リザエレ! エレミネイション+ウィンクルム EPISODE 02 『トレーニング for HAJIMEMASITE』 Vol.1
はじめに
この度は数ある記事、作品の中から本作品(「リザエレ! エレミネイション+ウィンクルム」)をお手に取っていただき、心より感謝を申し上げます。
度々のお願いで恐縮ですが、お読みいただく際の注意事項を以下に添えさせていただきます。
本作品は現在『note』のみで連載しております。その他のブログサイト、小説投稿サイト、イラスト投稿サイトでは連載しておりません。この作品は一部無料にて公開しているものですが、掲載されている画像、文章などは著作権フリーではありません。無断転載、コピー、加工、スクリーンショット、画面収録、AI学習及びプロンプトとして使用する行為はお控え頂くよう、ご理解の程よろしくお願い致します。
この作品の物語はフィクションであり、登場する人物、場所、団体は実在のものとは一切関係ありません。また、特定の思想、信条、法律・法令に反する行為を容認・推奨・肯定するものではありません。本作には、演出上一部過激な表現が含まれております。お読みの際は、十分ご注意ください。
Chapter 11 「EとEの話」
私立マリトワ女子高等学校。
先日約束した通り、愛叶は希海たちと一緒に学校へと登校した。 個性的な身なりで――リボン、シュシュ、カラーエクステ、ジャギー、パーマヘアー、缶バッジを付けた鞄、リュック、短めのフリルソックス、踝下まであるスカート、GANSのスニーカー――校内を歩く生徒たちの姿を見て、また新たに学校生活が始まるんだと思うと急に不安が襲ってきた。しかし二人が同じクラスの一年C組であることを知ると、その不安はすぐに解消された。だが、この後の自己紹介は無茶苦茶緊張してしまった――。
出席確認、ホームルームが終わると、早速クラスメイトから質問責めに遭った。
好きな食べ物、好きな歌、推しの配信者、何のアニメが好きなのか、彼氏はいるのか、どこの部活に入る予定なのかなど――愛叶は答えられるものはすべて答えた。
*
午前の部が終わり、昼休みの時間となった。
朝質問責めをしたクラスメイトたちがまた愛叶に群がりはじめた。
「ねえ、勇木さん。一緒にお昼食べない?」
「今日晴れて暖かいし、屋上開放日だから外の眺め良いよ」
「え、屋上でお昼? 楽しそう! あっ、今日お弁当持ってきてないんだ。売店いかないと」
「案内してあげようか?」
「みんな、ちょっと悪い。あたし、こいつと話があるんだ。遠慮してくれないか」
愛叶を囲むクラスメイトたちに割って入ってきた希海は彼女たちにそう言った。クラスメイトの何人かは表情を曇らせた。
「高乃さんが言うなら……しょうがないね。華山さんもいるし……」
クラスメイトの一人がそう言うと、愛叶を取り囲んでいた生徒たちはその場からはけていった。
「え、え~……リザエレの影響力すごくない?」
購買部にて、愛叶はいちごブレッドといちごミルクティー、芽瑠はメロンドーナツとヨーグルト牛乳、希海は鮭おにぎりと緑茶を購入後、三人は校内で海が一望できる中庭へと移動した。
ベンチに座る三人。一昨日の寒さとは打って変わって変わって、今日は嘘みたいに暖かい。吹いてくる風は春の心地よさだ。
愛叶はしぼみかけの風船のように体の力を抜く。
「ふぅい~、やっと落ち着ける……」
「午前中はずっと質問責めされてたね」
「うん。あんなに取り囲まれたのはじめてだよ~。フェイスラインのフレンド登録もしたし、ちょっと疲れた……くぅう~」芽瑠に返事をしながら、愛叶は両腕を前に出し、背伸びをした。
「これからはもっと疲れるからな。今のうちに疲れておけ。今日はあそこでトレーニングするからな」
