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【BI-TO #03】コラム:肇さん、備前焼でお酒が美味しくなるって本当ですか?

JR伊部駅から北へ真っ直ぐ歩いた突き当りにある備前焼窯元「一陽窯」。
その3代目であり、業界屈指のお酒好きとして有名な備前焼職人の木村肇(きむらはじめ)さん。「BI-TO#03 備前焼から広がる世界」では、そんな肇さんに、備前焼×お酒への正直な考えをがっつり聞いてきました!

ーー伊部に生まれ育って、小さい頃から他府県のお客さんがお土産にご当地のお酒を持ってきて、頂いたお酒の香りや味を両親が楽しんでるのを見てきました。その影響もあり、味や香りには幼少から興味がありましたし、成長してお酒を飲むようになると、当たり前のように備前焼の器で飲んでました。ただ、普段から備前焼に囲まれている環境だったので、逆に透明や白、黒、ツルツルした素材の器も好きで、洋食器やガラスの器をよく自宅で使っていました。

で、昔から備前焼でお酒を飲むと美味しくなるって皆さん言うじゃないですか。そうかと思う一方で、疑問もある。そんな中、一番最初に印象に残っているのは、雑誌で読んだベルギービールの特集。ベルギービールってメーカー毎に推奨するグラスがあるんですよ。例えばベルギーのパブでビールを注文しても、そのメーカーのグラスが全部出払ってたら、厳しい店だと絶対注がないんですって。それかっこいいなって、グラスとベルギービールを買ってきて、自宅で友達と飲んだんです。ベルギービールは日本のと違ってかなり香り豊かでフルーティーだから、これは備前焼でも飲んでみんといけんな!ってなって。実際、備前焼に注いだらキレイに泡は立つけど、グラスで飲むのと香りがもう断然違う。備前焼はちょっと香りを吸うから、華やかでフルーティーな匂いがしなくなる。ベルギービールは、おそらく香りをある程度楽しむようなお酒だから、個性が取れちゃうなって気付きましたね。言い方を変えると、香りで表現をしようとする酒を備前焼に注ぐと、全部を削いで本質を浮き彫りにしてくる器だと思いました。それは僕が、香りを出すことが本質だと思ってないからであって、酒の作り手が香りを出すのを本質だとしていたら違うんですけど。

だから、備前焼で飲んだ時の、「個性を出そうと思った物」に対する反応が面白いなって。昔から備前焼でよく言われるのは、作り手が個性を出そうといろんな形を作ったり技法を施しても、土の存在が大きいので個性を出しにくいみたいな。結局「備前焼」ってところが強く残って、作家性を残すのが結構難しいんですよね。よく備前焼を見てる人じゃないと細かい違いに気付けない。そういうのも備前焼の作り手として分かっているから、ビールも「これがこのビールの個性だ」みたいな香りを作ってても、結局それを備前焼が吸い取っちゃう、みたいなとこが備前焼らしくて面白い。だからお酒のフレーバーが好きな人なら物足りなくなる可能性があるので、僕は備前焼で飲むのを勧めません。それが最初の備前焼と酒に対する気付きかな。

次は、岡山の酒蔵の日本酒とセットで備前焼を売ろうって話が来た時。酒蔵にお邪魔し、お酒(大吟醸)の味見をしたんですね。でも、もともと大吟醸って香りがフルーティーで「ワインみたい」とか表現されてるくらいだから、備前焼で飲んだらまた香りを取ってしまうんだろうなって思ってたんですよ。で、酒蔵でちょっと濁ったプチプチする生酒をいただいたので、帰ってグラスと備前焼で飲み比べをしたんです。いざ生酒を注いでみると、備前の方がすごいお酒の匂いがパーッと鼻に立ってきて、ガラスの方はそうでもなかったんですよ。いつもと真逆。なぜか考えたら、生酒は若干発泡したお酒だったんです。備前焼に注ぐとさらに泡が立つから、泡がしっかり弾けて、濁りのある酒に含まれる、麹や成分みたいなものの香りが立つみたいなんですよ。備前焼の器は香りを吸ってはいるんだろうけど、炭酸を弾けさせることで出てくる香りもあるんだなと気付きました。

