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~プロローグ~久々の現場取材。現着まで日記

「また合宿やるんですよ。来ませんか?」。きっかけは、いつもこの人、八重樫東さんのひと言なのである。当方が“合宿取材好き”であることを理解してくれているというのがひとつ。でもおそらく今回は、こちらの事情を察してくれて、というのが大きいのだろう(彼に訊けば、『え? 何のことですか?』ってきっととぼけるのだろうが)。

 詳細は省くが、このひと月でまたいろいろあったのだ。プラン大幅修正。いや、修正どころか人生を左右するような出来事。まあ、要は「利用された」「人の生活を弄ばれた」ということだ。

 悔しさを力に変えてみせる。いつかきっと、いや近い将来必ず見返してやる。いやいや、そんなんじゃあ生ぬるい。逃がした魚の大きさを思い知らせてやる。

…とまあ、恨み言はこのくらいで。
 かなり凹んでいた。後ろ向きになっていた。でも、日頃散々目の当たりにしてきているボクサーたちの姿を思い出せ。前を向けオレ! そんな感じで、ようやくフラフラと立ち上がったところで、50男とは思えない行動を取ってしまった。実に間抜けな理由によって食中毒に罹ってしまい、ほぼ水だけの毎日を過ごすという情けない日常が待っていたのだった。

 始まりはこうだ。「よし、明日は気合を入れて見るぞ!」と、10月31日の夜は精をつけるため鍋をして肉をたんまりと食べた。が、「匂いもしないし色も変わってない。もったいないから食べちゃおう」と、残っていた肉(消費期限から6日経っていた)も一緒にぶっ込んでしまい、悲劇(喜劇?)が始まったのだった。

 以来1週間──。ようやく本調子を取り戻しつつあったところでの八重樫さんからの“声掛け”。何というグッドタイミング。社会復帰も兼ねた、最適で最高の取材ではないか。

 前夜は、大盛かき玉うどん(幼少期からの体調不良時の必須アイテム)、ヨーグルト、バナナをしっかりと噛んで食べ、床についた。

 食中毒中はおそらく高熱が出ていたのだろう(体温計はあるが計らない。だって、ないと思ってて熱があったらショックじゃないか)、3倍速映像のような夢を見続け、うなされていたのだが、この夜は遠足前日の小学生のようになかなか寝つけない。それでもいつの間にか口を開けていたのだろう。気がつけば朝。目覚まし時計が鳴る直前にパッと起き上がってしまった。

 早朝練習(8km走の後に、2kmジョグ)は6時スタートとのこと。前日から現地入りしなければ間に合わない。だから、10時からの午前練習を見学することにした。それでも6時30分起床。普段、なかなかそんな時間に起きることはないのだが、合宿取材のときは大概こうして早起き(一般の方にとっちゃ当たり前の時間か)する。そうして世間のみなさんと歩調を合わせるというのも、たまにはいいもんである。

 小田原発8:30。小田原でドヒャーっと乗客は降りちゃうからその先はガラガラ。「座らない」主義だが、さすがに座る。ポツリぽつりと居合わすみなさんは、スマホをいじっているか寝ているか。私は山側を背に、一望に海を見渡せる側に陣取り、海を見ながら、他の乗客に気づかれまいと観察を始める。一人ひとりについての“勝手な人生”を思い浮かべる。悪趣味だろうがおもしろいからやめられない。

 熱海で伊東線に乗り換える。やはり山側を背に海を見つつ、「このお父さんはこのうるさそうな母親と冷めた娘に頭が上がんねーんだろうなぁ」などと、自分のことは棚に上げて泊りで観光だろう3人家族の関係などを勝手に想像しながら、電車に揺られる。

 真鶴には、父と母が眠る。近いのに墓参りはご無沙汰(家に神棚があるからついついそれに頼ってしまって)だから、心の中で手を合わせる。

よ~く見ると、でっかいタクシーありますよ

 そんなこんなしているうちに伊東駅に到着。降りてびっくりした。暑い。まるで真夏のような陽射しなのである。「外取材やし、厚着していかんとな」って着込んできた自分が恥ずかしい。いや、それ以前におかしい。温度は良いとして、この晴れ具合が、だ。キャンプはおろか、普段取材の“雨確率”は100%に近いと自負している。つまり、正真正銘の「雨男」なのだが、ついにその汚名返上か。

 約束の「かどの球場」まではタクシーに乗らざるをえない。こんなとき、廃車状態で乗れないマイカーを呪う。
 タクシー乗り場の先頭には、ちょっと大きめの、観光ファミリー向けみたいなのが停まっている。さすがにこれに1人で乗っちゃアカンのちゃう?と思い、それがハケるのを待つ。が、待てど暮らせど誰も乗っていかない。しびれを切らして2台目の普通タクシーに声をかける。が、「前のに乗ってください」「え、あれ、1人で乗っていいんスか?」ってやり取りの後、恐る恐るでっかいタクシーへ。

「1人ですけど、乗っていいんですか?」
「はい、大丈夫ですよ。これ、料金も変わりませんから!」

 昔から、タクシーの運ちゃんにはあまり良い印象がなかったのだが、とても感じが良い。後ろの普通タクシーも同じ社。お二人とも感じが良かったので、名前を書いちゃいましょう。
『共立自動車(株)』。伊東へ行くなら、ハトヤと共立だ!

 タクシーの運ちゃんと地元の話をするのも好きだ。天気の話から入り、地元の名所や観光客の様子など、根掘り葉掘り訊く小うるさい客に、いちいち丁寧に応えてくれた。そうして、あっという間に到着。

どこの球場でもテンションが上がる

 かどの球場の写真を八重樫さんに送る。

 と、「え、もう着いちゃいましたか! 実は……」

 朝ランが押してしまい、午前練を1時間遅らせたいとのこと。キャンプ取材につきものの「突然の予定変更」である。単独行動で良かったと思える瞬間だ。

 カメラマン帯同だと面倒なのである。ブーブー文句を垂れるベテランカメラマンが多いから。取材に集中したり、取材先に気を回したりしなければならないのに、それ以前に“身内”に気を遣わねばならぬ。それこそ“無駄”なのである。

 オレひとりなら全然問題なし。そんなこともあろうと思い、本を必携しているのだ。今日は木内昇さんの『剛心』。ポカポカ陽気の中、姿勢を正して目を走らせる。お、明るいからハズキルーペなしでも読めるぞ。

 ちょうど、職人さんたちの“漢気”シーンだ。この後、目の前に現れる男の生きざまと重ね合わせる。よりリアルに、するすると文字が頭に入り込んでくる。幸せな時間、瞬間だ。

読書しているときの足元

 そんなこんなであっという間に1時間が経ち、2台の車が眼下に滑り込んできた。

 ぬるりと降り立った清水聡が、私を見るなり眩しそうに手をかざす。お決まりの“いじりポーズ”である。太陽がお凸に反射して……というジェスチャーなのである。

 こっちも何でも都合よく解釈する性質だ。きっと歓迎してくれているのだろうと超プラスに受け取って、凸からありったけの光線を送り返してやった。

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