「えっ、いきなりトレーニング? まだハジメマシテなんですけど……。それってどこでするの? スポーツジム?」
「ルート東浜辺支部の中にある訓練施設でする。訓練って言っても、警察や軍隊のようにやるわけじゃない。普通に基礎体力を鍛えるトレーニングだな」
「ふーん……あっ、でもわたし、まだリザエレの正式なメンバーじゃないよ? 一緒にトレーニングしちゃってもいいの?」
「正式じゃない方法で変着しちゃったんだからさ、やっちゃっておいても損はないだろ」
「……そうだよね。しないと怪我したりいろいろ危ないもんね。それで、トレーニングってどのぐらいキツイの? あんな怪物と戦えるぐらいだから相当なものでしょ?」
「内容による。今日予定してあるものは、そうだな……バスケ部並みにキツイかもしれない」
「バスケ部並み? う~きびしそうかも。でも、中学のとき陸上部に入ってたからいけるかな」
ストローを咥え、愛叶はいちごミルクティーを飲む。
「あ、そうだ」
慌ててストローから口を離し、愛叶はまた希海に訊ねる。
「ねえ、この間の話の続き、聞きたいんだけど……」
「この間の話? ああ、システムとイヴィディクトの話か」
そう答える希海は何故か鼻でため息を吐き、言いたくなさそうな表情をする。
「ややこしいんだよ。説明するのがさ……」
「それでも聞きたい! なんで変身できるのか、なんで服を収納できるのか、怪物はなんで現れるのかとか色々!」
「全部のこと言うと昼休み終わるから、今言った三つな。じゃあまずはなんで変着できるかだな」
希海はエレメティアをタッチし、目の前の空間上に現れた九つのアイコンから歯車マークの設定を選択。『ガイドブック』と記載された項目をタッチして、ページ6を展開させる。
映し出されている青白い半透明のディスプレイには変着に関する説明が図を用いて表示されている。
「あれは今いる空間と別空間とのアクセスを可能にした技術で変着している」
「別空間とのアクセス?……」
「別空間は常にあたしたちの身の回りにあるもので、エレメティアを使うことによって物を呼び出したり取り出したりすることができる。変着は今着ている衣服を書き換えて変身している。だから登録してない服は消滅したんだよ」
「書き換えてるんだ……。やっていることは単純に見えるけど、あれってすごい技術だよ」
「この技術は今は限られた機関にしか提供されていなくて秘密裏にされているけど、あたしたちはルートから提供されているから普通に使用しても問題ない。近い将来、スマホが無くなってエレメティアみたいな時計型ケータイが一般化するかもな。とにかく、技術的な細かいところは置いといて、肉眼では見えない別空間と繋がっているから変着と収納ができるってわけ。で、これを可能にしているエネルギー源についてはガイドにも名前だけ載っている――これ」
希海が指さす箇所には、『イフタナル』という文字が。
「イフタナル?」
「イフタナルは別の次元から来た万能物質っていわれている。今はそれしかわからない。詳しい話は開発者たちから直接訊いてみないとな」
「スケールすご……。別の次元って本当に存在したんだね」愛叶はいちごブレッドを口にする。
「ふぅう……次はイヴィディクトだな。これも説明するのが難しい」
緑茶を一口飲み、希海はページを『イヴィディクト』に切り替えて説明を続ける。
「イヴィディクトは、EDCカードを使用して体に鎧機を纏い、常人とはかけ離れた力を発揮できる状態のことをいう。これはこの間説明した。イヴィディクト状態には制限時間があって、約六十分間、その姿を維持できる」
「えっ、結構長いね……」
「これがそのEDCカードだ」
