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いろんなはたらく

はたらくってなんだろう。

高校を卒業して大学へ行って就職する。
それが普通だと思っていた。
そうゆう環境で生きてきた。

大学進学にあたり、学部を選ばなくてはならない。
高校生の段階で、やりたい事なんて何もなかった。
それなのに学部なんて選べはしない。

それなら学部を選ばなくていい東大へ行こう。

とりあえず東大に行っとけばその先の人生なんて何とかなるでしょ。
漫画「ドラゴン桜」でもそんな事を言っていた。

安直な考えだった。

夏までしっかり部活もやったし、現役合格なんて鼻から狙ってはいなかった。
焦らず急がず浪人して東大に行くのが目標。

しかし現役時のセンター試験で少し転けた。
東大には足切りがある。
現役合格するつもりはなかったが、受験できないのは嫌だった。
とりあえず別の大学を受けておこう。
自分の中で東大の次の次に有名な国立大学を受けることにした。

そうなると学部を選ばなくてはならない。
どうせ受からないし、消去法でテキトーに選んだ。
医学部ほにゃらら学科

受かってしまった…

浪人する気満々で予備校のパンフレットも貰いまくっていたのにまさかの合格。

河合か駿台か進学かで非常に迷った。
しかし自分の事は自分が一番分かっている。
大学を蹴って浪人したところで、遊びまくって東大はおろか、どこも受からない気がする。

東大にどうしても行きたかったら仮面浪人でもすればいいや。
そんな感じで入学してそのまま卒業してしまった。

大学時代はただただ遊んだ。
仕送りと奨学金で、裕福ではないが生きていくお金はあった。
ただ、周りがみんなバイトをしていたので、なんとなくバイトを始めた。
焼肉屋さんのホールスタッフ。
頭のおかしなバイト仲間達と楽しく働いた。

はたらくってなんだろう。

それはただの暇つぶしだった。

その後、コンビニやピザ屋、スーパーのバイトもしたが、全部暇つぶし。
お金はついでに貰えるお小遣いみたいなものだった。

それから色々あって大学を一年休学した。
話すと長くなるが、端折ると理由はじゃんけんに負けたから。

まあその話はまたいつかの機会に置いといて、休学中はワーキングホリデーで海外を放浪した。
その間私は1ヶ月のニート期間を経験した。
学校にも行かず、バイトもせず、ただ友達と飲み歩く毎日。

4月には大学生に戻れるとゆうこの状態を本当にニートと呼ぶのかは分からないが、私にニートは向いていなかった。

友達と飲み散らかしている時はもちろん楽しいが、朝、いや、昼過ぎに目覚めた時の虚無感が半端なかった。
海外にまで来ていったい何をやっているのだろう。
自分の存在意義が分からなくなった。

それからしばらくしてバイトを探し、海外のサンドウィッチ屋さんで働いた。

はたらくってなんだろう。

それは自分の存在価値を少しでも見出す手段だった。

帰国してまた普通の大学生に戻ったが、結局大学時代にやりたい事が見つかった訳でもなく、テキトーに選んだ割に学部が専門的だったので、そのままその分野に就職した。

仕事は別に楽しくなかったが、しんどくもなかった。
たまに勉強会はあるけれど、基本的に定時で帰れるホワイトな職場。
友人の話を聞いても、仕事を楽しいと思ってる人なんて周りにはほとんどいなかった。
それどころか、辞めたいと思ってる人や、転職活動をしている人も少なくなかった。

それなら楽しくなくてもしんどくない職場で働いてる私は恵まれている。
仕事に生き甲斐を見出すのではなく、アフターファイブに全力を注ぐ事にした。

趣味や海外旅行を楽しみつつ、お金のために割り切って働く。
それが私のスタイルになった。

はたらくってなんだろう。

それは遊びに費やすお金を稼ぐための方法だった。

しかし最近、このままでいいのであろうかと思う事がある。
後輩も沢山入ってきて、今や自分は中堅だ。
人に教える立場にある。
仕事を遊ぶための手段だと思っている人間が、後輩の指導などしていいのであろうか。
もちろん自分の仕事には責任を持っているし、言われた事はしっかりやる。
しかし、人に教えるとなると急に息が苦しくなる。

はたらくってなんだろう。

それは胸の奥につっかえる何かになった。

そもそも自分に今の仕事が向いているとは思えなかった。
かと言ってやりたい事もなかったし、全く向いていない訳でもなかった。
だからなんとなく続けていた。
だれしもが天職と巡り会えたらいいのに。

はたらくってなんだろう。

答えはよく分からない。

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