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2023 0813 高千穂峡紀行


ふたつの高千穂

大分県臼杵での墓参りが完了し、チェックインまで自由時間となった。
車で来ているのだから、日帰りで戻れる範囲で面白いところはないかと探すうちに、自分が使っているカメラのブランドルーツである高千穂峰が候補に挙がった。オリンパスの創業時の社名は「高千穂製作所」で、その由来になっているのが宮崎県の高千穂峰であった。
高千穂峰の瑞光をカメラに収めるというのは、オリンパスのユーザーとしてはやってみたいクエストのひとつである。

だが、高千穂峰は宮崎県の中でもかなり鹿児島県に近いところにあった。大分から鹿児島近くまで日帰りというのは朝イチ出発でもかなり厳しい。それに高千穂峰がどういうところなのか事前情報が不足している。オリンパスのサイトに載っている高千穂峰の写真はいかにも「高え山に登って撮ってきたぜ!!」な山岳写真であった。思いつきでいきなり行ってなんとかなる類のものではなさそうだ。

時間と実力の両面から不可能と判断し、高千穂峰を候補から外す。そして次に挙がったのがもうひとつの高千穂、高千穂峡だった。
高千穂の名前がなぜ2か所で使われているのかは、NHK宮崎のこの記事が詳しい。

宮崎県の中でも大分県よりにあるこの観光地は、何万年も前に阿蘇山の噴火で流れてきた火砕流が冷えて固まり、五ヶ瀬川の侵食によってできた峡谷の景色を楽しむ場所として有名である。
画像検索すると、柱状節理を形成した黒い岸壁から勢いよく滝が流れ落ちる写真と、ボートが列をなして峡谷の川を下る写真が見つかる。なるほどこれはとてもよい景色だ。ここならば今からでも日帰りで帰ってこれるはず。
かくて高千穂峡のある宮崎県西臼杵郡高千穂町が目的地に定まった。時間は11時前、ナビは13時頃には辿り着けると嘯いた。


臼杵から高千穂峡を目指す
臼杵から高千穂峡を目指す

臼杵市から南西に進路を取り、野津町を抜けて犬飼ICから中九州横断道路に上がって距離を稼ぐ。大分と宮崎はこういった無料のハイウェイが結構あるので助かる。
竹田ICで降りて県道8号線をしばらく行くとナビから渋滞を予告された。こんな山中の町に車が殺到するような場所があるのかと訝しむも、車載ナビだけでなくGooglemapでもその交差点が真っ赤になっている。しかし迂回しようにも安全なルートがない。九州の山中には夏の雨で道が崩れたり塞がったりで通過できないルートがちらほらあるのだ。こういった道路事情の想定が甘く山道を選んでしまったことを半ば後悔し始めていた。海側を選んでいれば平野部で迂回のしようもありそうなものを。
とは言えいまさら避けようがないので諦めて渋滞に突っ込んだ。確かにナビの予告のとおりにすべての車が右折しようとして団子になっている。ただし事故というわけではないようだった。交差点に警察官ではなく警備員が立っているからだ。
渋滞待ちの間にカーナビをあれやこれやと弄っているのが見えたのか、交差点に差し掛かったところで警備員のおじさんが近づいてきた。こうなったら直接聞くのが手っ取り早い。

「すみません、これ皆さん何待ちなんですか?」
「みんなプールに来てるんですよ」

プール???
その交差点の先には緒方川という川が流れていて、川から水を引き入れてプールにした河川プールというものが作られているのだそうだ。
確かに山で水と戯れるなら川しかない。だが雨で増水した川では命の危険があるので、人工的にプールにするのだろう。
渋滞の事情はわかったが、自分はプールではなくその先の高千穂峡に行きたいのだと伝え、対向車側の警備員さんに連絡して道を開けてもらった。
豊かな緒方川の流れに沿って県道8号線はまだまだ続く。いや、ここからが本当に長かった。舗装はちゃんとされているものの、進むごとに人家がまばらになっていく。木を切って丸太にして運び出す、林業の現場も何ヶ所か通過した(盆休みでどこも稼動はしていなかったが)。地元の山奥とは樹の生え方が少し違った。伐採後の土地に苗木を植えている場所もあった。
このあたりの写真は一枚もない。とにかく先を急いでいた。寄り道などしている場合ではなかった。
しかし、標識に書かれたある文字列に目が留まる。

「円形分水こちら👉」

円形分水とは、人類社会を水資源の争奪から解き放つために作られた構造物である。

自然の川や用水路から直に水を分けるとなると、水の量に偏りが出る。水の分配を巡って殺し合いになることもしばしばあった。
この円形分水という構造物を設置すると、地下から湧き出た水はサイフォンの原理で吸い上げられ、円筒に空いた穴から均等に吐き出すようになる。これをそれぞれの水路と繋げてやれば、水源を均等に共有することができるわけだ。
誰かがTwitterで紹介していたのを見たことがある。なんせ地元香川県は渇水で全国的に有名な土地なので、そもそもこのような利水設備を作りようがない。実物を見られるのはなかなかないことだ。まだ時間に余裕はあるし、地図を見る限りそう遠くないので寄り道していくことにした。

