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苦い思い出の地カンクンの興行を見る

 1998年10月25日。鎌倉の鶴岡八幡宮で婚礼式を行い、翌日からメキシコへと旅立った。いわゆる「新婚旅行」ってやつである。が、「ビバ!メヒコ」な思考しかなかった、26歳記者志望のただのボクシングファンにとっては、メキシコシティでの「ジム巡り」こそが唯一の目的だったのだ。
 けれど、それでは連れ合いが納得するわけがない……というわけで、ひとまずその目を眩ますために、まず真っ先にカンクンへと向かったのだった。

 美しいエメラルドグリーンのカリブ海が出迎えてくれる、はずだった。が、待ち構えていたのは巨大台風、ハリケーンだった。
『ミッチ』なんてかわいらしい名前をつけられた(ハリケーンには常に女性の名前がつけられる)それは、滞在期間(2泊だったか3泊だったか)中、ずーっと吹き荒れていた。国から外出禁止令が出され、ホテルの敷地内から1歩も出ることができなかった。
 することがないからとりあえずつけているテレビには、当地から脱出していく車の大渋滞が延々と映し出されていた。マイカーで大挙して来ていたアメリカ人だったのだろう。
 ホテルからは「万が一のときのために、荷物はすべてバスタブに入れてください」と指示されていた。そのときは「はいはい」とすんなり従ったものの「なぜバスタブに入れるのか」、51となった今でも「ビバ!メヒコ」な頭だから、いまいちよくわからない。

 あれからきっかり25年の10月28日(日本時間29日)。カンクンのPoliforum "Benito Juárez"(ポリフォルム「ベニト・フアレス」)で、matchroom boxingの興行が開催され、DAZNで配信があった。
「失った思い出」を取り戻すわけじゃないけれど、ほんのちょっぴり感傷に浸りながら観始めた。

 世界挑戦経験が複数あるオスカル・エスカンドン(39歳=コロンビア)を、IBFスーパーフェザー級5位にランクされるエドゥアルド・ヌニェス(26歳=メキシコ)が左腕上下動のフェイントを小刻みに入れながら、すんなりとロープに追い込んで、強打のコンビネーションをかます。「このまま早い回で終わっちゃうんだろうなぁ」なんて思っていた2ラウンド、驚愕のシーンが飛び出した。右のボラードを振りかざしながら勢い込んで突進したエスカンドンを、ヌニェスは右足を引いてひらりとかわしざま、その右足にウェイトをためて右フックのカウンター一閃。アゴを叩き抜かれたエスカンドンが立ち上がったのも驚いたが、レフェリーは当然試合を止めた。
 90度の角度で闘牛士のようにかわし、左肩越しにエスカンドンの右を流しながらのカウンターは、まるでフロイド・メイウェザー(アメリカ)のようだった。初回に見せたパターンで、ゴリゴリとファイターらしく攻め落とすんだろうっててっきり思っていたが、まさかこんなテクを持っているとは思わなかった。だからその瞬間、「あひっ!」なんてみょうちくりんな声を上げてしまった。そんな呻き声を出してしまったのは、ラクバ・シン(モンゴル)が畑山隆則(横浜光)を右一撃で真下に落下させた時以来かもしれない。人は予期せぬときこそ驚くもの。エスカンドンも、パンチの威力よりも“びっくりダウン”だったのかもしれない。
 しかし、「ヌニェス」ってとても言いづらい。「ニェ」だけでも言いづらいのに「ヌ」の後の「ニェ」は最難関。各局アナウンサー試験にぜひ出してほしいお題だ。
「ヌネス」なら言いやすいのに。でも、ふたつ目の「n」の上に「~」がつくから「ニェ」。この「~」がホント邪魔だけど、人名だからしかたがない。将来、力石政法(緑)が対戦するかもしれないから、今からふとした瞬間に声に出して練習しておこう。

 セミファイナルのWBAインターナショナル・ヘビー級王座決定戦10回戦は、2019世界選手権スーパーヘビー級銅メダリストのジャスティス・フニ(24歳=オーストラリア)とアンドリュー・タビティ(34歳=アメリカ)が共にテクニカルかつシャープで、ヘビー級らしからぬハイテンポなボクシングを繰り広げ、個人的には大好物の展開に終始した。
 ラスベガス在のタビティは、フニがプレスをかけながら仕掛けるトラップをことごとくクリアして、巧みなカウンター(右ショート、左フック)を合わせ、スリリングさを大いに演出した。
 そっか、2019年のIBF世界クルーザー級王座決定戦で、ユニエル・ドルティコス(キューバ)に10回KO負けした選手なのね。それがキャリア中、唯一の敗戦(20勝16KO)だったのも頷ける。でも、フニもさすがに下地がしっかりとできていた。大崩れすることなく、しっかりと勝ち切ってみせたんだから。でも、大差(100対90、98対92×2)がつく内容ではなかった。どっちの名前もくっきりと憶えておこう。

 メインのWBC世界スーパーフェザー級タイトルマッチは、技術で上回るオシャキー・フォスター(30歳=アメリカ)が地力を披露して最終回TKOで初防衛。1、2ラウンドは硬さが見えてエドゥアルド・エルナンデス(25歳=メキシコ)の馬力に押され、「ん? もしかしてこの試合、怪しいかも」なんて思わせたが、エルナンデスの防御の拙さを突いて、少しずつ的確なブローを集めていって、ダメージを蓄積させていた。特に、ガードが開く癖の強いエルナンデスの死角から突き上げる左アッパーは、中盤から再三狙っていたもの。11ラウンドの、ダウン寸前からフォスターを下がらせたシーンに実況陣は大興奮だったが、その前に止めてよかったと思う。エルナンデスが何度もセコンドを弱々しく見たり、背中を向けかけてエスケープしたりしていたから。ケネディ・マッキニー(アメリカ)やフリオ・セサール・バスケス(アルゼンチン)の大逆転を思い出した人がいるかもしれないが、彼らはそこで仕留めきったからね。
 11ラウンドまでのスコアは2-1でエルナンデスがリードしていたが、まあ“ありがち”なこと。11、12で倒し切ったフォスターはたいしたもんだけど、でも、彼も騒がれてるほどの逆転とは思ってないんじゃないかな。

 なんて感じで試合を見ていたら、カンクンでやってることなんてすっかり忘れてた。屋内だしね。まあ、いつかわかりませんが、またあの海にぷかぷか浮いてみせますよ(1994年に1度浮かんだ経験あり)。

左から2人目がヌニェス、その右がフニ、タビティ、エスカンドン…と続く。
フニの横顔は「モアイ像」みたいだった

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