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1on1で「ベテラン部下とどう向き合う?」問題【後半】

【前半】記事の最後のところで、「話し手の専門性に勝った知見が、聴き手側に求められることはない」と書きました。つまり、結論から言うと、相手が若手でもベテランでも、1on1でやることは同じだということです。

「そんなことを言われてもなかなか…」という声が聞こえてきそうです。ベテランメンバーには「若僧の部下になってしまった…」とか、「お手並み拝見」といったネガティブな心情が潜んでいるかもしれませんから、そんな圧を感じれば気が重くなるのも無理はありません。そんなムードの中、どんな進め方があるのか、ご紹介できるのはあくまで一例にしかなり得ませんが、なんらかの参考になればと思います。

以下、上司のスズキさんと、ベテラン部下のタナカさんの1on1ミーティングの後半になります。【前半】パートの最後、37行目に続くところからです。

38-上司:「ヤマモトさんについては、本人ともあらためて話をしますし、周囲の人たちにも様子を尋ねてみます」
39-部下:「ぜひ、そうしてください」
40-上司:「はい。で、今日ですが…、もしタナカさんから特にトピックがないようでしたら、残りの時間でちょっと、タナカさんについて聞いてもいいですか?」
41-部下:「私のこと? どういう意味ですか?」
42-上司:「ウチのチームにタナカさんに来ていただいてもうすぐ一年になるんですけど、社歴の長いタナカさんが以前どんな仕事をされていたのかとか、今の仕事についてどう思っていらっしゃるかとか、きちんと聞いたことがなかったなと思って」
43-部下:「ああ、そういうこと」
44-上司:「はい。いいですか?」
45-部下:「まぁ、かまわないけど、何を話したらいいかな?」

【対話例-後半①】

おそらく上司のスズキさんは、どこかでタナカさんのキャリアについて尋ねてみようと思っていたのでしょう。タナカさんからのトピックが出てこないことを十分に確認したのち、思い切って踏み込んでいきます。

46-上司:「最初は宣伝部にいらしたって聞きましたけど?」
47-部下:「うん、間違ってないけど、当時は宣伝部って呼び名じゃなかったですね。なぜか広報部って呼ばれていて、確かに広報的な仕事もやるんだけど、自社広告の制作が9割だったかな」
48-上司:「へぇ、クリエイティブな職場イメージですね」
49-部下:「いや、そんなにカッコいい響きの仕事じゃなかったですよ。日々やってることは極めて地味」
50-上司:「そうだったんですか」

【対話例-後半②】

ここで聞き手は、こうした話し手の自虐に「そんなことないですよ」などと返しそうですが、あくまで素直に受け止めるだけにしているところはポイントです。タナカさんはすでに”話すモード”に入ってますから、余計な感情を挟まず次を促す言葉に留めています。

51-部下:「まぁ、自分の作った広告が新聞や雑誌に掲載されるわけだから、やりがいみたいなものはあったかもしれないけど」
52-上司:「やりがい、うん、でしょうね。で、その仕事をしばらく?」
53-部下:「けっこう続いたよ。10年くらいはやってましたね」
54-上司:「10年ですか。熟練の域ですね」
55-部下:「そうしたら、ほら、その頃、合併やら吸収やらで子会社が増えた時期だったから…って言っても知らないだろうけど」
56-上司:「聞いたことはあります」
57-部下:「そう? で、子会社のほうで広報宣伝まわりがみられるヤツはいないかってことでね」
58-上司:「あ、それで、タナカさん」

