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「まっ暗闇で踊るスタイル」ミックス企画 vol.6 横山さん(その二)

ビシャモンが作った歌もの曲のパラデータをアップ、お好きにミックスしてねーという企画で6人目にミックスを送って下さった方がJPOP黄金期を支えられたガチエンジニアさんでした!という第一回目のインタビュー記事はこちら。今日は第二回目です。

ミックスして頂いた音源の再掲。

というわけで、第二回目のインタビューいってみよう☆

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ビシャモン:音圧でグルーヴが作りたいのですが、どうしたらいいのでしょう?

横山さん:本来ならグルーヴ感は演奏で醸し出ているので、mix段階での主眼は「元のグルーブ感を損なわない」更に言えば「より元のグルーヴ感を際立たせる」事です。打ち込み物なら打ち込みの段階でそれを織り込んでないとそもそも表現できない。ちょっと口が悪いかもしれませんが、あとでmixでなんとかしようなんて考えが甘い、あとでマスタリングでなんとかしようなんて考えが甘いです。まずは打ち込み段階で、演奏段階でグルーヴがあることが大前提。このことはグルーヴに限らず、自分がどの段階の作業に関わるにしても、自分への戒めとしていつもココロに置いています。

百歩譲って「音圧感でグルーヴが変わる」を解説すると、コンプやEQを使うことでトランジェント(波形のエンベロープ、音の立ち上がり方)が変わり、アタック感や聴感上の音の長さが変わるのを利用しているのです。そこに空間系をかけると「時間の要素」「発声タイミング」「位相変化」が要素としてそこに加わります。だから「グルーヴ」を作るには「コンプ」「空間系」両方合わせて使えば最強。

今回の場合だと、グルーヴというか、今回、最初に聞いた瞬間に決めた最大のテーマが「疾走感」なので、2.4のスネアの表現を頭から最後まで停滞感なく突っ走るのを維持しつつ全部をまとめることにフォーカスしました。しかし僕の場合、mixにおいて「音圧」は殆ど意識してないです。音圧は最初から物理的上限が決まっているので、曲のイメージのピントが合ってくるにつれ自然に決まってくるもの。

ビシャモン:そもそも音圧ってなんざんしょ?

横山さん:「音圧、音圧」とよく言いますが結局それは音量と音価の事なんです。音圧はもう最初から最大値が否応なしに物理的にもルール的にも決まっています。ドライで空間のないベッタリしたmixばかりなのは、ひとつは「音圧競争の弊害」です。ただでかい音で入ってる音全部聞かそうとしたらああなるしかない。遠近感もなんもない。ただ、空間系をかける事で、圧の差やサチリの違いは聴感上すこし見えにくくなります。

できあがりの結果としての「音圧があるね、ないね」という話はしますが、僕自身は音楽を音楽として聴いて頂くもの、聞き手にいろんな事を感じて頂くものを作ってるのであって「音量のデカさ」や「全部聞こえる」とかは正直言って感覚の埒外なんです。

そもそも論で言えば、今現在、未だにマスタリングにおいて「どんだけレベル突っ込んだか」にばかり焦点行ってる人はものすごく多いんですが、マスタリングの本来の役割、なんのためにマスタリングという作業が必要だったのか、という、いっちばーん大事な事どっか行っちゃってるんですよね。大きな音で聞きたいなら「聴くために使ってる装置のボリューム上げなよ」。

ビシャモン:歌をかっこよく録るコツが知りたいです!!

横山さん:そういうのあるなら僕の方こそ知りたい(笑)。

極端な事いえば、よっぽどカスカスや歪んだりとかしてなければ、僕がmixする分にはなんでもオッケー。でも、それじゃ実も蓋もないですよね(笑)。

歌だけではなく、生物録る時はまず「演者が快適で心地よいモニター環境にする」のが第一義です。歌ならマイクやプリアンプの選択、設定、モニターバランス、それら全部含めて。もし、歌い手がデッドな部屋よりも少し響く部屋の方が心地よく感じるのなら、可能な限りそれに近づけてあげる事です。音色などは後からでもある程度いじれますが、まず演者の持てるものを引き出さないと。それは録音時にしかできませんから。

まずは自分がヘッドホンで歌っているときに、自然な感じに聞こえるマイクを試してみることです。「自然な感じ=歌いやすい」歌いやすいが最優先です。

プロの現場での歌録音では、マイクの選択は本人の声質はもちろん、曲によっても選択が変わります。その曲で、最終的にどういう聞こえ方にしたいのか。なので、残念ながら正解は存在しないのです。とはいえ、その人の声質・歌い方に合ったマイクというのもあるんですけどね。

ビシャモン:ビシャモンの今回の録りはいかがでしたか?自宅スタジオはかなりデッドだと思います。

横山さん:歌をデッドでオンマイクで録るのが、半ば常識みたいになってますが欠点もあるんです。基本オンでセットした場合、ちょっと向きが動いたりしただけであからさまに音が変わってしまうので、歌い手は自然な体の動きを阻害されがちになる。マイクは音量のわずかな変化もバッチリ捉えてしまうため、歌い手はそれをモニターして無意識に不自然な力みが入ったりする。それでは歌いやすくはないはずです。

アマチュアの皆さん、歌は教科書鵜呑みでオンマイクオンリーのようですがホントはそううじゃない。ちょっと響く部屋で、声量がある人や、体全体を共鳴させる事ができる人は少しマイクを離したほうがカッコイイ場合もあります。

