人名を覚える仕事

30年くらい前、1年間、自分のみた夢を日記に書き続けていた。私は夢を覚えようと思えば覚えていられる。

昨日の夢。私はなぜか一昔前に流行ったバリ風ラブホテルにいた。私の夢の中のラブホテルはあと払い制度を採用しているので一階に行き、なお、いいことをしたのかしなかったのかも記憶になく、相手はもうとっくに帰っており、ひとりで会計をしようと、フロントの前に立ち、イン・フロント・オブ・ザ・フロントに立ち、ニコニコ笑顔の男子店員さんに促されてタッチパネル式の会計システムに取り組むことになり、その画面は思い出のニュースなどで見たことのあるインベーダーゲームなみにドットの洗い白黒液晶画面のタッチパネルで、一回タッチするとそのあと10秒くらい待機しなければ反応が返ってこない超絶おんぼろ設備で、ピコっと押して会計画面、10秒待機、会員カードは持っていませんとピコっと押して10秒待機、現金支払いを選択して10秒待機、カード支払い画面に誘導されたので戻るボタンを押して10秒待機、その間ニコニコ笑顔の男子店員さんは全く助けてくれず、仕方ないとあきらめておんぼろ画面と格闘していたところ、いきなり背後から色黒のハーフっぽいずんぐりむっくりなドングリに似た女性店員がやってきて、てっちゃん?てっちゃんだよね?と言われ、誰だ誰だ誰だと混乱しながら、ほら、英検を一緒に受験した!と言われて5級?4級?3級?どれだ?中学生の時?でも私は一人で受けたぞ?もしかして記憶にあまり残っていない大学時代に自分は英検を受けていた??とかまをかけて、大学の時の??と聞くとそうそうそうだよ、栗ボッチ君と一緒に受けたじゃない!栗ボッチ君の家で反省会したじゃん!!とさらに新キャラ投入されるんかいと突っ込みを入れる間もなく、そういわれるとなんとなく記憶が改ざんされていき、栗ボッチ君の下宿のこたつを三人で囲んでいたような風景がおぼろげにうかんでくるものの、その間も手元だけは例のおんぼろ画面と格闘し、ただでさえ高難易度のユーザーインターフェイスを横目で見て攻略できるわけもなく、ひたすらに相槌を打つ、ひたすらにエラー画面を見る、相槌、エラー、待機、のループに陥っていたところで、その女性店員が一言、「てっちゃん、私の名前、覚えてないよね」と言い、いやいやそうなんですよすみませんごめんなさい私は人の名前を覚えるのが本当に苦手なんですと謝罪をする間もなくその店員はぷいっとその場を去って、私はニコニコ笑顔の男性店員の前でまたエラー画面と格闘するところで覚醒。

ここらへんの夢は結局自分の記憶や体験がベースになっているので、あなたは私の名前を知らないよね、と高校の同窓会的な飲み会で言われたこととか、ラブホテルって設備が近未来っぽいくせにすべておんぼろで古くて、備え付けの携帯充電器がちぎれかけたFOMA用のプラグだったりすることが元ネタになっているものと思われます。

さて、とある男は昼間サラリーマン仕事をしている。彼の部署には30人くらいいて、そのうち彼が顔を見て名前を言えるのは数人だけ、あとは本当に名前を知らない。顔だけでもうっすらと覚えているのはたぶん10人くらい。そうやって生きてきたしこれからも多分そうやって生きていくしかない。こればっかりはどうしようもない。止められない。紡木たく先生のホットロード(90点)の主人公の不良少女並みに止められないものがある。

一方、私は柔術になると自分の道場の会員さんたちの顔と名前はばっちりだし池袋や新宿の会員さんの顔と名前もそれなりに憶えている。逆に志木の会員さんから、杉村先生ってどうやってあんな大勢の名前をちゃんと言えるんですか?と聞かれるけどインストラクターになると自然とそうなるのよとしか言いようがない。

柔術関係の顔と名前だけはくっきりと覚えている人生もある。人名を覚えられない人もいる。これはもう世の中の七不思議か。いやちがう。不思議ではない。明確に小学校5年生のあの日あのとき、人生の苦しみすべてに対して誰に言うこともなく憤慨し、今から自分は他人の顔と名前を覚えるのをやめようと決めてそれからずっとそうなだけ。彼はたぶんけっこう記憶力が良いうえに人並み外れて執念深く頑固だ。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?