【対話例-後半③】

なるべく短い言葉だけで、合いの手を入れるような感覚で応答しています。記憶を辿り始めたタナカさんの思考を切らないよう、テンポよく寄り添っています。

59-部下:「そう、出向決定。思ったより長くなっちゃったけどね、結果としていい経験にはなりましたよ」
60-上司:「なるほど、だから今でも人脈が広いんですね。タナカさん、どこへ行っても知り合いがいるんだなと思ってました」
61-部下:「そうかな」
62-上司:「そうですよ。で、出向先では部長職だったんですよね?」
63-部下:「そう、一応ね。部長ったって、会社は小さいし、何でも屋だよ。部下も数名だから、細かい作業からクロージングまで、全部やんないといけなかった…」
64-上司:「へぇ」
65-部下:「いや、だからね、寝ない日もあるくらいだったんだけど…、うーん、でも、やっぱり面白かったかな」
66-上司:「なんか、話しているタナカさん、いつもと雰囲気違いますね」
67-部下:「ん?」
68-上司:「だって、すごく楽しそうに話しているから」
69-部下:「そう? ふだんこんなこと考えないし、久しぶりに思い出しましたね」
70-上司:「唐突ですけど、その頃のタナカさんが、仕事をしながら大事にしていたことって何ですか?」

【対話例-後半④】

「傾聴せよ」などと言われると、とかく耳ばかりに神経がいきがちですが、相手のメッセージ情報は言葉だけではありません。ノンバーバルの変化に注意を払っていくと、視覚を通じたメッセージが多大であることに気づきます。それを敢えて言語化して本人に返すことで、相手からの信頼感が増すというオマケもついてきます。

また、ひととおりの記憶がよみがったところで投じられる価値観に関する問いは、ふだん動いていない頭の隅っこの方に刺激を与え、新しい行動のタネを見つけるきっかけになることもあります。

71-部下:「そんなこと意識して考えていたとは思わないけど…」
72-上司:「…」
73-部下:「……仲間かな」
74-上司:「仲間?」
75-部下:「ですかね」
76-上司:「どういうことです?」

【対話例-後半⑤】

だんだんと聴き手側の発話量を減らしています。タナカさんの頭の中がグルグル回っていることに気づいているスズキさんは、できるだけ沈黙とキーワード返しのみに留め、憶測できそうなこともすべてわきに置いて相手から言葉が出てくることをひたすら待つ姿勢を貫いています。

77-部下:「がんばって皆でやり遂げると、必ず仲間たちが…、同僚だけじゃなく、上司も部下も、互いにいい顔してたなと思って」
78-上司:「あ、当時の画が浮かぶんですね。なんか、いいっすね」
79-部下:「うん」
80-上司:「…」
82-部下:「やっぱり仕事って、仲間と楽しくやれてなんぼかな」
83-上司:「仲間と、楽しく」
84-部下:「はい」
85-上司:「タナカさん、今後、どんなことやってみたいんですか」

【対話例-後半⑥】

タナカさんが思い浮かべている頭の中の情景は、スズキさんにはまったく見えていません。でも、事の詳細は分からなくても、タナカさんの中でかなり解像度の高い絵が浮かんでいることは察することはできます。なので、余計な言葉は一切挟まず、いきなり次の行動を尋ねています。繰り返しですが、スズキさんにとって、タナカさんがどんなことを考えているのかは不明です。聴き手からすると勇気ある展開ですが、想像よりはるかに多くのことを話し手が考えていることを実感できる貴重な局面でもあります。

86-部下:「え? いや、もう…、どうかな」
87-上司:「…」
88-部下:「…でも、同志みたいな者たちを集めて何かしたいですかね」
89-上司:「同志…」
90-部下:「互いの強みで、互いの弱みを補えるような関係を作るとか」
91-上司:「補完し合える関係ですか」
92-部下:「そこで少しでも自分を役立てる機会を作っていきたい」
93-上司:「いいっすね」
94-部下:「なーんてな」
95-上司:「いいじゃないですか」
96-部下:「正直、不安だらけだよ。でもまぁ、そういうものなんだろうな」
97-上司:「え?」
98-部下:「心細いから、仲間のためにがんばる、でも実は結局それが自分のためになるんだな」
99-上司:「…なんか、ジーンときました」
100-部下:「そうかぁ?」
101-上司:「ええ、ホントに。タナカさんがいつもと違って見えます」