音無井路十二号分水

現在もしっかりと管理されている活きた円形分水であった
現在もしっかりと管理されている活きた円形分水であった

中央から澄んだ水が湧き出でて円筒に溜まり、オーバーフローして12の窓から各水路に流れていく。
日陰で水流とともにひんやりとした空気も流れていて心地が良かった。

「水は農家の魂なり」
「水は農家の魂なり」

水が流れているのをみてOM-1の機能を思い出した。こういうときこそライブNDだ。
滝のような水の流れを撮る際、シャッタースピードを速くして水滴が空中で静止したように見える写真を撮る手法と、逆に遅くして水が動いた軌跡が線状になった写真を撮る手法がある。前者は噴水などの水しぶきが跳ねるのを撮るのに長け、後者は滝や川の流体を見せるのに向く。
シャッタースピードを1秒に設定すれば、水が1秒間流れた始点から終点までを1枚に収めることができるわけだ。
だが通常の装備ではこのような撮り方は難しい。シャッタースピード1秒ということは、真昼の風景なら数百分の1~1000分の1秒で十分なところを1秒も開けているのだから、レンズからどんどん光が入ってきてほとんど白飛びした写真になってしまう。1秒は明るすぎるのだ。だが水が流れる動きを撮るのに1秒開けている必要があるとしたら、何かでその明るすぎる光を遮る必要がある。カメラ本体でなるべくシャッターを長く開けていられるように調整することはできるが、それでも明るすぎる場合にはNDフィルターという道具を使う。レンズの先端に取り付けて、光の入ってくる量を抑えるサングラスのようなものだ。どういった効果が得られるかは、フィルターのメーカーであるケンコー・トキナーの説明が詳しい。

で、メーカーのサイトを紹介しておきながら、俺はそのNDフィルターを用意していない。俺の持つOM-1には「ライブND」という機能があるのだ。これはレンズにNDフィルターを装着していなくても、カメラ本体でNDフィルターと同じように光を取り込む量を抑えることができる。カメラが内部で擬似的に処理しているので、本当はレンズにNDフィルターを付けたほうが光学的にはより正しい写真になるのだろうが、正直NDフィルターはめんどくさいのだ。撮りたい環境と今の装備であと何段分のフィルターを着けるのが適正か計算する必要があるし、段数に応じたフィルターをそれぞれ用意する必要もある。眩しさ具合に合わせてサングラスを何枚も用意するようなものだ。その場で着けたり外したり落としたりもする。昔崖っぷちでPLフィルターをくるくるしてて谷底へ落としたことがある。着け外しのリスクを考えたら、カメラ本体でカバーできるほうが楽である。

最初の写真と水の流れる部分を見比べてほしい。カメラマンはこういうことがしたいわけだ。
最初の写真と水の流れる部分を見比べてほしい。カメラマンはこういうことがしたいわけだ。

ライブNDの使い方を予行演習してなかったので、その場でカメラをあちゃこちゃ弄って呼び出す。モードSかMでのみ使用可能。減光する段数を決め、シャッタースピードを指定すればあとはカメラが合わせてくれる。今見直したらND8・ISO100・F22・2秒。手ぶれ補正がなんとかしてくれてるが手持ちで2秒はやりすぎ。F22も絞り過ぎ。回折現象で全体的にキレが落ちているはずだ。ND8をもう2段落としてND32にすればF8の1秒にできたか。まあいいや。初めてで加減がわからんかったし、分水からあふれる水しか見てなかったからな。

ひとしきりカメラと戯れた後、本来の道へ戻る。
県道8号線から国道325号線に出て道なりに南東へ。
途中にあるトンネルの駅で休憩。
麦焼酎「ひむかのくろうま」で知られる神楽酒造が運営する道の駅で、廃トンネルを焼酎樽の貯蔵に利用している。トンネルは入り口が解放されていて、中はとても涼しい。写真を撮ればよかったのだが、この時点でちょっと運転疲れが出ていてカメラを車内に置いたままだった。土産物を買って先を急ぐ。

ガチ観光地、高千穂峡

それまで山あいの道だったのが急に観光地めいてきて人通りも一気に増える。標識に誘われるまま奥へ奥へと車を進めたが、そのうち道を渡る観光客で前に進めなくなる。これは入って大丈夫だったのか?もう少し手前の駐車場から歩いたほうが良かったのでは?と迷ったが、いやここまで来たらこの先の駐車場入るでしょ?と交通整理のおじさんが促してくる。ええいままよと奥の駐車場に停め、当初の予定から1時間以上遅れてようやく高千穂峡にたどり着いた。

