いに行かなくてごめん。僕は、ただ怖くて・・・怖くて真言をひとりに・・でも本当は、とっても逢いたくて。でも、あの・・・でも」
「それ以上言うな!成仏しちまったらどうするんだ!」
怒った声とは裏腹に、真言が僕の胸に顔を埋める。
僕は小さな背中に掌をあてて、真言が存在する不思議に触れる。

シャツを通してもじんわりと温かい。
幽霊も熱量のある涙を流すと・・・僕は初めて知った。


夏だから怪談しましょ~っていってから1ヶ月と半分・・・どこら辺が怪談かと言うと、幽霊が出るから。ただそれだけです(^-^;
どこら辺がBLかというと・・・えーっと、知らないもん(2歳児ですか?)。

今回も我が儘いって、Shivaさんに素敵な挿し絵をいただきました!
絵が文章を大きく越えてくる高品質で、慌てて本文を見直さなければならず・・・良い刺激をいただきました(^-^)ゝ

Shivaさん、新人くんの尻拭いに奔走中のさなか、本当にありがとうございましたm(_ _)m ますます西の方に足を向けて寝られません!

おしまい

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