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【イベントレポート】2/27(火)『月の寵児たち』上映後 筒井武文さん(映画監督)×町山広美さん(放送作家)トークイベント開催✨

まず、『月の寵児たち』を観た、お二方の率直なご感想からトークスタート!

筒井:私が最初に観たのが2016年、当時のアテネフランセ文化センターでイオセリアーニ監督の特集を開催していた際に拝見しました。
『月の寵児たち』は今回久し振りに観たのですが、やっと理解出来てきたという感じです(笑)。
恐らく、2~3回観ないと理解出来ないのではないかと思います。

皆さんはいかがでしたでしょうか?
作品が難解な理由については、追々お話ししますが、『月の寵児たち』はイオセリアーニ監督作品の中でも公開が遅れて、今回のような特集上映の中で公開されていることにも関係しているのではないかなと思います。

町山:私は『月の寵児たち』を、今回試写で初めて拝見しました。
他の作品との共通点もあるのですが、本作は凄く”血気盛ん”という気がしました。
イオセリアーニ監督がフランスで初めて長編映画を撮影したということ。それから、ただ若いというだけではなく、政治的な面で70年代の様々な事件を受けた経緯を感じました。
何しろ、眉間を打ち抜くような、例えばブライアン・デ・パルマ監督『スカーフェイス』のような(笑)、結構強いシーンが出てきて、「こういう感じだったのか!」と発見しました。
正直、イオセリアーニ監督作品で一番好きになったかもしれません。

筒井:この作品の面白さに「どこまで付いていけるか」が大事なのです。
イオセリアーニ監督作品には、凄くテンポが速い映画と、少しゆったりとした映画があり、ジョージア時代から交互に撮影しています。
『月の寵児たち』のテンポ感は、ジョージア時代の作品『歌うつぐみがおりました』に似ています。

『歌うつぐみがおりました』

『歌うつぐみがおりました』の登場人物はオーケストラのティンパニ―奏者。演奏が始まった時にはいなくて、当然指揮者は激怒です。曲の最後、ティンパニーを叩く時に駆け込んでくるという設定です。それでも、技量はあって演奏は成立するので、聴衆は大拍手です。
とにかく走り回ったり、あちこち駆け巡ったりしていて、本当にリズムが速いです(笑)。
『月の寵児たち』も、同じ時間に様々な人が錯綜して動いていく。しかも、どの時代にも主人公がいて、誰一人、感情移入する隙がないという作品になっています。

町山:では、筒井さんが一番好きな登場人物は誰でしょうか?

筒井:一番好きな登場人物は決めきれないのですが…
一番幸せそうなのは”二人組の浮浪者”ですね。

町山:なるほど!
私も、”二人組の浮浪者”の内、歯が抜けた伯父様が大好きです!

筒井:彼は牢屋に入っても、ワインを差し入れしてもらったりしていて、幸せそうですよね。

町山:「僕は感動したらタバコを吸うと決めているんだ」と言ってタバコを吸い始めるし、いつも歌を歌っていて楽しそうですよね。

筒井:恐らく、あの二人組は時間に束縛されていないのだと思います。

町山:所有もしていないし、素晴らしい登場人物ですよね。
日本の俳優に演じてもらうなら、三谷昇さんとか、ザ・ドリフターズの新井注さんとか…!

スープを飲んでいるシーンで、自分たちと一緒に爆破を企てる音楽教師の娘が、帰ってきた時に痴話喧嘩で「ひどいね!」と言います。
それは男女の話をひどいと言っているのではなくて、「スープがまずくなる」ことに対して言っている場面とか、好きでしたね。

筒井:人間関係は最初から明かされません。
美容師のマニキュア係をやっている彼女が、家出をしてきた時にはじめて音楽教師の娘であるということが分かりますよね。
それから、彼女のパートナーで、爆弾を作るエンジニアも好きです。
『月の寵児たち』の登場人物は本当に職業俳優が少なくて、素人の方が多く登場しますが、エンジニア役の方も素人なのです。

町山:あのエンジニア役の方、ちょっとブルース・ダーンに似ていますよね!

