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22-23 ユベントス総括・後編 〜FWに南米の選手を。


5000文字を超えそうだったので、前後編となったユベントスのシーズン総括。話題も変わりそうだったので、ちょうど良かったかもしれません。戦術や選手起用については前編でまとめることができたので、今回は1年を通してユベントスの試合を観てきて思ったことを書き殴る感想文になります。具体的には、アッレグリの指導哲学と現在所属する選手の相性について考えてみました。

アッレグリの指導哲学

アッレグリは、「カンピオナートは守備で勝つもの」と公言するほど、とにかく守備を重視します。監督業を休んでいた時にも、「できるだけ負けないようにすることが、良識を持ち、監督の仕事ができるということだ」とテレビ番組で力説していました。アッレグリが戻ってきてから、守備のバランスを保ち、失点せずに試合を進めることがユベントスの勝ちパターンとなっています。シーズン序盤の不調から立ち直った時も、守備についてコメントしていました。守備を基礎から建て直したと。また、後半アディショナルタイムにディマリアがチャレンジングなパスでボールロストした際、ブチ切れてそのままロッカールームに引き上げていく様子が映されていました。また、(攻撃に)上がりすぎているという理由でロカテッリを交代させたこともありました。失点を避け、守備のバランスを整えることがアッレグリにとって最も重要なことなのでしょう。

そして、ミラン時代の経験から、選手のマネジメントの重要性を事あるごとに説いています。ピッチ内外での選手とのコミュニケーションが欠かせないと。この夏も、移籍が噂されるマッケニー、ブラホビッチとコーナースポット付近からゴールに入れるゲームを笑顔で楽しむアッレグリの動画がTwitter・現Xに上がっていました。マテュイディと満面の笑みで再開するアッレグリの動画も。移籍が噂されている選手とも、チームを移籍した選手とも良好な関係を築いているアッレグリ。シーズン中の勝ち点剥奪という前代未聞のシーズンをそれなりの位置で終えることができたのも、アッレグリのマネジメント力があってこそかもしれません。選手のモチベーションやメンタルのケアの難しさは想像に難くありません。

その上で、「監督を優秀にさせてくれるのは選手だ。」「それぞれの選手にとって理想的なプレーをさせること」が監督の仕事であると発言しています。また、クリスティアーノ・ロナウドやロナウジーニョ、セードルフ、ディバラ、ピルロら「カンピオーネ」がボールを持ったら、「他の選手にボールを受けられる位置にいるよう指導する。そして、彼らが決定する。」とコメントしています。つまり、攻撃については、選手のクオリティや判断に委ねる範囲が大きいタイプの監督であると言えるでしょう。サッカーを「予測不能」と言ったり、「ファンタジー」と表現したり、「戦術が全てを左右するという考え方は不公平だよ。」と発言するなど、選手個々のプレーに大きな期待を寄せていることが窺えます。ただし、完全に選手に任せてしまうわけではありません。例えば、17-18シーズンのCLレアル・マドリード戦。1stレグを0-3で敗れたアウェーゲームでマルセロの裏を徹底して狙い、ハイクロスでマンジュキッチとカルバハルの競り合いを作り出して3-0まで持って行きました。攻撃の戦術や攻撃のルートを設定して機能させるだけの手腕は持っています。

そして、最も重要なことは、「ハードワーク」、「犠牲」、「謙虚」という言葉をよく使うということです。アッレグリはユベントスというチームをこう讃えています。

このチームの強みは、犠牲を払うこと。そしてそれを、カッコ悪いことだと思わないことだ。


これらから総合すると、アッレグリはチーム・選手のマネジメントと守備の構築に長け、攻撃については選手に委ねる範囲が大きいタイプの監督だと言えるでしょう。

単にうまくディフェンスし、相手にチャンスを与えないことで試合をコントロールできるんだ。

アッレグリの試合に臨む姿勢を端的に表していると思います。

現スカッドとの相性

さて、現在のユベントスは若いチームです。主力に定着したと言っていいミレッティ、ファジョーリをはじめ、イリング、スーレ、バレネチェアらNEXT GENから次々とトップチームデビューを果たす若者が出てきています。各セクションで中心を担うブレーメル、ロカテッリ、キエーザらもまだ20代半ば。ヨーロッパのトップレベルのチームを見渡してみてもかなり若いチームなのではないでしょうか。