なので、よほどオンマイクで歌い慣れてる人でない限り僕は少し離してセットすることが多いです。歌い手がオンマイクの感じが必要で、オンマイクでないとどうしてもオンマイクの感じにならなさそうな歌い手の場合は別ですが。これは楽器にも言える事でもあり、たとえば、グランドピアノを普通に聴くときに、蓋の中に頭突っ込んで聴く人なんぞ、誰もいません。

そもそも録音は、生楽器や歌、その発音音源の音を直接録音するのではなく、音源が周りの空気や空間を震わせてるのも含めてトラックに収めるようなものだし、そういう感覚でやっています。

ビシャモン:このスタンスでお仕事をされていたので、横山さんはビッグアーティストから引く手数多のエンジニアさんだったんだろうなと感じました)

ビシャモン:エンジニアとしてスタジオワークをしている方はスタジオの良い音を聴いた経験から「これが美しい音のイメージ!」というのがわかると思いますが、宅録しているDTMerはそこをイメージするのが難しいように思うのです。どうすれば良いでしょう?

横山さん:「最初のイメージを作る」というのは、実際の出音がどうとかと言う事とは少々趣きが違うのです。いろんな音楽を沢山聴いて勉強するのは大事だけど、それ以外にも重要な事がいくつもありますよ。そしてこれはまさにmixの核心の話です。

機材のクセや扱いとか音質を考えるのは疎かにはできないとはいえ、それよりもっと肝心なのは、「自分の感覚を研ぎ澄ます事」です。そこができてきたら、機材云々は後から必然的についてくると思うのですよ。感覚を研ぎ澄ませるためには音楽をたくさん聴くだけではなく、普段見過ごしてる環境音に心を向けてみたり(人間の脳は肝心班以外の音は遮断する、超精密なノイズゲート装備してますから)音だけではなく、聴覚や触覚、匂いや味にも意識して神経を向けてみる事って必要だと思うんです。

実際作品を聴けば聴いたでどれだけ繊細に扱っているかはわかるし、話しの上でもそうなってしまわざるを得ない。でも、ホントはそうじゃないんですよ。mixしてる当人はそんなこと何も考えてない。ただ、そういった過程においてモヤモヤからピントをピシッと合わせるまでにはひとつずつを微に入り細に入りやらないとピントが合わないので、細かく追い込んで行くというだけで。

ビシャモン:なるほどー!横山さん個人のミックスイメージはどう成り立って行ったのか、教えていただけたら!

横山さん:若かりし頃、ペッカーさんのローディで業界に潜り込んで、次に国吉良一さんのローディにつきました。ローディ時代のある時、当時、横須賀の観音崎海岸にあった観音崎マリーンスタジオに行きました。スタジオは磯のすぐ脇に建物があり、スタジオからは外に出なくても目の前に浦賀水道を一望できるようになっています。季節は夏、カラッと晴れた8月でした。エアコンの効いたスタジオから穏やかな浦賀水道を眺め、コントロールルームではステキなリバーブが軽く乗ったDX5のエレピの美しい音が流れていました。

このときの情景、目と耳と皮膚から脳に入ってきた情報がいっぺんに結びつき、僕の中に快適で強烈なイメージとして焼き付いています。具体的な曲の感じは全く覚えてないんですが、その明るくて快適で、美しく広がるエレピの、ほんの1コマの記憶。全部一つに結びついている強烈なイメージ。35年も前のことですが、僕にとっては機材よりなによりも大事なイメージの一つです。

そして、時はずっと下って今から3年前。国吉さんという超ベテランのキーボードプレーヤーであり、作曲・編曲家でもある方とプライベートミュージックを作っていました。国吉さんとはもう30年以上もお付き合い続いています。彼は以前に長渕のライブサポートメンバーだった期間があり、その時のバックコーラスの1人、井島瑠美、僕はルミちゃと言ってますが、ルミちゃと国吉さんで、まあ、音楽作りをやってまして。曲の録音が出来上がると、マルチが僕に届きmixしてたんです。いつも、録音終わったら曲のなんの予備知識もない状態で「よろしく!」て、マルチ送ってくるんですよ。マルチトラック受け取って、エレピを出した瞬間

「あ、観音崎のあのシーン!にイメージ決定!」

クラップ出した瞬間、(ノンリバーブのクラップでした。)

「あ、リバーブかけて、波がざーってイメージ即決!」

僕にとって高価な機材やその扱い方などより、こういった脳に焼き付いた視聴覚イメージってのが、エンジニアの仕事をするにあたって最も重要で大切なものでしてね。こういうイメージの蓄積がなかったらmixなんて僕にはムリです(笑)。 機材がない、予算がない、とか、そんなもの結構なんとかなっちゃうのは脳内リファレンスとしてのそれらがあるからこそなんです。

(こうして出来た曲がこちらです)

ビシャモン:貴重なお話をたくさんありがとうございました!

横山さん:長々と話しましたが、これらの話は全て僕の脳内での主観ですから、絶対正しいとかそれ以外無いとかではありません。同じ音源を聴いても人によって聴こえ方や感じ方の違いがあるはずです。

僕は、自分の手掛けたmixやトラッキングには横山印のハンコを押している。

君は君のハンコを押したまえ。

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次回は、最終回の三回目です。横山さんの自宅環境、普段使いのプラグイン、そして、今回のミックスでご苦労された点など伺いました!


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