なるほど!ならば、ビールも発泡してるし香りが立つのかと思われるけど、ビールは泡で液体に蓋をして状態を変えないようにするお酒でもあるので、そこまで変化はない。
ワインなら、スパークリングタイプのものを備前焼で飲むと、同じ様な効果があるんじゃないかな? でも、ワインはやっぱりグラスで飲むものだよなぁとも思っていたのですが、直感的に何かもっと知らない発見がありそうだと思って、「備前焼でワインを飲むのってどう思います?」ってワインの醸造家の方に聞いたことがあるんです。そしたら「備前焼とワインが合わないことはないよ! だってワインは紀元前6000年からあるんだしね」と言われて、納得しましたね。当時ワインはガラスではなく、ヤキモノで飲んでいたはずだから。今はワインやビールを飲むのにヤキモノはあまり使わないけど、歴史のどっかで飲む時も作る時もヤキモノを使ってるんです。粘土で器を作るって特殊なことではなく、普通に人間が生きるため早い段階からやってるから。それこそ縄文土器は1万年前にはあったわけでしょ。8000年前から続くワインや5000年前から続くビールの歴史の中で経てきた過程や通った部分と、ヤキモノも何かしら面白い共通点があると思ってます。

もちろん歴史が長い分、この畑のブドウがいいとか、こういう味や色がいいとかの基準を人間が決めたことによって価値ができてる面もある。今のワイングラスの形が良しとされて世間一般的に使われているのも、ここ数十年くらいの話ですよ。それは備前焼もそう。でもそれって本当にすごいの?っていう疑問は常にあるじゃないですか。希少だから高くなるのは分かるんだけど、それは美味しいですか? 美しいと思えますか? って言ったら、多分それぞれだし。

こないだ僕より10歳以上若い、ワイン通の子と料理しながら家で飲んでたんだけど、刺身とワイン合わせる時に「やっぱり赤だと魚にはあんまりですよね」みたいなことを言うんですよね。魚料理に白、肉料理に赤を合わせる考え方は1960年ぐらいからの話で、レストランでそうすることが多い。けど、これは一応洋食のルールだから、サンマやブリなど青魚の刺身や握りには白の方が生臭さが際立ってしまうから、赤の方が合う場合もある。そもそも刺身はフレンチで出んでしょ。だからそこの基準の持ち込み方を誰かが間違ったのか…僕よりうんと若くていろんなワイン飲んで、固定概念もあんまりないような子ですら、刺身には白ワインの方がいいですよねって言う。

そういう点では、僕は基本的には大体何でも疑ってます。それこそ日本人なんてさっきまで着物を着てたわけじゃないですか。洋服や革靴を身に着け始めたのはここ100年ちょいくらいでしょ。対して備前焼の約1000年の歴史の中で、人間の履物や着るものは大きく変化してきたわけです。だから僕らが子どもの時、年寄りにこういう備前焼がいいよって言われてたことに対しての疑問は特に多い。僕は近代以前からある焼き物に携わって、近代以前の備前焼が面白いなと基本思っているので、近代の人にこれはいいよとか言われても、もう全部変わっちゃってるからあんまり信じてない。江戸時代の人が何かを言うんであれば教わることはあるんですけど。それこそ日本人の気質が、先人に教わったことを倣っていくのが正しいと思ってるんでしょうね。前の人が言ったからそれが正しい、間違えたくないみたいなね。

ただ、ワインに関しては、やっぱりガラスの軽くて薄いグラスで飲むのが気持ちいいなとは思ってます。液体が口に入る流れがスムーズで、唇にすっとフィットするし、飲むことに集中できる。備前焼の厚みやザラザラとした表面は存在感がありすぎるから、飲み物だけに意識を集中させることができない。よく考えると、グラスにワインを注いだ時って、中に入っているワインの色を見ることはあっても、グラス自体を鑑賞することはほぼないでしょ。逆に備前焼で出てくると、やっぱり器の景色を見る人が多いですよね。主体が違うんですよ。本当の僕の好みを言うと、器はないのが一番。器を使わず液体だけ飲むのが、一番味が分かる究極の飲み方だと思ってます。絶対できないけど(笑)。でもそれが一番いいと思うんだから、備前焼を制作する時も心掛けていて、コップでもお皿でも茶碗でも、極力飲食の邪魔をせず、使う人の身体的なストレスがないような形を作るようにしています。

