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【ボクシング】女子トリプル世界戦+1批評&感想


大きかった初回の主導権争いの印象

WBO・WBA女子世界アトム級タイトルマッチ10回戦
○松田 恵里(29歳、TEAM 10COUNT=46.1kg)WBO2位、WBA1位
●黒木 優子(32歳、真正=46.0kg)チャンピオン
判定2-1(97対93、94対96、96対94

 リラックスした状態からスピード感を印象づけた松田。緊張感からか、足運びを鈍らせていた黒木。両サウスポーが示した初回の攻防が、挑戦者にアドバンテージの余韻を残し、王者側はハンディを引きずる結果になった。“挑戦者は攻めなければならない”という固定観念に松田がこだわらなかったことが功を奏したように思う。

 速いイン&アウト、特に“退く”ことに重きを置いていた松田を、黒木は過剰に捕まえる意識が強く、心を乱していたように感じる。黒木の性格的な面も織り込んで、そこにハメ込んだ松田の戦略勝ちとも言える。

 初回に合わせて黒木の顔面をのけ反らせたカウンターに象徴されるように、松田の右ジャブは反応しづらいものだった。モーションを極力削ぎ、そのまま突き通すような打ち方で、黒木はこれを強く意識させられた。そして、この右ジャブ封じから始めねばならなかった。ジムを移籍してから威力も増し、自信を持っている左ストレートで。これがクロス気味になって何度もタイムリーに松田の顔面を捕らえたが、松田は決して怯まなかった。左ストレートとアッパーカットから返すフック気味の右が実に効果的で、黒木の左を抑止する役割をも担っていた。

 前の手を巧みに使い、それを生かすための左があった松田。対して黒木は、左ストレートでの打開を図るのみ。サウスポーに対して右を上手く使えないという苦手意識もあったのかもしれない。

 アウトボクシングする松田を黒木が追う。そのパターンに黒木が馴染んできたら今度は自ら攻めてみせる。それにも黒木が対応してきたら、ふたたびアウトボクシングに切り替える。試合の流れをコントロールしていたのは松田だった。それでも接戦に持ち込んだのは、黒木の左の鋭さと威力だ。この左をもっと輝かせるための右を使えていたら、勝負は明白な形で逆転していたかもしれない。

松田=9戦7勝(1KO)1敗1分
黒木=32戦22勝(9KO)8敗2分

相手を観察する“余白”。それが一流の証

WBO女子世界スーパーフライ級タイトルマッチ10回戦
○晝田 瑞希(27歳、三迫=51.6kg)チャンピオン
●パク・ジヒョン(38歳、韓国=50.9kg)
TKO6回1分45秒

 右腕の上下動とステップによる前後動。晝田が得意のスタイルであっという間にペースを握り、パクを自分のリズムに引き込んで置き去りにした。

 両腕ともにパンチを放つだけでなく、“囮”に使うことができるのも、晝田が段違いのレベルを見せる要素のひとつ。攻めているときも守るときも、常に相手を観察する“余白”を残しているのが最大の強みだ。自身のパフォーマンスのみに執心してしまう大半の選手とは、そこで一線を画す。これが一流の証だ。

 アトム、ミニマムから上げてきたパクとの体格の違いも際立っていた。だから強引に倒しにいかずとも、スピード、キレ、タイミングでいずれはストップできただろう。だが、これまでにない迫力ある連打と詰めを再三見せて、自ら強い攻撃を仕掛けたことが、今回自ら課したテーマだったようだ。
 しかし、パーフェクトに近い中間距離とは対照的に、接近しての連打はラフになっていた。力みからかどうしても左右ともにフックとなっており、しかも、体の正面が開いて無防備だった。パクが完全に気圧されて下を向いていたために救われたが、それでも目を切りながらの反撃を喰ってか、晝田が右目上を腫らされたのは余計だった。

 強い連打を仕掛けることも、今後の戦いには必要になってくるだろう。が、この日のような“開き”を見逃さず、そこへカウンターを合わせてくる選手が現れてくるかもしれない。だから、自身の特性をより生かすためにも、リスクをより軽減させるためにも、ストレート主体の、ミドルレンジで繰り返す鮮やかな前後動を、距離が近くなってもぜひ取り入れてほしいものだ。

晝田=6戦6勝(2KO)
パク=30戦26勝(8KO)4敗

大地に根づくスタンスとゆらりふわりの浮き足。その差が明暗を分けた

IBF女子世界アトム級タイトルマッチ10回戦
○山中  菫(22歳、真正=45.7㎏)1位
●岩川 美花(40歳、姫路木下=46.0kg)チャンピオン
判定3-0(96対94、97対93、99対91)

