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2本のorenznero【#忘れられない一本】

 私は2年ほど前までは自称シャーペンフリークであった。よく考えればそこまで必要もないのにそれなりに買い漁り、最多の時期は27本を所有していた。本物のフリークには怒られるかもしれないが、だいぶ持っている方だと自称する分には問題ないだろう。今ではすっかりシャーペンを使う機会も減り、というよりも特に細径の芯の樹脂に由来するカリカリ感が嫌になって、芯ホルダーに浮気している。捨てたわけではないので持っているには持っているのだが、完全に飼い殺しである。なお、それ以前に万年筆という別の敵がやってきたのは、ここでは公然の秘密である。

 それはさておき、私には好きな黒と嫌いな黒がある。好きなのはマットブラックで、嫌いなのはツヤツヤで指紋がつくような黒。マットブラックの良さというのは、使うにしたがって育ってゆくところである。特に万年筆界隈だと最近では「育軸」なんて言葉もあるようだが、はじめは艶消しのざらざらした感じなのが、半年から1年ほど使っていくと乱反射を生む細かい角が取れて、内側から滲み出るような光を放つのである。英語で言うなら、普通の黒がshineで艶の出たマットブラックはglowといったところだ。私はこの光り方が好きで、マットブラックのペンは多めに持っている。ざっと思い出せるだけでもぺんてるSMASH・ぺんてるorenznero・パイロットcoope・プラチナPRO-USE・ラミーサファリ(万年筆)・セーラーPROFIT21(万年筆)といったところか。余談だが、一つだけ自慢したいのは、私がSMASHを使い始めたのは某ユーチューバーが宣伝して爆発的に売れる少し手前の、廃盤に片足を突っ込んでいた頃だということだ。使い続けているうちにオフロードグリップのボツボツがだんだん気になってきたので、今では下の写真のようにゴムの部分を引っ張り出して、パンチング穴だけで使っている。これはこれで悪くない。

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 ちなみに私が初めて買ったシャーペンが、ぺんてるのゴムデールクリックだった。塾の講師が使っているのを見て、この変な機構のペンはいったい何だろうと興味を持ったのがきっかけだった。この頃から私は文具店に入り浸るようになり、めきめきと生存の上では全く役に立たない知識をつけてゆくことになる。ちなみにそのゴムデールクリックは気づいたらどこかに行ってしまった。現状サイドノック式はトンボ鉛筆のモノグラフワンしか販売されていないはずであるが、あれは全身樹脂製のあおりで消しゴムが重すぎて重心がやたら高くて書きにくかったので、5回ほど使って捨ててしまった。

 本題に戻ろう。オレンズネロの発売当初、どの店でも欠品が相次ぎ、私も入手するのにだいぶ難儀した。確か発売から3~4か月後だっただろうか、ちょうど新宿の東急ハンズに在庫があったので即決で購入した。二点、軸径を0.5ミリ太くして、クリップまわりの造形をもう少し格好よくしてくれれば尚よしなのにとは思ったが、オートマチック式特有の、ガイドパイプを紙面に押し付けるという動きをオレンズシステムに結びつけたのは上出来だと評価して、それなりにガシガシ使っていた。

 そんなある日、突然ネロのパイプがひょこひょこ沈むようになった。はじめは芯が短くなっただけかと疑ったが、長い芯でも同じだったのでどうやら違う様子。分解して詳しく調べた結果、内側のチャックが何らかの原因によって削れて広がり、芯が素通りしていたと判明した。で、ここからが問題だった。私はこんな高級品が簡単に故障するわけがなかろうと高をくくっていて、保証書を捨ててしまっていたのだ。当然ながら修理に出すこともできず、有償修理なら3000円は超えるだろうという見積もりだったので、結局また新しく1本買うことにした。この時品薄はまだ続いていたので、結局新しい1本を手に入れるのに追加で9か月もかかってしまった。

 で、普通なら新しく買った方をそのまま使い始めるところなのだが、私は冒頭で述べた通り艶の出たマットブラックに心を惹かれているのだ。古い方は心臓部が壊れているとはいえ、ボディはちょうどいい塩梅に熟成されている。ならば新しい方から芯パイプだけ引っこ抜いて古い方に移植すればいいという発想になるのに時間はかからなかった。これをした瞬間に保証の対象からは外れてしまうのだが、再び壊れることへの心配と最高の軸での筆記体験の両者を天秤にかけ、私は後者を選択した。冒頭の写真は、上が未使用新同品、下が足かけ2年ほど使い倒したものである。写真でもわかるくらいに艶の出方が違う。結局1年以上壊れずに使えているので、この選択は間違っていなかったことになる。

 最近は芯ホルダーへの移行とシャーペンの断捨離もあって出番を減らしているオレンズネロだが、細い線を描く必要があるときは真っ先に私の手の中に収まって最高の仕事をする。惜しむらくは、万年筆に慣れてしまった私の手では、もはやオレンズシステムを活用しなくとも芯を折らずに筆記できてしまうところか。ぺんてるが送り出したメカニカ以来のフラッグシップが、いつまでも多くのオーナーの手の中で、渋い輝きを放つことを願っている。

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