希海が表示させた画像には、動物や昆虫などの生き物のデザインが施されたカード型の小さな記録媒体が映し出されている。色鮮やかで玩具のような見た目は一見、危険なものには見えないが、何者かの強い意志、情熱とは反対の怨念が込められているようなそんな負のパワーを感じる。
「なんか怖い……これを使っただけであんな姿に変身しちゃうのか……。こっちもすごい技術力だよね」
「体のどこかに挿して変身しているらしいけど、装置的なものは今まで見たことがないんだよな。体を鎧に変えられるはずなのに、身体への副作用がほとんど無いらしい」
「あれでリスクが低いの? 逮捕されるリスクのほうが高いよね」
「あん。こんなものが東浜辺市内にある、あの地区というところで売買されているらしい」
「ん? 何か聞き覚えが……」目を上に上げる愛叶の隣で芽瑠はメロンドーナツをほおばる。
「あの地区は市内で一番治安の悪い地域って言われてる。あたしは行ったことないけど、小さいときからあそこには近づくなって、よくじいちゃんに言われてたからな。実際、あの地区で大ごとになることが起きて、そのとき見つかったEDCカードは一度取り締まりを行って根絶までしたらしいんだけど、何故かまた最近出回ってる」
「へっ、なんで?」
「それはわからない。誰かが何か企んでいるんじゃね? でなきゃ説明がつかない」緑茶のペットボトルのフタを閉める。
「企んでるのかな……そうかもね。希海たちでも分からないことが多いんだ」愛叶はいちごミルクティーを飲む。
メロンドーナツを食べ終わった芽瑠は包装紙を綺麗に折り畳み、ごちそうさまでしたと手を合わせた。
「でも、最近イヴィディクトの出現数は少なくなってきているし、売買されているとしても使わないで持っているだけかもしれないよ。使ってくれないほうがウチらにとってはいいことだよね」
「だな。これで一応説明は終わりだ。ほぁあぁ~……」希海は大きなあくびをしながら背筋を伸ばした。
午後のチャイムが鳴る。昼休み明けの授業は担任の阿賀先生による国語Aだ。
Chapter 12 「ルート東浜辺支部」
――放課後。今日一日学校生活が終わり、気疲れをしているが、このあとには基礎体力訓練が待っている。
専属トレーナーによる厳しい指導が……。そのようなことを頭の中で思い浮かべながら、愛叶は自己紹介の時と同様、嫌な汗をかいていた。
◇
学校から北東へ徒歩で約二十分ほどのところにある最寄り駅、琴球駅に着いた。
琴球駅はこれから向かうルート東浜辺支部に最も近い駅で、駅から直接支部へとつながる遊歩道がある。街路樹に囲まれた道の先に、海、太陽、月を模した三つの建築物が見える。コンベンションセンターとよく似た造りの建物――ここがルート東浜辺支部である。
ルートとは、世界平和を目的とし活動する超常情報調査機関。主に怪物・超人事件や超常現象の調査及び対処、各国の対外情報局と連携して行う特殊作戦活動の他、行政機関の業務の一端を担う。
世界各国に支部があり、日和には七つ、核となる本部はエッグザード国に設置されている。
一説によると、ルートの創設者はエッグザード国の国家情報局『M・I・F』の元長官とされているが、その情報は都市伝説、陰謀論として片づけられている。
今日希海たちが利用する訓練施設はルート会員であれば誰でも利用できる。しかし階級によって利用時間、使える設備等が異なる。ランクはAからFまであり、Cランク以上はルートが提供する仕事の依頼を受けることができる。ネオボランティアとして活動を行うリザエレ!は一番下のFランク。
日和でのみ施行されているネオボランティア法に基づき、刃物類、工具類を使用しての街を主体としたボランティア活動に参加する一般市民は事前にルート会員であることが必要となる。特別な理由がない限り、資格条件を満たせば誰でも取得が可能。条件は性別問わず、日和国籍を持つ15歳から30歳までの過去三年間に学歴、職歴のある者。入会費は無料。ただし、年間五万バースコインの会費がかかってしまう。リザエレ全メンバー分の年会費は華山芽瑠が代表で支払いを行っている。