 160cmの岩川と146cmの山中。身長差は際立っていたが、初回に山中が左ボディストレートから強烈な右フックを決めたように、ボディから顔面という攻め口を貫いたことで、違和感なく戦えていた。山中が、強い足腰をしっかりと生かし、重心を据えてキャンバスをしっかりと摑まえるスタイルを決めていたからだ。そしてこれが、両者の明暗を分けることにもつながった。

 岩川は、山中のパワーパンチに煽られながら、徐々に対応していく。彼女の持ち味は、「暖簾に腕押し」「柳に風」よろしく、前後左右にゆらりふわりと移動しながらカウンターをヒットさせていくスタイルだ。山中が再三再四、波状攻撃を仕掛けても崩れなかったのは、岩川が威力を逃がしていたからだ。そうして山中の呼吸を乱し、それを読み、間隙を突いてヒットを奪う。山中が序盤に見せていた堅く強いガードの外を取り、耳の下を的確に捉えた左右ブローは、岩川の真骨頂だ。長い腕を生かして左右でボディを叩き、顔面へ返す連打も山中を辟易させただろう。

 ボディブローを喰って動きを止めかけた山中だったが、豊富な練習量を思わせる体力が身を救った。同じく練習で培ったもの以上に、動きながら呼吸を整える術を知る岩川を上回っていた。

 岩川の連打をガードやブロッキングで防いだ山中は、大地に根太くそびえる大木のように、決して揺らがなかった。が、対する岩川は、小さく動いていく前提で下半身を安定させていないため、本人はしっかりとガードしてヒットされていないつもりでも、体がどうしても揺らいで見えてしまう。これは以前から感じられていたことで、ジャッジに悪い意味で反映されてしまう傾向が顕著だった。

 山中にとっては、スコア以上に苦しい試合だったと思う。それでもこれをしのいで勝ち取った経験は大きい。体力は証明できたが、それをうまく配分していく術や強弱、緩急を覚えると、末恐ろしいチャンピオンになる。

 岩川は、過去の試合でもあったように「貰った気がしない」「負けた気がしない」かもしれない。が、ジャッジにどう見えてしまうかは、ボクシングが採点競技の側面も持つがゆえ、もっと強く意識しないといけないだろう。味のあるテクをたくさん持っている選手だけに、それを渋く輝かせる術はもっともっとあるはずだ。

山中=8戦8勝(3KO)
岩川=20戦12勝(4KO)7敗1分

両者持ち味を存分に発揮した好試合

WBO女子アジアパシフィック・ミニマム級タイトルマッチ
○中野真由美(26歳、中野サイトウ=47.3kg)
●吉川梨優那(22歳、ディアマンテ=47.4kg)チャンピオン
判定2-0(76対76、77対75、77対75)

 右ストレートを打つスタンスをしっかりと固定させる中野と、動いてかわしながら的確にヒットできるブローを決めていく吉川。引き出しの多さで前半をリードしたように見えた王者だったが、右の重みと切れ味でゾクゾクさせた中野が折り返しの5ラウンドにパターンを変えて抜け出した。右ストレートと左フックを吉川のボディにめり込ませ、これを多分に意識させて顔面への右ストレートにつないだからだ。クリンチの離れ際に決めた左フックも効果的だった。

 中野の右を警戒していた吉川だったが、鼻血を流してからは、これを脅威に感じた様子だった。ひょっとしたら鼻を痛めたのかもしれない。だが、それでもジリ貧にならず、動いてかわして、ヒットを奪うスタイルが崩れることはなかった。心も強く、技術もともなう素晴らしい選手だ。その吉川を、最大の武器の右ストレートと、それを活かす左のパターンを数種類携えて攻略した中野と陣営が見事だった。

 中野の右ストレートは、日本の女子の中では群を抜いているように思う。打つ瞬間にピタッとキャンバスに固定させるフォームは、タイプも左右も違うものの、かつての山中慎介を想起させた。自信をつけて、これを活かすパターンをどんどん増やしていってほしい。
 一方、敗れてしまった吉川も、決して過度に落胆しないでほしい。危険な空間で動きながらチャンスを探るスタイルは、なかなかできるものではない。フェイントを巧みに織り交ぜながら打つ技術も秀でている。

 勝敗、明暗は分かれてしまったが、両選手の素晴らしさが溢れた好ファイトだった。

中野=7戦6勝3KO1敗
吉川=9戦6勝1KO2敗1分

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