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アントレプレーシップにおけるリベラルアーツの重要性

MITのMBA、経営学を学ぶSloan Schoolには、えっ?と思う不思議な講座があります。
講座名は「Choice Points」。各回毎に指定された小説(ないし映画)を事前に読み、McKersie教授と学生全員で議論する講義です。教材として指定される小説や映画は多岐に渡り、私が受講した時には、ギリシア神話の『アンティゴネー』やシェークスピアの名著『ジュリアス・シーザー』、カフカ『流刑地にて』、サン=テグジュペリの『星の王子さま』といった名作から、日本映画の『Shall We ダンス?』(!)も指定されました。

毎回の講義では、その回のテーマとなった小説とその主題について学生が思い思いに意見を述べるのですが、教授は決して結論めいたことは言いません。クラスを二分する様な激論になっても、どちらが正解とも間違いとも言いません。こんな講義に何の意味があるんだ、結局答えは何なんだと憤慨するクラスメートもいましたが、私は、あぁ、これがこの講義の目的なのだと感じました。
人の世に、絶対の正解などないのです。

受験勉強に慣れてしまうと、いつしか人は、問題には必ず正解があるものと思い込んでしまいます。
どちらが正解なのか、自分が正しいのか正しくないのか。正義と不正義、善と悪。
この考え方で世界を観てしまうと、片側だけしか見えません。
この世の理には、その問いに対し解があるものと、ないものがあります。数学や天文学の世界には不変の真理が存在しますが、人の心や気持ち・感情には、不条理はあっても絶対の真理はありません。世界を二元論的な視点で観るのならば、人が変えられないもの(正解があるもの)と、人が変えられるもの(正解がないもの)、この両者が共存していることを理解しなくてはなりません。

この講座「Choice Points」は、後者の人が変えられる正解のない問いにどう対峙するかを常に考えさせる素晴らしい授業でした。当時、経営論や金融工学の理論を追いかけ、ケーススタディのディベートに明け暮れる中で、答えのない問いに向き合い問答を重ねるこの講義は実に新鮮で、リベラルアーツとはこういう学びを深めることだと感じさせ、そして今も尚、実に様々なことを考えさせてくれます。

学問の世界では、文法・修辞学・弁証法(論理学)、算術・幾何・天文・音楽の自由七科をリベラルアーツと呼び、これらは古代ローマの時代から基礎教養の学問とされています。しかし、なぜリベラルアーツが基礎教養として大切なのでしょうか? 「総合的な知識」「幅広い視野」を得る上で重要とされるこの7つから、私たちは何を学びとれるのでしょうか?
色々な解釈がありますが、私は、リベラルアーツは人が変えられないもの(正解があるもの)と、人が変えられるもの(正解がないもの)の、この双方の構造を知り、両者が複雑に交差する現実を観察して、自ら考えるための視座、思考様式を養う基礎知識ではないかと考えています。

私たちが知覚・探求した範囲の「科学」で捉えられた自然は、完璧な数式と方程式で表される一方、現代の科学力では解明できない構造や原理も無数に残され、未だ人類の科学・知識は、万物の真理を解き明かしていません。
世界を探求して論述する力、解き明かされた真理、同時に人がもつ知識と言語の限界、合理性と非合理性について深く考え学び続けることは、私たち自身と世界を理解する上でとても重要です。

昨今、複雑化する社会問題の創造的解決に向けて、Science(科学)、Technology(技術)、Engineering(工学)、Mathematics(数学)に、Art(芸術)を加えたSTEAM教育が重要といる意見が各所で見られます。一部では、もはや現代社会で文系は役に立たない、理系を重点的に強化すべきとする暴論すら出始めていますが、こうした考えは、リベラルアーツとはかけ離れた偏った考えだと思います。

革新的なIT能力を最大限活用するためには、STEAMは確かに重要な要素です。しかし、不可解で不条理な人の心理や行動を理解し、正解のない問題を設定し、どの様に解決し決断すべきかを考えるには、STEAMだけでは不十分です。自然の一部である人を知り、正解のある問いとない問いを見極め、人の力と自然の理の全体像を捉える基礎力として、今もリベラルアーツは欠かすことのできない重要な存在です。

不確実性の塊ともいえる未知の世界に踏み入り、未来の当たり前を創造する。その基本的なマインドセットであるアントレプレナーシップには、世界や人の複雑性を深く理解し、多面的な視点を意識する力が求められます。

「神よ、変えることのできないものを静穏に受け入れる力を与えてください。
 変えるべきものを変える勇気を、
 そして、変えられないものと変えるべきものを区別する賢さを与えて下さい。」

人が変えられるものと変えられないものを見極める叡智と、変えるべきものを変える勇気。
“Serenity Prayer”で知られるアメリカの神学者ラインホルド・ニーバーの言葉は、アントレプレナーシップの真髄です。その基礎を学ぶ一つの方法としてリベラルアーツがあります。
三角関数や微積分を知り、星の動きを理解し、音の階調を奏で、韻を踏む隠喩を交えて意見を述べることには、個々の知識の枠を超えた意味があることを、ぜひ考えてみてください。

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