夏の記憶。
8月も終わる。
子供を育てることの利点について話しているのを何気ない気持ちで聴いていた。それは『自分の子供時代をもう一度追体験出来ることだ』と耳にした瞬間「あーその通りだ」と思った。成長する姿に自身の子供の頃を投影し、記憶遡ってみたり戻って来たり、そんなことをしていたら、叔母と過ごした夏休みの記憶が蘇って、わたしは麦茶の砂糖入りを作ってた。(砂糖を入れるなど現在では考えられない、でも幼少期の想い出のひとつ。)
叔母は店を営んでいたので来客が多かった。麦茶のグラスを通して見る外の景色は琥珀色に波のような畝が生じるのが面白くて、顔の前に当てスプーンでかき混ぜては変化を楽しんでいた。
『やっぱり親子そっくりだわ』会う度にそう言う町会のおばさんがいた。わたしは人にじっくりと見つめられるのが苦手で嫌だなあと目を逸らしていた。その流れで叔母に視線を送ると、必死に笑いを堪えている表情が分かって、一緒に何だか気分が面白くなって楽しくなった。
親子なんかじゃないのにね。
そのおばさんが騒がしく帰って行った後、ふたりして腹を抱えて大笑い。叔母は実母の姉だから親戚だけどそうじゃない。顔だって似てもいないし、でも笑いのつぼが一緒だから、見る人が見たら親子に見えなくもなかったのかも知れない。軽口で気分屋で決めつけなおばさんは何処にでもいるものだ。口は出すが手間もお金も出さない人もいる。叔母はその真逆だった。厳しい反面もあった。今、振り返ると良識ある大人に関わって貰うことは何よりも幸せなことなのだろう。
子供は自分とは似ているようで全く違う人間なんだと日々感じます。いづれは他人になる人間で(自立する意味で)手を必然的に離す時が来る。
自立ってどういうことなのか?と言うと、シンプルに距離をとって自分のことは自分でやることだと思う。縁が
あって家族であっても人生はそれぞれに道があると思う。
だいぶ長く使って来たオーブンレンジが壊れた。独身時代からのものだったから、もうそろそろ……と思いつつ、まだ使える、まだ使える?……とうとう使用不可な状況になり、前日に「今までありがとう」と感謝を込めて掃除してまとめて箱に入れてリサイクルに。ずっと新しいオーブンに変えたかったはずなのに、いざ別れが決まると、本当にお終いなんだと、まるで人間との今生のお別れみたいな気分になるんだと思った。変だけど。
さよなら はじめまして のワンシーン。
8月越えて9月の教訓とします。
♪ 今は私も20才
自由に生きる事を憶えながら
一人で生きてる ♪
って……どの口が歌う?別にいいじゃないの〜と脳裏でつっこみながら
って……もう夏も終盤で秋の気配を感じているけど
大好きな聖子ちゃんを大人になって歌うのも楽しいものです(暫くハマりそう)😊✨👋🏻
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