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壁に耳あり、障子にメアリー。

タイトルに意味はない。「壁に耳あり、障子に目あり」つまり「隠し事をしても誰かがどこかで見ているよ」ということわざをモジってみた。きっと、お笑い芸人さんの誰かが言っているだろうなあと思って検索したら、サンドウィッチマンさんのネタらしい。

障子を少しだけ開いて、青い目のメアリーがこっちを見てふっと笑う。そんな光景が目に浮かぶ。ミステリアスで怖い。個人的には、検索候補にあった「ジョージにメアリー」のほうが、意味が分からなくて好きだ。

閑話休題。3月の最後の日曜日、自宅の和室の障子を張り替えた。一枚だけだったが大変だった。現在、筋肉痛状態である。

国公立大学の優秀なバドミントンサークルのみなさんに動画でデモンストレーションしていただいたように、障子を破るのはたやすい。テンションがあがるかもしれない。けれども張るのはとても大変です。

思えば小学生ぐらいの頃に、母親に障子の張り替えを手伝わされたことがあった。まず、障子を破いて桟の部分をぞうきんで拭いて汚れを取る。次に液体の糊(洗濯糊だった気がする)を水で溶き、平たいはけで塗っていく。それから和紙の障子紙を張って余分なところを切り取る。最後に霧吹きで水をかける。乾いたら完成。そんな手順だった気がする。

一度、その昭和的な方法を思い出しながら障子を張り替えたのだが、あっという間に破けてしまった。100均ショップの障子紙だったからかもしれないが、そもそも障子のある部屋には、縁側が必要だ。広々としたお屋敷の必要はないが、縁側あっての障子ではなかろうか。

しかし、うちには縁側がない。いま住んでいる家は、洋風の造りにも関わらず和室があり、障子の外側はサッシの窓である。窓際に室内干しで洗濯物を吊るすので、すぐに障子を突き破る。畳の部屋はよいのだけれど、この構造はいただけない。

ところで、以前の経験からAmazonで破れない障子を探したところ、UVカット超強障子紙をみつけた。アサヒペンさんの商品である。なんと両面テープで張るという。昭和方式を卒業して、令和のやり方で障子を張り替えることに決めた。注文して待っていると、ロケットでも入っているのか?と思うほどのでかい段ボールに、細い筒に入った障子紙が届いた。

 オッケー!やるか、と気合をいれて障子に臨む。まず、障子を壁に立てかけて古い紙を破る。おちゃらけたバッドボーイズのみなさんのように楽しくはない。神妙に破って、くるくる巻いてゴミ袋へ。その後、ぞうきんで桟をきれいにする。

ここまでの作業で面倒くさくなり、ええい!と桟を畳みの上に押し倒して、説明書を読まずに、いきなり両面テープを貼り付けたら、貼り方を間違えた。とほほ。

だいたい「はくり紙」が剝がれない。もしや?と思って試して分かったが、貼った最後の部分から剥がすのではなく、最初の部分から剥がすときれいに剥がれることを学んだ。反省。というよりも、この技術はどういう仕組みなのだろう。後で調べてみたい。

ともあれ、丁寧な仕事をしたいと考え、きちんと説明書を読んだ。なるほど、上部を仮止めするのか。ふむふむ。

再びチャレンジしようとしたが、以前貼ってあった紙の残りが汚いことが気になった。そこでサンドペーパー(紙やすり)を探してきて、上からかけた。どうしてそんなものを持っているのだろう?とわれながら驚いたのだが、結構こういうツールが好きなので部屋にいろいろある。六角レンチなどなど。

やすりがけの作業は地味だけれど楽しい。障子を取っ払った窓から、春の日差しがさんさんと降り注ぐ。そよそよと静かな風が入ってくる。しょりしょりしょりという音だけが静寂を埋めていく。

というのは嘘で、実際には本日は6月の陽気であり、最高気温は26度だ。暑い。めっちゃ汗が出る。風は黄砂と花粉を運んでくる。工事なのかなんなのか何かを叩く音がうるさい。できれば窓は閉めたいが、そうもいかない。Tシャツ+短パンに着替えて作業した。

障子用両面テープは幅5ミリで、これをぴーっと伸ばして貼っていく。まずは左右の外枠のタテ、次にヨコ、最後に中央部分のタテを貼る。

これがしんどかった。障子を畳に倒して、その上から貼るのだけれど、桟の空いているところに足を入れて、ばきっと桟を割らないように注意しながら、足を抜き差しする。ひとりツイスターか?と思った。現在の筋肉痛の原因は、ほとんどこのきつい姿勢によるものだ。

障子張り替えの様子を克明に描写して、いったい誰が読むのか?と疑問なのではしょるが、障子を張り替える前に写真付きの「障子を張る前に見て!これが正しい障子の替え方」みたいなブログがあったら絶対に読んだだろう。やればよかったかもしれないが、自分はやらない。面倒くさいからだ。

「UVカット 超強プラスチック障子紙」は、さすがに張りが違う。新しいぴかぴかの障子が嬉しい。「張る」こと、すわなち「春」である。

さまざまな張り終えた経験が、ぴーんと脳裏をよぎる。庭球部でテニスのガットを張り終えたとき、あるいはギターの弦を張り終えたとき。そんなさわやかな充実感がよみがえる。所要時間、3時間。よく張りました、頑張りました。ひたすらビールが飲みたい。

ところが、そんな拍手喝采状態の最後に自分のアタマに浮かんだのは「これ、大変だったけど、別にお金を稼いだわけじゃないんだよね」という身もふたもない現実的な冷たい思考だった。

快適な生活環境を実現し、身体を動かすことで暗澹とした気持ちから少しだけ解放されたが、だからといって裕福になったわけではないし、問題は何ひとつとして解決していない。障子キット代、日曜日の貴重な時間、あまりない体力を消費しただけに過ぎない。

まあ、いいんじゃなかろうか。よし、としよう。

何かの本で読んだが、ドイツだったかフランスだったかの人々は、できる限り自分で家の修理などをやってしまうそうだ。障子の張り替えぐらいは、できるようにしておきたい。

残りの障子も、いつかやるつもり。時間と体力に相談だ。

2024.03.31 BW


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