特別な理由――政治団体、宗教団体、反思想団体などに属している人間はルートの会員になることはできない。
車が出入りする正門前には警備所があり、鋭い目つきの画面付きロボットと警備員のおじさんが、挨拶をした彼女たちを凝視してくる。愛叶は心臓に氷を当てられたような緊張を味わった。
正門を通って施設の入口まで歩き、自動ドアを開けて施設内に入る。
総合受付には立体ホログラム――アニメ風の受付嬢の姿をしたバーチャルレディが立っていた。
《「こんにちは。ルート東浜辺支部へようこそいらっしゃいました。本日はどのようなご用件でしょうか?」》
バーチャルレディは可愛らしい笑顔を振りまいて三人に話しかけてくる。希海は彼女に応対する。
「今日ここのトレーニング施設を利用させてもらう予定なんだけど、あたしの連れにまだルートの会員じゃない子がいるんだけどさ、入らせてもいいか?」
《「失礼ですが、来所者様はルートの会員証をお持ちでしょうか? お持ちでしたら、ご提示のほうお願いいたします」》
希海と芽瑠は制服のポケットからルート会員証を見せる。
《「Fランク会員の高乃様と華山様ですね。その場合ですと利用時間は一五分短くなりますが、非会員様とご一緒にご利用することができます。詳しくは当施設内の音声付き案内掲示板に記載されておりますのでそちらをご参照ください」》
「そうですか、ありがとうございます」
《「他にご質問はございませんでしょうか」》
「ないよ」と、芽瑠は答えた。
《「右側のゲートを開きました。行ってらっしゃいませ」》
バーチャルレディは左手を上にあげ、ゲートへ歩く希海たちを見送る。ちなみにこのバーチャルレディはアクセシビリティに対応しており、手話や世界各国の言語を話すことができる。
三人はゲートを越えて施設内に入る。グレー色の廊下には点字ブロックと赤と青のデジタル誘導案内線が引かれている。
青はルート東浜辺支部本館へ、赤はトレーニングホールへ。希海たちは赤いデジタルラインに沿って歩いていく。
やがて左右窓ガラスに囲われた廊下を通り抜けると、高級ホテルのロビーのような場所に辿り着いた。目の前には認証式自動改札機が横一列に並んでいる。
「うわっ、こんなに入場ゲートが……」
「ここがトレーニングホールの入り口だ」
希海はそう言った後、入り口中央にある小型ディスプレイ端末に人数を入力し会員証をかざした。すると、ハープを奏でる幻想的な音が流れ、端末下部の挿口から白い縁の透明カードが発行された。
「ほい、お前の入場カード。失くしたら帰れなくなるからな」
愛叶は希海から、『ゲスト専用入場カード』を受け取った。
「大丈夫、失くさないよ。で、これはどうすればいいの? このカード透明だし、白い枠しかないよ?」
「そのカードを自動改札機手前の認証ディスプレイにかざして。かざせば何かが表示されるから」
「ふ~ん。なんか時を越える電車の王様みたい……」
希海、芽瑠は会員証を縦長の認証ディスプレイにかざし、自動改札機と手前のガラスのドアを通って入場する。二人は入場口の前で愛叶を待つ。
愛叶は自動改札機まで進み、認証ディスプレイに表示されている枠にカードをかざした。
心地よい音と同じく、何も表示のなかったカードに愛叶の顔写真と入場時刻が刻まれた。
「わっ! すごっ!」
驚きつつ、自動改札機とガラスのドアを通り、トレーニングホールのラウンジへと入る。
