人見知りの居場所
俺はまた言えなかった。
クリスマスイブの朝のビジネスホテルの食堂で、若いカップルがホテルスタッフに、
「ごちそうさま!」
「おいしかったね♡」
などと、爽やかに挨拶して、ホテルスタッフの心をコチョコチョとくすぐりながら、食堂を後にした。
この、素敵なカップルのあいさつさえ、その裏を考察する俺の汚れた魂。もうこんな自分がいやだ、自己嫌悪のクリスマスツリーが心の中に飾り付けられる。
そして俺は「ありがとうございました!」というホテルスタッフのお礼に対して、奈良のシカが鹿せんべいを貰う時のように、不自然に頭を下げるしかないのだ。
「このシカ、本当に意味が分かって頭を下げてるのか?」
そんな疑問が沸き起こるような、取ってつけたような頭の下げ方だ。人見知りだから仕方ない。またそんな言い訳で、自分の中の自己嫌悪を必死で抑え込む。
人見知りだからしょうがない。こんな言い訳が世の中にまかり通るのは学生までだ。大人になれば、この言い訳で逃げてると、ジワジワとデメリットを受けていく。
人見知りという盾を前面に押し出すと、友人関係が広がらなくなるし、会社では出世争いに多大な影響が出る。だから、ほとんどの人は人見知りを隠し抑え込み、嫌な人間との苦手な人間関係を、ストレスを抱えながら乗り越えようと頑張ってるのだ。
だから、朝の食堂でのホテルスタッフに対しての「ごちそうさまでした!」これを言うぐらい、なんのことはない。今度こそ、今度こそ、言ってみたい!
もしかしたら、俺が勇気を出してお礼を言った時、ホテルスタッフはその時、ちょうど食器洗いに夢中になって俺の声に気付いてもらえないかも知れない。もし、そんな時に意を決して言った、
「ごちそうさまっす!」
という半オクターブ上がった震えた声が食堂に響き渡ったらどうしよう…
他のお客さんは、
「プププッ、あの人、無視されてる!ここは自分の家じゃないっつうの!さまっす!って、夏休みの小学生かよ!青春ド真ん中爆進中かよ!」
なんて思われるんじゃないかと思って、また次の日の朝も沈黙のジョージとなるのである。
「人見知りだからしょうがない」
実際の社会でもこれだから、ネット上でも人見知りだ。
今だに、自分からは「スキ」は出来ないし、自分からフォローも出来ない。皆様から「スキ」が来たら「スキ」を返し、フォローされたらフォロー返しをするスタンスで、ネットという大海を日々漂ってる。
決して、新弟子に胸を貸す横綱のように余裕ぶっての横綱相撲をしてるわけではない。
「俺みたいなネットミジンコが、積極的にグイグイとスキを押してみたり、フォローしたら迷惑なんじゃないか?」
そんな思いが強くて、受け身のまま記事の投稿を続けてる。
「実は人見知りなんですよ」
テレビに出てるタレントの方が、こう言ってるのを、たまに見る。何を言ってるのだ?何千万と見てるテレビに出てて、人見知りだと?
ホテルスタッフに挨拶一つ出来ない人間「スキ」を自分から出来ない人間こそが、キングオブ人見知りなのだ。
タレントになってる時点で、人見知りじゃないですやん、食堂でスタッフに、ごちそうさまは軽々言える人ですやん、と、批判したいわけではない。本当の人見知りの居場所は最後まで残しておいてほしいなぁという気持ちなのだ。
タレントの方に「実は人見知りなんですよ」といわれてしまうと、人見知りとは自分で簡単に克服出来て、テレビにも出れるようになれる人種と思われてしまうではないか。
人見知りは簡単には克服は出来ない。
簡単に克服出来るなら、何年も自分が損すると分かってても、人に怯えて暗い人生など送らない。
どれほどの人間が人見知りで苦しんでるか分らない。小さい時のトラウマが、大人になっても心を苦しめ、ちょっとした勇気が出せず、人との出会いも幸せも遠ざけて、なれるはずの幸せをいくつ逃してるか分らない。
せめて、せめて「人見知りなんです」という言い訳は見逃してほしい。ちゃんと自分で分かっているから。人見知りで損する事も、人見知りを言い訳にして、それを理由に甘えた行動も多々あるという事も。
俺だけじゃなくて、逃げ場のない人生は本当に辛い。人見知りだという言い訳は日本という恵まれた国だからこその言い訳なのも分かってる。
でも、本当に弱い人もいるんです。
人にお礼を言うのも簡単に出来ない人間もいるのだ。
言葉で言えないからといって、感謝してないわけではない。俺の無言の会釈は、決して奈良のシカに勝るとも劣らない、魂の会釈なのだ。
シカになんかに負けてない!
と、こんな風に奈良のシカに勝つことに活路を見い出す事を考えながらも生きられる豊かな日本。
いつか、自分から「ごちそうさま!」を言えるはず。
そんな、人見知りの言い訳を見逃してくれてる、優しい日本に生まれたことを心から感謝して、周りの優しさにも感謝して、いつか人見知りの居場所から脱却してみせる。
と、ここまで書いて下書き保存してた。そして今日26日の朝の出来事を書く。
朝の食堂には俺一人。食べ終わった食器を洗い物してるスタッフの所に持って行くと、
「ありがとうございました!」
と言われたから、
「ここや!」
意を決して言ってみた。スマホのボリューム2ぐらいの小ささの声ながら、
「ごちそうさま、ありがとう!」
と言ってみた。さらに奈良のシカ並のお辞儀付き。
ついに人見知りから脱却!
ホテルの玄関を出たら、朝の日差しがなぜか目に染みた。
これが大人の朝なのかと、一人、勝利の美酒に酔いしれた。
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