暑くても。


 暑いのが昔から大嫌いだった。
 暑さに弱くて、小さい頃から夏は外で遊ぶのも嫌で、友達が誘ってくれるプールすら魅力的ではなかった。
 大人になった今は子供の頃よりずっと夏が嫌いで、暑さが苦手で、時々冗談ではなく死にそうになる。

 野球が好きだ。
 子供の頃からテレビの野球中継を見て育った。
 ヒイキのチームがまだなかった頃から、試合をやっていれば何となくチャンネルを合わせて見ている。
 高校野球も例外ではなくて、夏の一番暑い盛りには朝からずっとテレビで球児たちが試合をしているのを見ていた。
 10代後半になってから、一人で夏の予選を見に行った。
 家から公共交通機関で球場に行くのが少し面倒で、お金もかかるから、30分かけて自転車をこいで行く。
 朝、大きなおにぎりを作って、大きなタオルを持って、うんせうんせとペダルをこぐ。
 球場に着く頃には汗だくで、あまりに暑くて倒れそうになる。
 それでもチケットを買って、バックネット裏の最高の席で第一試合から第4試合までしっかりと居座る。
 冷たい飲み物を買って、おにぎりをかじり、屋根なんてない古びた球場で、大きなタオルをかぶって一日中試合を見た。
 一日で真っ黒に日焼けして、帰宅した直後は家でぶっ倒れてでも、あの頃は高校野球を見に行くのが楽しかった。

 内野と、外野周辺のコンクリートの客席は幅が狭く、照り付ける太陽の熱で尋常じゃないほど熱されて、一度でめげた。
 だから、せめて色褪せたプラスチックの椅子のあるバックネット裏に陣取る。
 常連らしき観客は沢山いて、毎日通っているのだろうなと思わせるおじさんがいつもの席をキープしている。
 太陽は容赦なく、平等に降り注ぐ。
 それは、見ている私たちにも、グラウンドの球児たちにも。
 その暑さを共有していると思ったら、少しだけ、その日差しに心躍った。

 何時間も座り続けて、買った飲み物もぬるいを通り越して熱くなっても、そこを動けない。
 バックネット裏にいると、時々試合を終えたチームがやってきて次の対戦相手のカードを見ていく。ぞろぞろと、汚れたユニフォームを着たままの彼らが、一塊になってお弁当を食べたり、大きな水筒を傾けているのを見ることができた。
 ほんの数十分前までグラウンドで戦っていた彼らは、近くで見るとまだ幼さを残す普通の男の子たちだった。
 けれど、彼らは、私たち「見ているだけ」の人間に無限の感動をくれる。
 汗にまみれ、土にまみれ、太陽の下で大声を出して。

 暑いのが嫌いだ。
 だから夏は大嫌いだ。
 できたらエアコンの効いた部屋に夏の間中閉じこもっていたいくらい。
 そんな私を家から引っ張り出す高校野球は本当にすごい。
 30分も自転車をこいで、何時間も炎天下に私を釘づけにして、はしゃがせ、泣かせ、全てが終わる頃には疲れ切ってくたくたになるのに、また来ようと思わせてくれる。
 コンクリートが熱すぎる、日陰もできない古い球場は、プロ野球の本拠地となって新しく生まれ変わった。
 今はそこに、年に何度かプロ野球の試合を見に行く。
 もちろん真夏のデーゲームはあの頃と変わらず地獄だ。
 大人になってしまった私はさらに夏が苦手になって、昔よりももっと暑さに弱くなった。
 もう、30分も自転車をこいで、7時間も炎天下のバックネット裏にはり付くことはできないと思う。
 私の高校野球観戦はもっぱらテレビになった。
 それでも時々思い出す。
 あの灼熱の太陽の下、試合を見つめながら沢山の感動をもらったことを。
 高校野球を見ていると、たまに息が苦しくて、上手く呼吸ができなくなる。
 あの暑さを感じることはおそらくもう、ないだろう。
 けれどあの暑さを忘れることも、きっとない。

 夏は嫌い。
 暑いのが大嫌い
 でも、私は今も、高校野球が好きだ、

 了 

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