これまでの現代的な内部構造とは異なり、アンティーク様式で統一された広々とした空間には、仕事、休憩、食事、読書をするためのスペース、家電、雑貨、スポーツ、食料、書籍の品を取り扱う無人販売店、上階へ続くエスカレーターが設けられていて、床に敷かれた赤い絨毯と温厚なシャンデリアの照明が落ち着きを与えてくれる。想像とは違う、大人らしい色気に包まれた雰囲気に愛叶は少し緊張してしまった。
「おい、これからロッカールームに行くんだけど、お前今日運動着持って来てないよな」
「……あ、う、うん」
「じゃあ、あそこで芽瑠に服買ってもらえ」希海は無人販売店を指さした。
「えっ、いいの?」愛叶がそう言って振り返ると芽瑠は笑顔で頷いた。「お、お金持ちだね。芽瑠ちゃん……」
荷物をロッカーに入れ、希海、芽瑠はエレメティアに登録してあるスポーツウェアに変着する。二人とも常連利用者らしく黒色をベースにした服装だ。
愛叶は買ってもらったばかりのスポーツウェア一式をエレメティアに登録。そのままスポーツスタイルに変着した。
白色のTシャツ、ピンク色のショートパンツ、黒のスポーツタイツ、赤色のシューズ。明るめな服装はいかにも初心者というにふさわしい格好だ。
トレーニングホールの扉が開く。おお?!――大きく目を見開き、驚く愛叶の眼下には、白を基調とした競技場と似たつくりの空間が広がっている。一周およそ四〇〇メートルのトラックの内側と観客席を含む外側に当たる部分には、色と番号で区分けされたトレーニングスタジオが設けられている。
インフィールドにある黒の1はトレーニングマシン。アウトフィールドにある白の2、赤の3、緑の4、黄の5、青の6は下からストレッチ、マーシャルアーツ、トリッキング&パルクール、クライミング、ヨガ。各スタジオにいる利用者の人々は懸命にトレーニングに励んでいる。
愛叶はそれを見て思わず、
「ねえ、ここ、学校の体育館何個分かな?」と、二人に訊いた。
「気になったのそれかよ。もっと他にあるだろ」希海はツッコミを入れた。
「普通の競技場と同じぐらいの広さだと思うよ」適切な答えを愛叶に伝える芽瑠。
「そんなにあるの?! 建物の外からじゃわからないもんだね~。あっ! あれやってみたい!」愛叶はトリッキング&パルクールスタジオにある飛び込み台に指を差す。
「お前はまず、体を柔らかくするストレッチからだ。下に降りるぞ」
「えへへ。そうだよね~……」
トラックの外側にあるストレッチ用の区画に移動し、バーチャルトレーナーと一緒に三分間の体操を始める。
体操の後は身体を柔らかくするストレッチ。愛叶の両脚は今、45度に開いている。
「あいたたた!……」
「愛叶、これ以上広げられない?」
「う、うん……これ以上は……無理です」
「もっと日常的にストレッチしてないと、準備体操で怪我しちゃうよ?」
「怪我だけは嫌だ~、いたた~……」
「ほら、愛叶、あれぐらい柔らかくならないと」
「えっ?」
芽瑠は愛叶の肩を叩いて希海に目を向けさせる。愛叶が見つめる希海は今、折りたたみ式スマートフォンのように体を曲げている。
お尻からかかとまで、地面に密着している状態で上半身を起こし、両脚を体の前と後ろに持っていきIの字の形にする。Iの字から右脚だけを前に移動させ、両脚を開いてVの字の形にする。
今度は左脚を後ろへ持っていき、またIの字の形にした。十秒ほど姿勢を保った後、左脚を前に移動させて両足を揃えて立ち上がった。
「うわっ、すごっ。希海って見た目によらず体柔らかいんだね……」
「ふう~。お前は見た目通り体固いな」
愛叶にそう言い返し、希海は顔で芽瑠に合図を送る。
芽瑠は愛叶の両脚をゆっくりと5度ほど開いた。
「いたたあたたたた!! 千切れちゃうよ~!」
「千切れるわけないでしょ~」
「いやいや冗談抜きで! いたたたっ!」
その後、愛叶の体はプロ直伝のストレッチ法によって徐々にほぐされていった。