筒井:彼はベルナール・エイゼンシッツと言って、本職は映画批評家。
ニコラス・レイの分厚い評伝を書いた、もの凄く偉大な映画学者なのです。
その後のイオセリアーニ作品にも出演しますが、『月の寵児たち』が初めての演技で、こんなにたくさんの出演シーンがあるのは本作だけかと思われます。
本当は、2019年の5月に彼を(所属している)大学へ呼び、1週間ほど映画史の講義をしてもらう予定だったのですが、コロナ禍になってしまい…。もし来日をしていたら、イオセリアーニ監督の話をたっぷりと聞けたと思います。

町山:なるほど。それは惜しまれますね…。改めて、お呼び出来るかもしれないですよね。

筒井:なんとか、来年あたりには呼べたら良いなと思います。

町山:『月の寵児たち』には、他にも映画監督などがご出演なさっているんですよね。

筒井:イオセリアーニ監督本人も出演しています!

町山:そうなんです!ご鑑賞された皆さん、お気付きになりましたか?私は手錠を直してもらう警官かな?と思ったのですが。

筒井:そこまで出番が多いという訳ではないのですが。
先ほど話題に出た技師と鉄砲店主がふたりで森の中に取引に来ます。そこで3人組テロリストのグループに出会いますが、ターバンを巻いた真ん中にいる人物がイオセリアーニ監督です。あそこでも彼の配下が爆死しますが、イオセリアーニ監督の映画って、平気で人が死んでしまう。

町山:本作でも、エンジニアがあれだけの量の爆弾を作ったのにも関わらず、人が目の前で死んだことに愕然とする点が、印象的ですよね。
技術は分かっているけれども、人が死ぬことにはびっくりする。

筒井:イオセリアーニ監督はジョージアで長編作品を3本撮って、そのあとパリに拠点を移しますが、『月の寵児たち』はパリでの長編1作目なのです。
その点もかなり影響していると思います。
2010年に『汽車はふたたび故郷へ』という作品を撮ります。この作品はイオセリアーニ監督自身の体験をもとにしていて、前半ではジョージアでの映画作り。後半ではフランスでの映画作りになっていき、どちらも公開出来ない悲惨な目に合うという、フィクションとして作られた物語です。
『汽車はふたたび故郷へ』を観ると、「この映画(『月の寵児たち』)製作は大変だったのだろう」というのが伝わります。

『汽車はふたたび故郷へ』

町山:分かります。「俺が最終の上映版を決められないのか」というプロデューサーがいたり…

筒井:現場でのプロデューサーという立場は、監督に口出しさせないで、全部仕切るのです。
監督役が怒って、すっと現場が出てしまう、という場面とか…

町山:「これでは観客も入らないぞ」と。

筒井:特に悲惨なエピソードだと、編集権を取り上げられてしまって、監督は編集が出来ない状況になり、別の編集者が雇いわれますが結局編集が出来ず、自分でやるのですが、試写で圧倒的に不評で…といったような。
このように、散々苦労していったんだろうな、と。でもイオセリアーニの孫が演じている監督は運命を受け入れるように淡々としているのですよね。ジョージアの実家への手紙を伝書鳩が届けるエピソードがいいですね。

『汽車をふたたび故郷へ』では、子犬を連れたご婦人方が入れ違うシーンがありますが、これは『月の寵児たち』から来てますよね。

『月の寵児たち』

町山:そうですね。毛皮の上着を着たマダムたちが犬を連れているという場面があります。
余計な話ですが、フェイクファーの毛のブーツを履いていると、犬たちは「仲間だ!」と思って寄ってきたりするのです。毛皮を着ているのに、犬を可愛がっているという…ちょっと嫌な感じの場面ですよね(笑)

筒井:犬は本当によく出てきますよね。
『月の寵児たち』では冒頭に馬も出てきます。
イオセリアーニ監督作品の特色として、"その人固有のスピード"があって、その人の歩く速さ、走る速さがイオセリアーニ監督にとっては大切なのだと思います。
役者ではなくて素人を使っている点も、イオセリアーニ監督作品には、はっきり言ってしまうと"上手な演技"が必要ではないのです。
つまり、そのキャラクターが目の前にいてくれればそれで良いのだと思います。

町山:それで言うと、『月の寵児たち』はマチュー・アマルリックのデビュー作ですよね。
実は、説明を読まずに試写を拝見したので、私は最初その情報を知らずに観ていて、「なんだ、この魅力的な人は!」と思っていました。
凄く身軽に動いていて、若い頃『傷だらけの天使』に出演している水谷豊さんに似ているな、と思いました。
ひらっと上着の裾が開く走る姿とか、本当に魅力的ですよね。