でもここで考えるのは、必ずしも飲食物だけを見てもらうのが正しいわけではないってこと。飲食店だとまずはロケーションがあって、建物があって、店内の空間があって、椅子やテーブル、窓から見た景色なんかも含め、見てほしいものが店によって違う。広島県にある「ビールスタンド重富」の店主が言ってたんだけど、どこで、誰と、どのように飲むか、つまりTPOがやっぱ大事ですよねって。もしビル屋上のビアガーデンに会社終わりの仲間たちと大勢で行って、薄い華奢なグラスでビールが出てきたら、勢いよく乾杯できないでしょ。キンキンに冷えた分厚いジョッキで出てくるから、気持ちよくみんなで乾杯して飲むことができる。逆にデートで暗くて落ち着いたバーに行った時、繊細で薄いグラスで飲み物が出てきた方が高級感もあって、ムードが出る。こういう状況へのフィット感を出すこと、あるいは、フレンチの店だけどあえて備前焼の器で出しています、というようなギャップを出すことを狙って器をチョイスする。それぞれの器には必ず良さがあるんですね。

普通、あんま考えないですよね。この器がなんのためにこういう形になってるか、ここで出てくるのかって。備前焼に関しては、器が1個飲食店にあると、それだけで話題になったりします。この器は何か? って盛り上がったり、その中にあるものの味や素材に対して考えてみるきっかけになる。備前焼に入れた飲み物が変化するなら、じゃあこんな使い方したらどうかな? って何らかのアクションが生まれる。僕個人としては、器の作り手としていろんな作り手や生産者と交流してきて、情報をいろいろ持っているので、自分がその方々とのハブになって相手の役に立つ器を作ったり、情報を提供することで、役に立ちたいという思いはありますね。

僕が好きな岡山県産のお酒に、備前市吉永町で作ってる「Koti Brewery(コチブルワリー)」があります。もう立ち上げられて6年くらいかな。Kotiは空気中から採取した自然酵母を自分で育てて瓶内二次発酵をさせるから、手間も時間もかかるし、量産できない。提供するまでに長い時は半年近くかかったこともあったみたい。妹尾さんは自分が作るものに対して嘘がなく、真摯。一般的に言うビールとは違う方法で作ってて、この作り方を貫いてる人は、妹尾さん以外にほぼいないと思います。

そんなKotiができて最初の冬頃、僕がKotiを飲むための器を作ったんですよ。Kotiの妹尾さんと、Kotiを取り扱う店の人とでどんな形にしようかって話していた時に、「Kotiはゆっくり飲んでほしいよな」という話から、鼻を近付けて飲むために液面を広く取りたい、口はやっぱり薄くしてなるたけストレスないカーブにしたい、しっかり持つ、という意識を残しつつ、丸くて収まりの良い形を目指しました。お客さんからは「 ”いただく “感があって良いですね」と言ってもらえたり、備前で生まれたKotiを、この備前焼で飲むことに価値を見出してくれる人も多いです。

備前焼って本来、日常的に使うようになってくると、使いやすいし、割れにくいし、メンテナンスも楽だし、気軽なんですよね。子どもがうっかり備前焼を割ってしまっても、破片が細かくなりすぎず、見つけて処理しやすいからそう面倒ではないし。お酒に対してどういうスタンスで向き合うのかを考えて、気兼ねなく飲みたい時は、やっぱり備前焼かなって、改めて思います。

文:藤田恵
写真:池田涼香

木村 肇さん
室町時代から続く備前焼窯元六姓の一つである木村家の系譜を継ぐ窯 「一陽窯」に生まれる。フードコンテナやスパイスミルといったスタイリッシュで利便性の高い食器制作が評判。和洋中問わず自分で作る料理の腕前もプロ級。
一陽窯Instagram:@ichiyougama.bizen
木村肇Instagram:@hagme00


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この記事は、岡山県備前市の<人>と<文化>を見つめるローカルマガジン「BI-TO」に掲載されたものです。こちらから誌面もご覧いただけるのでぜひチェックください。

■目次
・ISSUE#03 備前焼から広がる世界
【AIR×備前焼】国際交流で広がる、備前焼の可能性
【産地交流×備前焼】珠洲焼の歩み、備前の地で前へ
【未来の社会×備前焼】陶器ごみから生まれた再生備前「RI-CO」
【GALLERY BAR×備前焼】文化を囲んで人が語らう移動式GALLERY BAR
・「大人のしゃべりBAR」開催レポート
・Do you know…?
・巻末コラム:肇さん、備前焼でお酒が美味しくなるって本当ですか?

2024年9月20日発行
企画・発行:BIZEN CREATIVE FARM
制作:南裕子、藤田恵、松﨑彩、吉形紗綾、加藤咲、池田涼香、藤村ノゾミ


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