「ふぅ……だいぶほぐれた~」
「よし、じゃあ次はあそこのトラックを三周だ」
「えっ? だ、大丈夫!……ま、まだ体力あるよ!」
◇
胸を張り、大きく腕を振り、腿を上げず、愛叶は全力でだらだらと二周目の第一レーンを走っている。
とっくに走り終えた希海と芽瑠はトラック外から彼女を見守る。
「愛叶、陸上部に入ってたって言ってなかった?」
「言ってたな。あそこまでペース落ちる奴初めて見た」
「一周目はいい感じだったのに……二周でよかったかも。愛叶、もうちょっとギアを上げて~!」
『はいっ~!』
愛叶は速度を上げた。三周まであと百メートル。
三十、二十、十、五、一メートル――右足でゴールラインを踏み越え、彼女はついに完走した。
「はあ……はあ……はあ~……!」
両手を両膝につき、前かがみになって息を荒げる。
手足が痺れる。内容物が吐露しそうなほど全身と肺が熱い。中学生になって間もない頃、スポーツテストで走らされた八百メートル走を完走したときと同じ感覚だ。
買ってもらったばかりのスポーツウェアは多量の汗で濡れ、スポーツインナーが透けて見えている。
「お疲れ~愛叶」
芽瑠はタオルを手渡した。受け取った愛叶は額と首、胴体に流れ出る汗を拭き取る。
「ほんと疲れたよ~……正直もうやりたくない」
「何言ってるんだ? これから毎日やるんだよ。小休憩したら次は黒に移動して、トレーニングマシンで軽く筋トレだ」
希海はそう言い放った。愛叶は両手を上げ下げする。
「こうやるやつだよね?……え~」
「すぐにやれとは言ってないぞ。呼吸が整ったら一声かけてくれ」
次はトレーニングマシンを使った筋力トレーニング。五種類のメニューを一つ約二十秒間、3セット行う。
長いこと腕立て伏せや腹筋などをしてこなかった彼女にとって、この体の節々を動かすトレーニングは想像以上に激しいものだった。しかし、自分のなまりきった身体が段々と強化されていく感覚に楽しさを覚えた愛叶は、2セット目以降、余裕の表情でこなしていった。
◇
「ひっぃい~ふぅう~……終わった~」
「はい、お疲れ~。よくがんばったね」
「ありがとう芽瑠ちゃん~……。あ~……もう腕と足が上がんないかも」
「まだ準備運動だぞ――おっ、そろそろあそこが利用できる時間帯だな。次はあれをやるか。な、芽瑠」
「うん。愛叶、次も楽しくトレーニングできると思うよ」
「……えっ、まだ何かやるの?」
Chapter 13 「V・A・M」
> V・A・M訓練室
「ブイ、エー、エム訓練室? ここは何するところ?」
「中に入ったら説明する」
希海は会員証を錠前にかざして扉のロックを解除する。ずっしりとした音を立たせながら扉は開かれた。
室内は薄暗く、緑色と赤色の光だけが闇の中で点灯している。
「うあっ、暗いっ!」
「愛叶、中に入れば自動で明かりが点くからそのまま入っちゃって」
「う、うん……」
芽瑠に言われた通り愛叶は不安げに足を踏み入れる。
ある場所まで移動すると室内はすぐに明るくなった。ほっとした愛叶は周囲を見渡す。
室内はそれほど広くはなく、彼女の表現で例えるなら、武道場の半分ほどの広さだろう。隅には何かを動かすための操作台とメタルラックにはいくつか道具が置いてある。雑然としていなくシンプルな空間。
室内中央床にある大きな赤太いサークルの真上には、クレーンの形をした機械が六本天井に張り付いている。
その機械を足を畳んでいるカニに見えた愛叶は口を開けながら見上げている。そんな彼女を気にせず、希海は訓練の説明を始める。
「次はV・A・Mというシステムを使って訓練を行う」
「ヴァム?」
「ヴァムは拡張、複合、仮想現実を組み合わせたもので、ここではあらゆる状況を想定した戦闘の訓練ができる」
