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いつか消滅するとしても EP.5

 それから、弘子の誕生日が来ると、僕たちは弘子との距離感に合ったささやかなプレゼントを贈るようになった。初めは、缶に入った紅茶。それから、タンブラー、バスソルト……。その間に、僕と優はつき合いだしたが、弘子にはしばらく黙って、変わらず3人でつるんでいた。もちろん、優にも弘子の気持ちはわかっている。はっきりとは言わないが、きっと弘子が初めて僕に誕生日プレゼントを渡した頃から、わかっていたと思う。弘子って、ちょっと怖いよな、と「異邦人」を渡された日のあと、帰りのバスの中で、優は僕に洩らしていた。
 そして、卒業論文を提出し終えた日の夜、優に電話で呼び出されて弘子にすべてを話そう、と言われた。
「卒業したからって関係を絶つ、ということじゃないんだけど……、この際俺らのことを話して、弘子から手を引いてもいいんじゃないかって思うんだ、俺は」
 コンビニの駐車場で、二本目の煙草をふかし、向かいの工場の滲んだ灯りを眺めながら、優はそう言った。僕は優の横顔を見て、黙り込んでいた。弘子とつるむのは、僕も優もたいして理由は変わらない。かわいそう、というその気持ちが僕らをあおらせ、弘子から距離をとることができない。それに弘子が僕ら以外の友人と話しているところを、ほとんど見たことがないし、弘子自身、僕ら以外と関わる必要もないと感じている様子だった。
「それでも、弘子のことだから、俊介をつなぎとめておきたいと思うだろうけど」
 風がこちらに流れ、煙草の煙が自分の鼻先を覆うのを手で払いながら優は、ちらと僕のほうを見た。問題は僕のほうにある、と言われているように感じた。
「優がそうしたいなら、俺は反論しないよ」
 と、言いながら僕は自分で「逃げている」と思った。僕もそうしたい、ではなく、優がそうしたいなら、と優の意思で動いているように見せかけている。ほんとうは、僕も弘子を煙たく思っていたし、いつまでも僕に執着し隣にいることに重たさを感じていた。でも、ふりはらえないのは、弘子に対する「かわいそう」という弱い気持ちだった。
 僕が異論を挟まなかったので、優はその場で弘子にLINEし、今度三人で会う約束をした。夜の人入りの少ないファミレスで、僕と優が隣り合って座り、美容院に行ってきたばかりの弘子と向かい合った。そして、「俺たち、つきあっているんだ」ということを、優はなんの淀みもなく説明した。弘子はすべて聞き終えたあとで、「それで?」と言った。
 そのことで、わたしたちの関係の何が変わるの? 
 
 僕と優は、変えようとした。もう弘子とは、前のように関われない、と。でも、弘子は理解していないわけでもないのに、「どうして?」と問いかけてくる。わたしは、俊介と優がつき合ったって、友だちだと思っているよ。弘子は、そう言い募る。目に笑みさえ浮かべながら。――でもさ、と優がしびれを切らすようにいった。
 お前、俊介のこと好きなんだろ?
 弘子は目を丸くして、心外そうな表情を見せた。そして、けらけら笑いながら、俊介も優のことも好きだよ? とわからないふりを続けた。そして僕のことを見つめて、目を潤ませて、静かに涙を落とした。

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