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踊るハートマーク

 ファーストデートの思い出、といえば太宰治の「人間失格」である。
 なぜ、太宰の「人間失格」なのかというと、(おそらく)ファーストデートにいったときに、男の子と映画館でみたのがそれ、ということだからだ。今考えるとファーストデートで「人間失格」はさい先悪そうなチョイスだ。誰が選んだのか、思いだせないけれど、男の子のほうは太宰を読んだことがなかったので、わたししかいないだろう。
 デートの相手の男の子は、同じバイト先の後輩だった。
 彼は入ったばかりで、説明下手なわたしから指示を受ける身だった。不器用でおとなしくて扱いづらいとチーフから目をつけられていたわたしは、チーフに「この先輩は頼りない」とばっさりいわれたけど、男の子は「いえ、頼りになります」といってくれた。
 バイト内の女の子たちはわたしをわりにかわいがってくれたが、わたしはバイトの中心人物である男の子の一部に陰口をいわれ、けむたがられていたので、バイトの新人歓迎会に声をかけられなかった。
 で、デートの相手をしてくれた(?)、男の子はその歓迎会のあと、わたしにメールを寄越した。「もしよかったらふじこさん、一緒に映画観に行きません?」。わたしは、これはデートか、それともバイト内の親睦を深めるためなのだろうか、と勘ぐりながら、それに了解をした。
 地元の駅で待ち合わせて、後輩の男の子とT駅で映画を観ることになった。映画を観る前に、近くのカフェでお茶飲みながら、「実は他のバイトの方も呼ぼうかと思ったんですが……」と後輩がいったので、なんだ、そういうこと(親睦を深めること)か、という意味にとらえて、わたしは呑気に過ごしていた。
 映画館に入ると、後輩は眼鏡をかけ始め、スクリーンをみていた。わたしは太宰演じる生田斗真、演技うまくなったな~、なんてことを思ったりしていた。
 でも、後輩はこのデートの行き先を考えていて、どこのレストランがおいしいのかちゃんと調べてきていた。なのに「あそこのオムライスがおいしいですよ」という後輩の誘いに、わたしは遮って「お好み焼きが食べたい」などと口走ったので、後輩の計画が転覆した。
 しかたなく後輩はお好み焼きの店へわたしを連れていき、食事をしながら、自分の身の上話をし始めるようになった。わたしは、ぼんやりとその身の上話を聞きながら、呑気にお好み焼きを食べていた。
 あれ? と思ったのは、地元の駅についてからである。
 後輩が駅の階段を上りながら、「実は、今日ふじこさんと遊ぶことを他の先輩に話したんです」「そしたら、お前、それデートじゃないか?! デートじゃないか?! ってしつこくいわれちゃって笑」などということを話しだし、え、親睦深めるためじゃないの、と少し違和感を持ち始めた。
 それから後輩は、帰り道でわたしの髪型がいつもと違うので「なんか雰囲気違いますね」と少しうっとりしながらいって、さらに「今日のデートの点数はいくつでしたか?」と採点まで求めた。これにはわたしは苦笑いして答えなかった。
 帰り道を途中まで一緒に歩き、家までこられたら困ると思ったから「ここでいいよ」と彼を帰そうとしたけど、後輩は「いえ、ふじこさんの豪邸をみてから帰ります」といってきたので、なにか勘違いをしているのだと気づいた。
 その日はなんとか途中で彼を帰したけれど、家に帰ってきて携帯に彼からメールが届いた。メールには、ハートマークが踊っていて、たぶん生まれて初めて男の子からもらったハートマークだった。
 残念ながら、彼とはつき合わなかった。なにがいけない、というのではないけれど、つき合えなかった。そのすぐあとに、高校時代からしっている自他ともに認めるイケメン(そして自称変態という名の紳士)とデートする機会があって、友だち以上恋人未満な関係をずるずると続けてもみくちゃになってわたしは入院した。
 今度はまともな恋愛をしたい、という願望を持ち続けながら、わたしはあまりまともじゃない恋愛小説を書いているのかもしれない。

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