「映像の中で戦うみたいな感じ?」
「うん、まあそんな感じだな。まずはヴァムゴーグルを付ける」
「ヴァムゴーグル……」
「はいっ、愛叶」
芽瑠からヴァムゴーグルが手渡された。
ヴァムゴーグルはスリム・軽量、且つコードレスで、メガネのように耳に掛けるタイプでありながら、スノーボードゴーグルのように密着度が高く、∞の形に施されたフレームが特徴的。表示領域部分は指紋が付かない曇り止め機能を兼ね備えた透明の強化レンズを使用している。
愛叶は早速、ヴァムゴーグルを装着してみる。
「これで仮想拡張現実が見れるの? 想像つかないなぁ」
「やってみてのお楽しみだよ。あっ、これじゃ外れちゃうから……」
芽瑠は愛叶の後ろにまわり、ヴァムゴーグルの両側面にあるダイヤルを回す。こめかみと耳の裏が若干窮屈になった。
「う、ちょっと変な感覚……」
「我慢しろ。お前は銃を使うから、これを両手に持て」
希海は銃のグリップの形をした二つの黒いコントローラーを愛叶に手渡した。グリップ下部にストラップが付いている。
「これゲーム機のコントローラーじゃないの? これでするの?」
「芽瑠、こいつ一人じゃ質問ばかりだから、付き添いしてやって」
「任せて~♪」
芽瑠はメタルラックから、もう一つヴァムゴーグルとコントローラーを取る。
「えっ、芽瑠ちゃんも一緒にやってくれるの?」
「もちろん。だって一人じゃ何すればいいかわからないし不安でしょ?」
「うん、よかった~心強いよ~」
「まずはそのコントローラーに付いてるストラップを手首に通して固定したら、そこの赤太いサークルの中に入ってちょうだい」
「入って大丈夫なの? どこかに瞬間移動とかしないよね?」
「ふふっ、するわけないじゃん。安心して」
芽瑠はヴァムゴーグルを装着し、ストラップを手首に通した。
愛叶はコントローラーのストラップを手首に通して固定後、赤太いサークルの中に入った。すると、上部の機械がうねうねとイカのように動き始めた。脚に点在するカメラが愛叶と芽瑠をスキャンする。
その間、希海は操作台にて準備を行う。
「スタートレベル1。人数は二人。ターゲットの数は――」
設定完了をタッチ。希海はマイクを通して説明をする。
《「まずはレベル1からだ。ターゲットが現れたら慌てず、固まらず、現実と同じように自由に動け。攻撃はトリガーボタンを押せば弾が発射される。ひたすらターゲットを撃て」》
「ひたすら撃つ……」
愛叶はコントローラーのトリガーボタンの位置を確認する。
《「二人とも準備はいいか? 大丈夫なら親指を立てて返事をして」》
芽瑠は親指を立てて見せる。
「いいよ。よろしくお願いします!」
愛叶も親指を立てながら返事をする。
二人の準備を確認後、希海は訓練プログラムを起動させた。
突然室内が暗くなり、愛叶は慌てる。
「わっ! また暗くなった!」
「慌てないで。明るくなったらすぐにターゲットが出てくるから」
視界が明るくなり、幻想的な森の風景が広がった。あちらこちらから鳥の鳴き声と枝木が揺れる音、木の実が落ちる音が聞こえてくる。
芽瑠の手には手裏剣型の盾、愛叶の両手には二丁の拳銃を装備。二人ともパンクファンタジーの衣装を身に纏っている。
「何もいない……ねえ芽瑠、ターゲットはどこにいるの?」
「愛叶、しーっ!」
「えっ?」
鳴き声が激しい。二人の周囲の木々に鳥たちが集まりはじめた。
《「その鳥がターゲットだ」》
「わわ、やばい……」
愛叶が銃を構えた瞬間、突如鳥たちが舞い、愛叶たちに向かって飛んできた。
「うわああああ!」
愛叶は頭を抑えてしゃがみ込みこんだ。
「こ、怖いよ~!!」
《「ただの可愛い鳥だろ! 本物だと思ってターゲットを倒せ!」》
雀のように可愛らしい見た目のターゲットたちは愛叶の頭上を行き来している。
