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信託型ストック・オプションの取り扱い説明

▼ 信託型ストック・オプションとは

従来のストック・オプションは、その発行時において、誰に何個発行するかを事前に決めておく必要があり、後から交付先や個数を変更することができませんでした。このようなことを実現できるいわば「夢のストック・オプション」が信託型ストック・オプションです。信託型ストック・オプションを利用すると、在籍者だけでなく、将来採用する役員や社員も対象とし、その貢献度に応じて付与個数を決めていくことができます。

例えば、3年後の利益目標を決め、それを達成したら各人の貢献度に応じてストック・オプションを付与するように設計します。これは役員・社員による目標達成のためのインセンティブとなるだけでなく、これを条件に優秀な人材を採用することもできます。特に3年間で社員数を2倍、3倍にする計画の急成長会社の場合、在籍者へのインセンティブだけでは不十分であり、このストック・オプションのメリットは大きいと思います。ストック・オプションの個数についても、各人の貢献度に応じて決めることができますので、賞与などの金銭によるインセンティブ報酬と同じような効果が、現金支出なしに実現できる仕組みであるということもできます。

▼ 信託型ストック・オプションの仕組み

利用する信託は「受益者等の存しない信託」(法人税法2条29号の2ロ)である点が重要なポイントです。信託契約に基づき会社が発行する新株予約権(ストック・オプション)を信託財産とします。信託設定時には受益者(ストック・オプションの交付先)が決まっておらず、時期が来たら会社(受益者指定権者)が受益候補者の中から受益者を指定する契約に なっています。

役員・社員等にストック・オプションを直接付与するのではなく、一旦信託財産としておき、業績条件等が確定した時点で会社が受益者を指定すると、信託から、役員・社員等にストック・オプションが付与されるという仕組みです。 次に重要な点は、この信託の当初資金を会社のオーナー個人が拠出する点です。これにより信託が会社から独立したものになります。信託がこの当初資金によりストック・オプションを取得して信託財産とします。その後の信託報酬が毎年数百万円程度かかりますが、これは信託管理人及び受益者 指定権者である会社が支払います。

▼ 役員・社員への所得税の取り扱い

株式を売却した時点で、そのキャピタルゲイン(売却時の株価と権利行使価格の差額)に対して課税(分離課税の場合約20%)されると説明されています。これは税制適格のストック・オプションと同じ扱いになります。

税制非適格のストック・オプションの場合には、権利行使時点において、その時点の株価と権利行使価格の差額について経済的利益を受けたとみなされ、給与所得課税が行われます。給与に対する税率は、凡そ15%から65%であり、キャピタルゲイン(譲渡所得)に対する税率より高いのが普通です。

信託型ストック・オプションの場合には、前述のような仕組みで信託からストック・オプションが交付されるため、給与として課税されることはないと考えられているようです。 ただし、この信託型ストック・オプションについて、税務当局が取り扱いを明らかにしているわけではありません。今後の税務当局の判断によって給与課税が行われる可能性が残されていることに留意が必要です。

▼ ストック・オプションの会計処理

信託型ストック・オプションは、「ストック・オプション等に関する会計基準」(企業会計基準第8号)に基づいて会計処理を行うと考えられます。これによると、業績条件等が確定した時点で、株式報酬費用を計上することになります(条件により費用計上額は少額)。しかし、この会計基準を適用するのかどうか、はっきりしないのが現状です。

信託型ストック・オプションでは、役員・社員等には、会社から独立した信託の受益者としてストック・オプションが交付されます。そのストック・オプション取得資金は、信託の委託者であるオーナー個人から拠出されたものです。役員・社員等は信託から資金負担なしにストック・オプションをもらう形になります。このような前提をストック・オプションの会計基準が想定しているわけではありません。 このため、会計上の取り扱いについては監査法人ごとに異なる可能性があるとされています。

▼ 誰が考えた仕組みか

信託型ストック・オプションは、松田弁護士と株式会社プル―タス・コンサルティングが2014年に共同開発したものであるとされており、「時価発行新株予約権信託」(R)として商標登録されています。ただし、同社に依頼しないと信託型ストック・オプションが実施できないわけではありません。

顧問税理士個人が信託の受託者となる民事信託と信託銀行が受託者となる商事信託があります。過去の事例としては民事信託が多かったようですが、最近は信託銀行を使う商事信託が増えてきているようです。

▼ 導入事例

上場準備会社が上場前に信託型ストック・オプションを導入し、上場後に権利行使できるように設計するケースが多く見られます。公表されているものでは、再生医療のヘリオスが最初で、名刺のSansanやグルメサイトのRettyなど30社弱あります。上場会社20社程度もこれを導入していますが、マザーズ上場会社が多く、東証一部上場会社はほとんどないようです。公表されていないものを含めると200件以上の導入事例があるとのことです。

信託に対する当初資金をオーナー個人が拠出しなければならないため、信託型ストック・オプションは、オーナー色の濃い上場準備会社向きです。 次に述べる懸念点もあることから、サラリーマン経営者による東証一部上場会社向きの仕組みではありません。

▼ 信託型ストック・オプションのメリットとデメリット

最後に、メリットとデメリットをまとめておきましょう。メリットは、将来採用する役員・社員等に対して付与できる点と各人の評価に応じて個数が決められる点です。このように柔軟な対応ができるストック・オプションは他にありません。 一方、次の検討課題があることがデメリットと言えます。

(1)ストック・オプションの価値が低いことが条件

ストック・オプションの購入単価が高いとオーナー個人からの拠出金が多額になるため、ストック・オプションの総個数が制限されることになります。このため、ストック・オプションの評価額が低いことが条件となります。なお、ストック・オプション評価額が低いと、条件確定時に計上される株式報酬費用が小さくなります。

(2)信託報酬の負担がある

信託を利用する場合に、毎年数百万円の信託報酬が掛かります。これを信託型ストック・オプションによるメリットを得るためのコストと認識できるかどうかの検討が必要です。

(3)所得税の課税 ストック・オプションの権利行使後における役員・社員等の所得税について、給与所得課税がされないのかについて、税務当局による明確な判断が示されていない現状があります。

(4)会計処理 会計処理については、ストック・オプションの会計基準が適用されると考えられますが、監査法人の判断によるとされています。

記事作成日:2021年7月21日

執筆者:株式会社ビズサプリ パートナー 久保 恵一


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