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父のクセが強かった。~俺はダメだ~

おとんやら父親やら親父や呼び方というか書き方を全く統一出来てない……笑
しかもだ。年齢も私が17or18or19かさだかやない。
たしか、17で倒れて18でリハビリだったような…んで、19でさらなる地獄だった気も…。んんーーー。
そこはもうご了承ください。そんな歳の頃です。

さて、オトンの脳梗塞との診断後、どこまでの治療をしてどうしたかというのは正直なところ記憶ない。

冷たい姉妹だと思われるかもしれないが、ほぼ病院に任せていた。必要な時にしか行かない。オトンに対してはぞんざいに扱っていた。

私たち姉妹は幼少の頃から 俗に言う「父親」という役割?を感じたことがない。そりゃ働いてお金を稼いできてくれて私たちはここまで大きくなれたんだけども。
借金やオカンを泣かせたりのこともあったし、私たちが土下座して謝ったりや、プロレス技を酔って掛けられてアザだらけだったりと……そんなことしかされたことが無いのでこう、社会人ではないけども、自らの意思で行動をとるような歳になる頃にはオトンに対してはオトンという生き物でしかなかった。んー……他人?なんというんだろう。

嫌いというの超えて無?

上手く書けないや。

まぁそんなこんなで手術とかあったのやろうけど、立ち会ってないし、お見舞いも1回したかどうか。

とりあえず、術後の経過の話を聞いたことだけは覚えてる。

おとんは脳梗塞を起こしたが若い割には進行が遅く奇跡的に回復の見込みがあった。

しかし、梗塞を起こした場所が前頭葉というところ。

感情や欲を抑えられない。判断ができにくいとのこと。

が、

しかしだ。


その話を先生から聞いて私たちは笑ったのだった。
先生は不思議そうにこの姉妹はなぜ笑うのかと思ったとおもう。

だってね?
うちのオトンは昔から我慢はできないし判断はおそい。欲望のままに生きてきた。だからこそ、これ以上に抑えられないことなんてないべ?

そう思って姉妹で笑ってしまったのだ。


まぁ。

それから半年くらいその病院にいて、次はリハビリ病院への転院の手続きをとってくれた。

この時にはおとんはまだ麻痺もかなり残っていたが、言葉が少しばかり出るようになって話せるようになった。

転院した病院で今後のやるべきスケジュールを3人で聞いた。

先生「お父さんの努力次第で職場復帰もできますよ!」

そんな爽やかに伝えられて親父もさぞかし嬉しいだろうと思って発言を待つ。

オトン「いや……俺はもうダメだ」

!?!?!?

何を言ってんだろうか。

すかさず先生も「いやいや!大丈夫ですよ!お父さんよりもっと症状の強い方でも努力して今元気に働いてますよ!」

オトン「……私はもうダメなんです。働きたくないんです。」

場がシーンとする。

自慢の顔も麻痺が残ってるし、腕は曲がってる。
まだ立つことは出来ても歩くには不安がある。
また、プライドが高いから……そんな姿を見せたくないのかな……そう少しだけ思ったら


言うんです。おとんが


おとん
「もう働かずに、このまんま娘らに食べさせてもらって隠居して悠々自適に暮らすんです。」


私と姉で思わずおとんの頭をかなり強めに叩いてしまった。

先生がビクッ!!!!とし、看護師さんもあっ!!!と声を出した。

このとき2人でこいつ死ねばいい。と思った。
強い言葉で申し訳ない。
でも18歳と24歳には冗談は通じない。

冗談ではないな。こいつは本気で思ってる。


そして、私たちの前に看護師さんが入って親父との壁を作られてしまった。

先生もまた
「いやいや!お父さん!まだまだ娘さん達若いんだから頑張らなきゃ!」とエールを送る

オトン「いや…もう娘に食わせてもらうんです。ここまで育てたので。」

おいおいおいおいおい…!!!!!!
姉がふるふると震えていた。
私は呆れてもう笑いが出る。

先生「んー。お父さん、それはわかりましたよ?でも自分のことはある程度できないとね!だから頑張りましょう」


そして、話を無理やり切り上げて親父のリハビリが始まった。


わたしたちは恐怖発言に怯えながら逃げるようにして病院に丸投げした。そこから3ヶ月ほどか。経った頃、

ある日親父に電話で呼ばれた。
「ねーちゃんに電話してもでんのや。」
「必要なものを買いたいのにお金をくれてないなら買えない。困っている」 

まぁ…そう言われたら行くしかないと山奥の病院へ向かった。遠いんだわ…病院。

するとおとんはあうやいなや
「病院の飯がマズイ。1度外出したい。何か食べたい。」

どーーんと言うわけだ。

は?である。

おとんは糖尿も高血圧もあるので食事の制限がかなりある。
でも、それは身体のためである。

なのでそのようにお伝えすると

「いや!そんなことしてるほうが身体に悪い!」

そう言って机をばんっと叩いた。

は?なんなのこいつ。と思ったけど、
ビ「いやいや。あかんよ。ほんならリハビリがんばってはよ出たらええやんけ」

おとん「治らんのや!ここは対応も悪い!俺ん時はいつもおじさんや。しかもそいつはバカにしてくる!」

そう言ってまたバンっと机を叩く。

困る。バンとなる度に面会ホールの皆さんが見る。

ビ「わかったて。机を叩くなま。うるさいねんて」
おとん「わかったなら金よこせ!」
ビ「直接は渡せん。看護師さんに渡しとく!それが条件やよ!」
おとん「わかった。ほんでお前手ぶらで来たんか?」
ビ「そうやけど?」
おとん「おまえな?普通見舞いにきたならお土産もってこんと。当たり前やぞ」

ビ「むりやわ。制限あるもん。」

おとん「はぁ…」


えーーーっと!!!!!
この人!!!!倒していいですかーーーーー!?!?!?

リハビリの結果なのはわかる。よく話せるようになった。少しレスポンスが遅いものの自分の意思をはっきり言う。長年の接客業のたまものか。言葉の回復ははやい。
顔も最初よりはこわばりもやわらいだ。
また、ヨタヨタとは歩けるようになっていた。

看護師さんにおかねを渡して帰ろうとしたら、呼び止められた。

おとうさんなにか病院の不満いってなかった?と。

あーぁ。なんか対応してくださるおじさん?がバカにしてくると。そう伝えた。

すると、
看護師「んーそっか💦ごめんなさいね?娘さんに話していいのか悩むのだけど、お父さんね女性看護師さんだとすごく喜ぶしお薬も飲んでくれたり素直なのだけど…お触りとかあって困ってるの。」


ングハッ!!!( ´ཫ` )

わたしはただひたすら謝るしかできず。

看護師さんも「ちがうちがう!謝って欲しいんじゃないのよ」と慌てていた。
知って欲しいかったのやろうな。多分相当なセクハラをしていたんやろう。大バカ野郎である。

そして、今後はおじさん看護師さんでよろしくお願いしますと深深とお願いした。


そして、また2週間ほど経った頃か。

病院から呼ばれた。
まもなく退院になるので食事制限の勉強会をと。


おいおい…!!少し早まってませんか!?退院💦
姉と慌ててあれ?早くなって…と聞いたら

お父さんすごく頑張ったので成果も出ました!

と。

多分追い出されたのかもしれない…。いや真実は分からん。


そして、食事制限の勉強会へ参加した。


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