高千穂峡には国際色豊かな観光客が入り乱れていた。なんとなく行き先を選んだので現地がどのようなところか調べていなかったのだが、これほどのガチ観光地だとは思わなかった。こういう人の多い場所へは普段あまり近づくことがないので、カメラの扱いも少し気を使う。しかしみんな風景と自分をスマホで撮るのに忙しく、誰かのカメラに映り込むことを警戒していない。それに観光地の写真は人が写っていたほうが観光地らしくてよい。

というわけでここからようやく本記事のメインコンテンツ。めんどいのでキャプションなしでどーぞ。

高千穂峡はボートを借りて川下りを楽しむことができるのだが、夏場の九州は全域で雨が多く、増水のため川下りは中止となっていた。遊歩道も途中で看板がかかっており修理中となっていた。それでも高千穂峡のメインコンテンツである真名井の滝までは見られるようになっていた。

それにしても本当にみんなスマホで撮ってる。カメラ然としたカメラを持ち歩く人は減ってしまったのだと思わされる。CanonのM100とかOLYMPUS PEN Liteとかの小さなレンズ交換式カメラを持っている女の子は何人か見かけたが。

水辺が近いので風も涼しく、木陰でなら休めそうなくらいだった。季節ごとにまた変わった景色を味わえるだろう。普段はどうも人を避けて自由に撮りたいと思って目的地から外しがちだが、たまにはガチ観光地へ飛び込むのも悪くはない。人は多いがそれだけの値打ちはある。

高千穂神社にも寄ったが、また旅疲れで締まらない写真ばかりだったのでカット。神武天皇に連なる高千穂皇神(たかちほすめがみ)を祀る神社であるので、皇族の方々も参拝される。
本殿の横に神楽殿があり、高千穂の夜神楽が奉納されることで有名。夜神楽の一部、「手力男」「鈿女」など有名どころだけを観光客向けに毎晩公開しているが、本番は11月の夜神楽祭で全33番を夜通し奉納するのだそうな。

神楽殿。舞台の奥には天岩戸がある
神楽殿。舞台の奥には天岩戸がある


一人旅は気楽だが帰りがたいへん

この時点でおおよそ15時ごろ。そろそろ帰りのことを気にする時間になった。帰りに同じ道を引き返すのはつまらないので、東に出て延岡から海岸沿いに臼杵を目指す。
この辺でいよいよ睡眠不足が表面化した。香川を出発する前の仮眠が十分でなく、フェリーでの2時間だけでは流石に無理がある。ホテルは臼杵で取っているので帰らなければならない。一人旅なので車は全部自分で運転しなければならない。どこかで休みながらとにかく先へ進むことにした。

青雲橋。このあたりはこのような立派なアーチ橋が各所にある

五ヶ瀬川を下るように国道218号線を走る。途中で日之影町の道の駅青雲橋に寄るが、ここで仮眠を取らずに出発するとそこから先に休憩できる場所がないまま東九州自動車道に入ってしまった。
延岡JCTから先は分離帯で仕切られた片側1車線。プロパイロットのクルーズコントロールをONにしてなんとか追突だけは避けられるものの、センサーがときどきレーンの白線を認識できずにハンドルのサポートが切れる。ここでハンドルを切りそこねると俺の人生が終わるので命懸け。1時間も走ると眠くてこれ以上走ると死ぬると判断、自動車道を降りて北浦の「北浦臨海パークきたうらら海市場」でビバーク。30分だけ仮眠を取り、メントール入りウェットティッシュを買って首の後ろと脇の下に挟んで再出発。そこからは停まることなく佐伯市と津久見市を通過して、なんとか19時前には臼杵市に帰着。
晩飯などまったく考えていなかったので臼杵の町をぐるぐる。やはり田舎であるので外食の選択肢がなく閉まるのも早い。ラーメン店に飛び込んでどうにか腹を落ち着けたが、旅行なのだから晩飯も最初からホテルで頼んでおけばよかった。

今回お世話になったクレドホテル臼杵
今回お世話になったクレドホテル臼杵

今夜の宿はJR臼杵駅前にあるクレドホテル臼杵。両親がいつも利用すると聞いて選んだ。大浴場があるのが大きなポイント。湯船に浸かっていると駅の方から客車が線路を跨ぐ音が聞こえた。
部屋でカメラからスマホへ写真を数枚だけ転送し、テキトーに現像したのをTwitterに上げて就寝。横になるだけで自然にまぶたが落ちた。

突発の高千穂峡一人旅はどうにか無事に完了。明日は臼杵大仏を見てから帰りのフェリーに乗る。

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