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【詩】「冬の花の名」ほか

「青い記憶」

街や空や花の色がまた変わってしまったと
穏やかな日でも 戸惑ってしまう
手をすり抜けていく 記憶の糸を
手繰りよせるように 君を思い出しているのに
夜が来るたび 孤独がわたしをさらいそうになるたび
あの歌を口ずさむ
おぼつかない指で弾きながら 君が歌っていた歌を
どのような関係になりたかったのか 今でもわからない
喉を熱くする 強いお酒をあおったように
会えない事実が わたしを狂わせている
季節を数えて また時間が経ったと
君におやすみさえ言えないまま 夜は終わっていくのだと
わたしの望みは ただ単純で
葉が色づく季節に 花が香る季節に
ふたりでベンチに座って 誰もいない公園で 
これまでのことを 何もなかったかのように話したいだけ 
会えない間 心は一定でいられなかった
期待しては 絶望し 笑えたことに安心して また君を想う
離れれば 君の存在は薄くなると思っていたのに 信じていたのに
どうしてか 心に映る君の影は大きくなるばかり
わたしの望みは ただ単純で
お互いが自分の状態に満足して 街のどこかですれ違い
笑って挨拶したいだけ
それさえできない今は 海を泳ぐように
青い記憶のなかで 君を探している
青い記憶のなかで 君を探している

「見えない法」

間違っていたんだ 友だちから気難しいと言われるのに
顔さえ上げられないし 目も合わせられないのに
間違っていたんだ でもわかるだろ
愛する人がいるだけで 幸福を知ったような気になること
でも間違っていたんだ 君の隣にいるのは
ただのつきまといだと 周りから言われて
何も言えず その場を立ち去った
髪型がなんだろう 顔がなんだろう 
どれだけの努力で 君に近づけられるのだろう
人間として 君を愛していたのに
周囲は認めてくれない 僕が何をしたのだろうか
映画のように花を贈りたいけど 間違っていることはわかっている
人間として 君を愛しているつもりなのに
僕が何をしたというのか
このまま 君の言葉を聞けないまま
夢のなかでしか 君と結ばれないのか
きっと間違っていたのだろう 認めたくないけど
人間として 君を幸せにしたいのにな
普通の人のように 変わったのなら 
見えない法が 僕たちを許してくれるのか
人間として
ちゃんとした人間として
君を愛することが認められるのだろうか

「冬の花の名」

あの花の名を知らない 冬の終わりに薄紫色に咲き誇るあの花の名を
厚い層になる雪に ずっと閉じ込められて待っていた花を
去年の冬に その名前を君が教えてくれたのに 
どうして僕は忘れたのだろう 遠い記憶にはあるはずなのに
白い雪化粧が溶けたあとの道 君と僕はふたり歩きながら
涙流して凍える手を 鎖のようにつなぎながら
今がずっと続くわけじゃないと 春のように明るくなる日を祈っていると
静かな君の声に 僕は慰められていたんだ
どうして僕は忘れていたのだろう 君と僕はひとつのようだったんだ
互いに欠けているところがあった でもそれは愛しさのひとつになった
壊れるわけがないと思っていた 信じるよりも強い思い込みで
あの花の名を思い出せば 君がどんな表情で言ったのかきっとわかるだろう
色だけが鮮明に思い出せるのに 名前だけが切り取られたように覚えていない
花の名がわかれば 僕はもっと君のことも思い出すだろう 
そこには痛みが伴うだろう 君の残した愛情を強く感じるだろうから
麻痺しているように 雪で体温が奪われていくように
今の僕は心の半分を閉ざしている 感じないようにしている
離れた君を思い出すのがつらいからだよ
あの花の名はなんだろう 凍えた手で君を求めるように あの花を見たいと思う 


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