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傘と倍返しと性。

「おかあさん」は、ひとりだけだけど、
「ママ」ならばもうひとりいる。

その一人が、新宿ゴールデン街にいるのだから、笑うしかない。いや、笑う為に、ママはいたんだから。

猫の額みたいなそのスナックは、狭いのに妙に落ち着くという不思議さで溢れていた。

ママは、自分の若くて美しかった写真を、店に飾っていた。
わたしは、成人はしていたが、お酒が弱かった為、
いつもジュースだった。
そのたびに、「アンタはお子様だから、ジュース飲むかい?」と自分の子供を見つめる母親のような眼差しで、わたしを愛でてくれた。

ママは、元男性だ。

昔、男性で、今、女性、
なんて最強で、フル装備な人だろうと思っていた。



仕事の話しも、恋愛の話しも、的を得てる。でも相談しても、本当の深い部分には絶対に触れない。

「好きな男に、女として認めて貰いたかった…ただ、それだけ…」
いつだったか?酔い過ぎて、カウンターに伏せて微睡むママが、急に囁くように、口にするのを聞いてしまった。

秘めた恋愛もあったはずだけど、決して教えてはくれなかった。

父親に厳しく、「男らしく」と幼少期から言われ、実母ではなく、義母に育てられたこと。愛情をかけてくれた義母に、それを打ち明けることが出来ずに、家出し、その後何十年、一度も帰省してないこと。

日本で、たぶん初めて、外国に渡って、性転換手術を受けたこと。

別の日。

ピンクのトレーナーを着てるママが、「此間、アンタが連れて来た男はダメよ、会計してお釣りをキッチリ受け取ったからね、遊び方を心得てない男は、好きな女にもケチだから。だって、500円よ?釣りは要らねーとか、ママの美しさに乾杯!くらい言葉で、褒めなさいって…」

わかるようなわからないような。

確かに、その彼とは、しばらくして別れた。



「アンタ、着てるシャツのボタンを、もうひとつ外しなさい。ふたつはダメよ」

「アンタみたいな女はね、色んな男が飛んで来るけど、無意識な性が持ってる威力は、人を狂わせる。自分の扱い、線引きは、経験していかないと身に付かないから」

『無意識な性?…』

「女に生まれても、全員が備えてるわけじゃない、特殊な性で、計算や取り繕うことでは、到底纏えない空気みたいなものよ」

「まあ、私は生まれながらの【魔性の女】だからね」

『魔性?…エッ…』

「安売りもダメよ」

「アンタは、珍しく金払いのいい女だけど、心に男を持ち合わせてるね」

『子供の頃、父親とスナックに行ったことがあって、ホステスさんとの交流を、観察してたので…』

「それで、こんな所で、遊ぶ娘不良ね!」

『まあ、確かに…』

仕事の緊迫感から、離してくれる場所と人は、
有り難い。



閉店後、帰りに、雨が降り出して、ビニール傘を渡してくれたママは、自分だけ某高級ブランド傘。

「ふふ、冗談よ〜」
と言って、交換してくれた。

「倍返しよ〜」と言った、ビニール傘を持つ姿が浮かぶ。あの狭い路地で。

もう、その傘すら無い。

#エッセイ #ノンフィクション #新宿ゴールデン街
#性転換手術 #ママの魔性 #最強なフル装備 #ブランド傘 #記憶 #女性性との向き合い方 #無意識な性

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