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花人を愛して

些か懐古趣味のきらいがあるわたしだが、この歳になって巷で流行る音楽にも目を向けるようになってきた。

今日のお話は、今年いちばんと言っていいほど気に入っているアーティスト ヨルシカの「花人局」を聴いてみてほしいというものだ。

さよならを置いて僕に花もたせ
覚束ぬままに夜が明けて
誰もいない部屋で起きた
その温もり一つ残して

大切な誰かとの別れの歌なのだ。それは切ないメロディに乗せて歌われる冒頭で明らかである。

昨日の夜のことは少しも覚えてないけれど
他に誰かが居た、そんな気がただしている

語り手は、二日酔いの残る頭でひとり目覚め、昨夜は誰かとともにいたのではないかと疑問に思う。

洗面台の歯ブラシ、誰かのコップ、棚の化粧水
覚えのない物ばかりだ
枕は花の匂いがする

生活感の溢れる描写。花のように可憐で楚々とした女性の姿が思い浮かぶ。いったい彼女は誰なのか。二番目でやや詳細になる。

昨日の夜のことはそこまで覚えてないけれど
美人局を疑う、そんな気もしないでいる

「美人局」という語が登場する。そう、この歌では、「花もたせ」という言葉と美人局をもじった「花人局」という言葉が掛けられているのだ。

二日酔い、美人局の疑い、残していったと思われる日用品の情報から、もしや彼女はゆきずりの人だったのでは?と思えてくるが……。

窓際咲くラベンダー、汚れたシンク、編み掛けのマフラー

この歌詞でその疑いは一気に打ち消される。彼女は語り手と長く生活を共にした人なのだ。ここから、一気にひとつひとつの言葉が繋がってゆき、とある物語の道筋が開ける。

昨日の夜のことも本当は少し覚えてるんだ
貴方の居ない暮らし、それが続くことも
今でもこの頭一つで考えているばかり
花一つ持たせて消えた貴方のこと

この詩では、傷ついた語り手が考えまいとして陥った軽い忘我の状態と自棄酒による記憶の混濁を積極的にぼかしているようだ。歌が進むにつれ、真実が明らかになってゆく。聴いているものを引き込むストーリーテリングの巧妙さは素晴らしいものだと思う。

また、「花人」という言葉から、単に花のように美しく儚げな女性が想像されるのみならず、花の精のような存在との異類婚姻譚のような連想も働く。彼女は語り手が永遠に触れられない世界に行ってしまったのではないか……。

さまざまな解釈があるにせよ、神秘的で技巧に富み、想像力の余地のある素敵な曲だと思う。

気になった貴方は聴いてみてちょうだいな。

追伸: 今ふと思い出したけれど、'花'という言葉は、いかにも柔くてくたっとしていそう。




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