【対話例-後半⑦】

思いがほとばしり始めたタナカさんに対し、スズキさんはひたすら、沈黙、反復、伝え返し、肯定的反応、アイメッセージ、観察フィードバックのみです。人は、問われて初めて考え始めますし、すでに考えていたことも言葉に出すことでさらに新しい思考を生みます。そして新しい思考が新しい行動を促します。これが主体性のメカニズムです。

102-部下:「なんだそりゃ。もう今日はこんくらいにしといて」
103-上司:「あ、はい。でも、今日はいろいろ話が聞けてよかったです」
104-部下:「いや、こちらこそ。こんなことを今日話すことになるとは(笑)」
105-上司:「こんなふうに話してみて、今どんなことが頭に思い浮かんでいますか」
106-部下:「うーん、とりあえず定年まで2年だけど…、無駄に過ごしたくないなぁって」
107-上司:「あ、そこですか」
108-部下:「うん、ちょっと考えてみようかなと」
109-上司:「おっ、じゃあ、また続きの話を聞かせてもらえそうですね」
110-部下:「こんな話でよければ」
111-上司:「もちろんです。今日はありがとうございました」

【対話例-後半⑧】

こういう話をするのに慣れていない人には、照れくさいような気持ちもあろうかと思います。でも、関心をもって実直に向き合うことが、行動する背中をじんわりと押すことになります。また、スズキさんのセリフ105も見逃せません。抽象度が高すぎてなかなか繰り出せない問いですが、上述のようにタナカさんの頭の中では、聴き手まで伝わってこない無数の考えがいっぱい飛び交っています。そのことが、すぐあとのタナカさんの回答106にも表れています。

1on1は、直近の業務をふり返ることで内省してもらう以外に、こうした中長期視野で自身のキャリアをふり返ってもらうためにも使えます。これまでどんな仕事をしてきたのか、その経験をふり返って今思うことは何か、これらを言語化していくと、自分自身の価値観をあらためて自覚でき、“ありたい未来の自分”の解像度が上がっていきます。

先行き不透明な環境だと、不安が増して、今やるべきことに手がつかなくなります。逆に言えば、見通しがよければ、目下のやるべき仕事に集中できますし、さらに、今やっていることが将来の自分と少しでも関連づけば、今の仕事に取り組む意義が強化されます。企業がキャリア自律支援を推進する理由の一つはここにあります。

本ケースではキャリアがテーマになりましたが、通常業務のふり返りでも基本は同じです。繰り返しですが、やりたいのは「相手自身が考えていることを、当人と一緒になって表に出し解像度を上げていくこと」です。発言について良し悪しをジャッジするといった正誤判断をすることではありませんから、相手に勝る専門知識も、詳しい背景事情も必要ないわけです。

ただ、そういう話をベテラン社員すると、相手によっては「自分のことは自分でよくわかっているので壁打ち相手は不要」という方も出てくるかもしれません。本当に自問自答でOKという人が存在することは認めます。しかし、実際あまり多くはないのと、「自分で自分がわかっている」という発言をしている人ほど怪しいです。ですから、そのような場合は「あなたのためだけじゃなく、こうした言語化に付き合うことは“私があなたのことを知る機会”になるので、協働者にとっても助けになる必要な時間」だということを伝えてください。そして、どうにかテーブルに着く習慣さえ身につけば、後にその効果はじわじわ出てきます。

さて、ここまでいかがだったでしょうか? こうしたTipsは、皆さんが抱えるすべてのケースに当てはまるものではありませんが、感じ取れるところ、そこから応用できるところがあったら拾ってください。また、別の困ったケースがあったらコメント欄から教えてください。皆さんの1on1が、より有意義な時間になることを切に願っています。

(おわり)


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