「可愛くても、わたし鳥苦手なんだよ~! ひぎぃ~!」
「愛叶落ち着いて、ターゲットをゲームに出てくる敵キャラだとを思えばいいんだよ!」
芽瑠が可憐な動きを繰り広げながら助言する。ターゲットの一部は芽瑠に集中している。
「ゲームの敵キャラ?……そうか!」
愛叶は落ち着きを取り戻し立ち上がる。
ターゲットから遠ざかって銃を構え、ターゲットを目で追う。鳥は苦手だけど向き合うしかない。
十時方向の木陰から迫ってくるターゲットを察知し、瞬時にトリガーボタンを押した。弾が発射されターゲットに弾着した。
愛おしい声で鳴くターゲットは消滅。その成功を噛みしめた愛叶は次々と現れるターゲットを打ち倒していく。
「すごい愛叶!」
「よし! これで最後!」
放たれた光弾は最後のターゲット撃破した。銃を下ろして一息つく。
「はあ、はあ……うひぃ~……」
《「おい、まだ終わりじゃないぞ。すぐにレベル2に移るからな。次は瞬発力を鍛えるぞ」》
風景は一度暗転し、明転。今度は篝火の明かりに照らされる夜の城下町が広がった。
「……和風~だね。次は何が出てくるんだろう」
「愛叶、もう屋根の上にいるよ」
「屋根? あわわっ!」
瓦屋根の上から忍者のような動きをする人型のターゲットが複数現れた。
ニンジャたちは一体一体素早い動きで接近、愛叶たちに向かって攻撃を仕掛けてくる。
愛叶は対応できず、体を手裏剣と刀、ターゲットがすり抜けた。
静電気ほどの電流が全身に走る。
「痛っ!」
《「痛くなりたくなかったら動いて、避けて、ターゲットを倒せ!」》
「多すぎるし、速すぎるよ!」
二人のニンジャは連続で手裏剣を投げる。愛叶は必死に避ける。しかし、反対側からも攻撃を仕掛けられる。
刀で切りつけられる寸前、芽瑠が愛叶の目の前に立ち、手裏剣盾で攻撃を防いだ。
「愛叶、ウチがさっきと同じように何体か誘導するから、愛叶はターゲットだけ集中して」
「任せて平気?!」
芽瑠は頷き、軽い身のこなしで複数のターゲットを誘導させていく。
芽瑠にターゲットがむらがい、攻撃のチャンスができた。その際に群れから外れた一体のニンジャに向けて、愛叶は攻撃。ターゲットを撃破する。
希海は合図を出す。
《「今だぞ、撃ちまくれ!」》
「うりゃあああああ!」
愛叶は銃のトリガーボタンを連射し、ニンジャたちを次々倒していく。
被弾しないように、芽瑠も手裏剣盾で防ぎつつ、盾を振り回して応戦した。
ターゲットは残り一体。
「愛叶、最後お願い!」
芽瑠はターゲットから離れて、愛叶に見せ場を譲る。
「終わり!」
愛叶は最後のターゲットに向かってトリガーボタンを押す。光弾を浴びたターゲットは苦しむように消滅した。
城下町の風景が去り、訓練室天井のライトに明かりが点く。
「は!……やったー! ふぁあ~疲れた~……」
達成感に比例して疲労が一気に高まり、愛叶は床に倒れ込んだ。
コントローラーのストラップを腕の関節に掛け、芽瑠は膝に両手を付けて一息つく。
「ふう……希海、また休憩しよ?」
希海は時計を見る。時間は十七時半近くになっていた。
「そうだな。次に使う人がいるからこれぐらいにするか。それを外したら二人は先に休憩所に行ってて。片づけはあたしがやるから」
「うん、あとはよろしく。ほらっ、愛叶立って」
「う~……立てないかも……」と言いながらも、愛叶は芽瑠の手を握って立ち上がる。
愛叶、芽瑠は身に着けている機器をすべて取り外し希海へ渡す。片づけを彼女に任せた二人はV・A・M訓練室を出て休憩所へと移動した。
お話はEPISODE02 Vol.2へと続きます。
この度は貴重なお時間の中、最後までお読みいただきありがとうございました!✨
続きも読んでいただけると大変に嬉しいです!😊