『月の寵児たち』マチュー・アマルリック

筒井:イオセリアーニ監督は、登ったり降りたり、走らせたりするのが本当に好きですよね。
そういう風に、様々な人の要素があって、それぞれ違うリズムを一つの画面で撮ることにこだわっています。

例えば、自動車を撮るカメラが右へパンしていくと、別の車が来てすれ違う。するとカメラは逆側へパンしていきます。
他にも、地下鉄の場面で二人組の浮浪者が向こうのホームにいて、地下鉄が入ってきます。その地下鉄には別の役者が乗っていて、通り過ぎるとまたそっちに向かっていきます。
つまり、ひとつの画面で複数の物語が進行していくのです。それをワンショットで撮ることに凄くこだわっていると思います。

イオセリアーニ監督作品で一番困難な点は、カメラの向きと車がすれ違うタイミングだとか、他の作品でも、例えば『群盗、第七章』で戦車が爆発するシーンがありますが、戦車を本当に爆発させる訳にはいきませんので、フレームアウトした瞬間に爆発させるなど…。違う人たちを同一の画面に収めて、違う時速の中で一致させる瞬間を撮るという点に凄くこだわっていると思います。

町山:その点では、進行の方は大変ですよね。

筒井:そうですね、凄く大変だと思います。

町山:それから爆弾で言うと、爆弾の音が完全にコントの爆弾の音なのも面白いです。余計にコント味が出ています。

筒井:本当は『月の寵児たち』もジョージアで撮りたかったのだと思うのです。それを自分のホームグラウンドではなくフランスで撮らなければならない状況になりましたが、恐らくジョージアで撮っていたらもう少しリアルになっていたかと思います。フランスで撮影したことは、逆にコメディ味があって面白いですよね。

町山:映画監督もしている警視役のハンス・ペーター・クロースと、美容師役のカーチャ・ルーペが、ライナー・ヴェルナー・ファスビンダー監督『秋のドイツ』を一緒に撮っている仲間だと後で知りまして、「そういう人たちがフランスで最初に映画を撮った時に仲間になったのだな」と。

筒井:イオセリアーニ監督がフランスに拠点を移して、作風を支持する人が増えていき、その人脈で少しずつ拡げていったのではないかなと思います。やっぱり、”善悪を判断しない”という点が作風にあると思っていて、本作でも、警視、空き巣の父子、娼婦、暗殺者のアラブ人…全員同じ目線で見ているのだと思うのです。

町山:同じところで手錠を直したりしますよね。

筒井:そうそう。最初のエンジニアのところにも警視が来て「何だ?」みたいな(笑)。まともな警官なのかも分からないんです。

町山:次々報告するだけの警視にも見て取れますよね(笑)。警視が出たり入ったりする廊下の場面も本当に楽しいですよね。イオセリアーニ監督らしく、ドアを開け閉めしていて凄く濃厚なシーンといいますか。

筒井:とにかくドアを開けたり入ったり、窓から出たり…好きなんですよね、イオセリアーニ監督は。

イオセリアーニ監督の映画がきっかけで、2017年に私はジョージアに行きました。首都トビリシは本当に素晴らしくて、街の印象がパリに凄く似ているのです。
紛争はもっと前から続いているので、国内には立ち入り禁止区域もありました。ただ、私が訪れた時のトビリシは凄く平和な、本当に素敵な街でした。それから日本人の食生活に凄く合うのです。

町山:確かに、今ジョージア料理のブームがありますよね!

筒井:とにかく日本人に合って、ジョージアワインが美味しいのです。独特な作り方をしていて、白ワインでも肉料理に合ったり。

町山:他の作品ではよく登場人物たちが呑んでいる印象ですが、『月の寵児たち』はあまり呑んでいない方だと思います。

筒井:私がトビリシの街の印象がパリに似ていると思った理由に戻りますが、街の中心に川があって、その両岸に広がっています。山になっているが片側は旧市街。北の方は近代的な建物が多い。
ある意味、トビリシはパリを凄く小さくした街のような感じでした。

町山:『月の寵児たち』に登場する建物を、私は一回目に観たときには覚えられなかったのですが、二回目を観ると「あの建物があれだったのか」と理解が深まったりしますよね。

