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ひたすらに“観察”に徹する。新王者の傍らにひっそりと佇む存在感

トップ写真=9月22日、後楽園ホールで行われたOPBF東洋太平洋バンタム級タイトルマッチの終了直後。石井一太郎会長は、まるで傍観者のように佇んでいた 撮影=本間 暁


本文中写真=山口裕朗
Photos by Hiroaki Yamaguchi

まるで他人事のように

 その瞬間、コーナー下に身を潜めていた男は、何かをかみしめるようにゆったりと、階段を一歩一歩踏みしめながら上へと登った。場内の喧騒が耳に入らない、まるで異空間にでも居るような佇まい。両腕を掲げるでもなく、声を出すでもない。ただただ緩やかに。さながら深夜、寝静まった家族を起こさないよう、足音を立てずに昇るかの如く。表情も穏やかなまま。破顔している様子など微塵も窺えない。
 そうしてリングへは入らず、コーナーからロープ伝いにエプロンをほんのわずか移動すると、人心地つくようにして両ヒジを4本の最上段にもたれかけた。

 いまだ鋭い目つきでいた。逆サイドで倒れていた選手を見ているようだ。敗者が立ち上がってコーナーに戻り、セコンドと会話している様子まで確認すると、ようやっと眼力を和らげ、勝者とトレーナーが抱き合うさまへと視線を移動させた。ここまでは、まるで他人事のようだった。が、興奮状態にあった新チャンピオンが少し落ち着いて、リング外にいる主に気づき、近寄って抱き着くと、ここに至って初めて、顔に皺を刻んだ。

 しかし、ふたたび階段を下りる。勝者コールを受けて、レフェリーに右腕を上げられている愛弟子を見ることなく、両手を腰にあてて、虚空をじっと見つめていた。
 満面笑みのトレーナーが呼びかけたのだろう。ふと現実に戻ったような動きをすると、今度は階段を駆け上がり、拳を重ねた。そしてリングサイドにいるカメラマンたちの要請を受けた男は、渋々といった風情でようやくリングの中に身を投じたのだった。

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