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衝動

とてつもない衝動だった。
あなたの頬を叩いたわたしの右手には、いつまでも熱が残っていた。
叩かれた後のあなたの瞳の動きをよく覚えている。
暫く敷き詰められたタイルの床に視線を落として、そしてゆっくりとそれを上げた。わたしの方にと。あなたの瞳には弁解の色も何も残っていなかった。ただ、わたしを哀れむかのようにじっと見つめていた。

窓の外は暮れて、深い青色に染まっていた。わたしはあなたの視線に耐えられなくて、ベランダの窓を見た。そこにはふたりの影が映っていた。怒りを堪えたわたしの姿はどこか頼りない。わたしは下唇を噛んだ。

耐えられない、そう言葉にしたなら何かが変わっただろうか。

何かから逃れるように、よく知りもしない女性の髪を撫でるあなたのその手を、わたしの元へと戻すことができたのだろうか。そんな可能性を、考えても虚しいことだった。なぜなら、わたしの唇からこぼれたのは言葉ではなく嗚咽だったから。

どうして泣いている?
無実な顔をしたあなたはわたしにそう問う。わたしは首を振る。違う。わたしは泣きたかったのではない。そう訴えようとしたのに、涙は呼吸のように当たり前に溢れてくる。あなたは許したように笑って、わたしの顔に手を触れる。顎、唇、頬、そして目の下。涙が伝った道筋を辿るかのようにあなたは指を這わせる。わたしの嗚咽交じりの息があなたの手を濡らす。

窓ガラスを隔てた向こうで鳥が鳴いている。やがて夕刻を告げるチャイムが空に響き渡る。あなたとわたしは、何度もこうして繰り返し傷つけ合う。
いつまでも、いつまでも。

#掌編 #恋愛小説

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