筒井:恐らく、この映画を理解するのには「人物の関係性」、つまり変化や複数性が重要になっていると思います。

町山:18世紀ほど、本当に同じような建物がある時代はありませんよね。

筒井:そうそう。それからもう一点、なんでモノクロになっているのかがよく分からないんですよね(笑)。
単純に過去を映しているからモノクロになっているという訳ではなく、描かれている画がモノクロからカラーに変化しますが、そうすると凄く印象に残るんですよね。

町山:その後、絵を描いているシーンで、女性の胸の下をすっとするところなんか、何だかくすぐられたような気持ちになりましたね(笑)。

筒井:なるほど(笑)。
あの画家が、現代編では空き巣の父を演じていますよね。そういう風にして人間関係が徐々に動いていきます。位置関係も、娼婦の家と空き巣親子の家が隣同士であったり、上から水漏れがしてきたりとか、空間が繋がっていたりする。
ただ、本作には編集で切りすぎてしまって15分足りない、という裏話もあります。

町山:かなりのスピードで進んでいきますよね。

筒井:2回目、3回目を観ることで、内容をより理解出来ると思います。

町山:そうですよね!2回目、3回目も是非観てほしいです。

筒井:この映画が結局何を言おうとしているのか。
イオセリアーニ監督が凄く苦労して、その経緯をなんとか整理させようとして作られたのが『月の寵児たち』なのではないかと。
この後の作品になってくると、もう少し余裕を持って、安心して時間を使いながら演出している、という感じが強くなっていきます。

町山:余裕が出てきた頃の作品も、もちろん魅力があるのですが、「怒り」みたいなもの、「生き残るのは人間のクズばかり」というようなメッセージが伝わる『月の寵児たち』が、私は一番好きだなと思いました!

筒井:本作は、社会の表面にいない、少し差別されたり世間的に悪とみなされる人々を魅力的に描いている。

町山:社会のシステムに入っていない人々。社会のシステムに入っていないから、人を搾取する立場にはないのですよね。

筒井:ジョージア時代は共産主義体制の中にありました。映画を制作するためには、上手くやっていかないと撮れない。モスクワから色々と監視人が来る。脚本が通らないと撮れないし、完成したとしても検閲に引っかかれば上映禁止になる。
ただし、共産主義体制の中での映画製作にも良いことがあります。一度製作が決まってしまえば、例えば大量のエキストラに演じさせたり、戦車が必要であれば思いっきり使用するなど、資本主義では難しいことも出来てしまうんですよね。

町山:娼婦もマダムも同じ毛皮を着ていて、お金だけは階級関係なく流れてくる、そんな時代ですよね。

最後に、「これだけは観てほしい作品」を教えていただきました!

町山:この後に、是非今回劇場初公開の『そして光ありき』を観てほしいと思います。持ち物を交換したり、男女の揉め事が起きたりするのですが、アフリカに舞台が変わって『月の寵児たち』同じことが起きている。
ただ、アフリカの村には呪術がある点が違いとして挙げられます。
色々と呪ったりするのですが、「では、私たちの生きる資本主義社会には呪術はないのか」と考えた時に、「お金を信じていることが呪術なんだな」ということを2本続けて観たときに感じました!

『そして光ありき』

筒井:『そして光ありき』も公開が遅れた作品で、私も2016年に初めて拝見しました。その時に、騙されたのです。セミドキュメンタリーだと思っていたところ、実は完全なフィクション。全部設定して演出しているんですよね。しかも、ストーリーボードをもとにして、その通りに撮っているのです。
完全に設計図が決まっているハリウッドシステムに対して、イオセリアーニ監督にとってはただの設計図にすぎなくて、現場で人を動かして、リズムを作って撮っている。
画から出発するけれども、音(音楽)にこだわって作る映画作家であるのだと思います。

それから、先ほどお話にも挙がった『汽車はふたたび故郷へ』を観てもらって、再度『月の寵児たち』を観ていただくと、2倍、3倍面白くなると思います!

それから、ドキュメンタリーの『唯一、ゲオルギア』。こちらでジョージアの歴史や文化を理解していただいてから、劇映画の『群盗、第七章』を観てもらう。2作セットで観ていただくと、凄く面白いと思いますし、イオセリアーニ監督について理解出来るかと思います。

『唯一、ゲオルギア』
『群盗、第七章』

筒井武文さんと町山広美さんのトークイベント、笑いも交えながら、映画祭をより楽しめる貴重な回となりました!
何から観ようか迷っている方、是非ご参考にしてみてください!

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