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元ドイツ情報局員が明かす心に入り込む技術 単行本(ソフトカバー) – 2012/7/26

パフォーマンスの高い組織をつくるためには、チームメンバー同士の「信頼関係」が大事だとよく言われます。確かに、複数人が協力してモノづくりをする現場や、仕事をアサインする上司と成果で期待に応える部下、また、チームを広い概念で捉えれば、社内で関わる他部門の人たちとの連携、そして社外の取引先や顧客とのやりとりも、すべて互いに信頼し合う関係性の上に成り立っています。しかし、そんなに大事な「信頼関係」であるにもかかわらず、そのつくり方について正式に習ったことはあるでしょうか?

本書は、「心に入り込む技術」などと少々煽り気味のタイトルをつけていますが、つまるところ信頼関係のつくり方について書いてある本です。信頼関係って何?というところも少し目線合わせが必要で、ここでは「“この人なら、このくらいまで話しても大丈夫だ”と信じられる度合い」としておきましょう。「××さんだから話しますけどね…」とか、「今日はここまで話すつもりはなかったんだけど…」といったフレーズが増えてきたら、その度合いがちょっと上がったサインです。

人事の仕事をしていても、信頼関係が話題に出ることがよくあります。たとえば、ここ数年、企業で“1on1ミーティング”を制度として導入しようという動きが増えています。その検討ミーティングでよく耳にするのが、「うちは上司部下での信頼関係が弱いからすぐは無理。まずは関係性をよくしてからでないとね」という意見です。でも、「じゃあ、どうやって関係性だけ取り出して先に改善できるの?」という問いに即答できる人にお目にかかったことはありません。(実は、1on1自体が、その手段のひとつになり得るんじゃないかと思うのだけれど…)

本の内容にもう少し触れると、政府で犯罪捜査に携わる諜報員が、マフィア活動の中枢にいるキーパーソンに直接近づいて、正面切って彼らの秘密を聞き出すまでの一連エピソードが書かれています。極秘事項を聞き出すにはそれなりの「信頼関係」が必要なわけですが、それを徐々に構築していくためのテクニックが場面ごとに紹介されていくという構成です。

情報を漏らしたら即刻消されかねないような状況下で、かつ、相手が自分たちを捕まえようとしている政府機関の職員だとわかっているのに、なぜペラペラしゃべってしまうのか? なぜ、巨大な危険を冒してまで、いわば敵とも言える相手に、自ら進んで情報を開示してしまうのか? 闇組織とはいえビジネスのキーパーソンですから、むしろ頭脳的には優秀なはず。一見まったく理屈に合わない話ですし、展開があり得な過ぎると感じてしまうと、リアリティを失ってむしろ関心が逸れてしまう読者もいるだろうと思います。実際、Amazonレビューを読むと見事に評価が分かれていて、その2極化現象自体がたいへん興味深く感じられました。

オカルトでもなんでもなく、一般に知られていないという理由だけで不思議がられていることは、世の中にたくさんあります。人事の仕事に携わっていると、実はとっくの昔に発表されていた論文なのに、あたかも新発見のような扱いで急に流行り出す理論を目にすることもよくあります。人間の心理という、設計図が明らかでないものを扱っていますから、ときに直感と合致しない現実に向き合うこともしょっちゅうです。考えてみると「信頼関係」も、まだまだつかみどころのない概念の一つなのかもしれません。本書によって新しい観察視点を得られましたし、このテーマにこのスタイルという試みがおもしろく、読んでいて楽しかったです。

(おわり)


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