そこで気になるのが、その若い選手たちとアッレグリとの相性です。ザッと見てきたように、アッレグリは守備を重視した古いタイプの監督と言えます。グアルディオラやクロップのようにメディアが注目するような目新しい戦術を駆使するわけでもありません。ナーゲルスマンやスパレッティ、今をときめくブライトンのデゼルビらと比べるとユベントスという優勝して当たり前のクラブを率いている分、この2シーズンの結果では見劣りしてしまいます。プロになる前からグアルディオラやクロップ、トゥヘルが率いるチームを見てきた若い選手からはアッレグリの指導はどう見えるのでしょうか。

ユベントスの下部組織で育ったミレッティやファジョーリ、ユベンティーノだったロカテッリたちにとっては守備、献身、ハードワークは当たり前のものだと思います。アッレグリの指導も素直に受け入れられるでしょう。

例えばブレーメルや守備的な選手もアッレグリの指導は受け入れやすいのではないでしょうか。守備の構築関しては右に出る者がいないとも言えるアッレグリです。守備戦術については徹底して指導しているはずです。そして、守備を重視した戦術は自分たちの仕事を助けてくれるものでしょう。

問題は、移籍でユベントスにやってきた攻撃的な選手たちです。彼らにアッレグリの戦術や指導を素直に受け入れられるでしょうか。おそらく、難しいだろうと思います。彼らが攻撃的な選手であればあるほど、守備を重視するアッレグリの考え方や細かな守備戦術にウンザリしてしまうのではないでしょうか。筆者も、その気持ちもわからなくはないです。ボールを持ちたい、シュートを撃ちたいと思っていても、ボールがなかなか自分のところに来ない。それどころか守備に参加して自分のポジションはゴールから遠ざかっていってしまう…。しかも、アッレグリの戦術は「守備的」「美しくない」とメディアでも否定的な意見が飛び交っています。そんな時、マンチェスター・シティやリバプールの試合が「美しい」「アグレッシブ」と好意的なコメントと共にスクリーンに映し出されれば、心が揺らぐのは仕方のないことでしょう。他のチームに移籍できれば、もっと自分のところにもボールが来るのではないか?激しいハイプレスに出れば……。緻密なポジショナルプレーを指導してくれれば……。アッレグリに対して疑問や疑念が差し挟まることもあるし、それが大きくなることもあるのではないでしょうか。

加えて、攻撃については選手に任せる比率が大きいアッレグリに対して、もっと細かく指導してほしいと思っているのかもしれません。

「サッカーは理論ばかりになり過ぎた。下部組織の子どもたちは、養鶏場の鶏のように育てられている。サッカーとは空想力。そして、結果のためにどこかで悪いプレーをしなければならないなら、それをするものだ。」

かつてアッレグリが残した言葉です。選手一人ひとりがチームの勝利のために、自ら考えてプレーすることの重要性を語っています。もちろん、その中には結果のための守備的なプレーを求めているという点も忘れてはいけませんが。そして、このアッレグリのコメントが全て正しいとは思いませんが、下部組織では養鶏場の鶏のようにプレーヤーを育てているという比喩は、全く外れているとは言い切れないでしょう。メディアが発達し、インターネットによってとんでもない量の情報が流れている現在、サッカーの戦術に関する情報は至る所に溢れています。下部組織や街クラブのコーチの頭の中には多種多様な戦術がインプットされており、ポジションや体の向き、ボールの動かし方、パスを出すコース、スピード、どのスペースにいつ走り込むのか……色々なことを教えてもらいながらプレーしているという面はあるでしょう。

ここで、戦術と自由なプレーとの関係について考えてみましょう。戦術を細かく決めていけば、その戦術通りにプレーしなければいけなくなり、選手個人の自由なプレーはできなくなっていきます。しかし、一言に自由と言っても、全面的な自由は逆に不自由になってしまうことが多いでしょう。「何をやってもいいよ」と言われたら、逆に何をやっていいかわからなくなってしまいませんか?例えば、原稿用紙を5枚渡されて、何を書いてもいいけど原稿用紙5枚全て書くように指示されたら、なかなか難しいのではないでしょうか。「この本を読んで感想文を原稿用紙5枚書いてください。」なら、まずは本を読むところから始められるでしょう。さらに細かく、「主人公が〇〇をした理由については、必ず書くようにしてください」なら、本を読むときに主人公の心理や行動に着目して読むなど、より自分がやるべきことが見えてきます。つまり、戦術は自由を奪うのではなく、やるべきことを明確にして自由なプレーをアシストしてくれるものです。戦術を細かく決めていくことによって、選手にプレーの基準を多く与えると共にその副作用として選手の自由なプレーの幅が制限されていくといったイメージです。

しかし、完全な自由を渡されても、困らない選手はいます。様々な経験などから、自分なりの基準を持っていて、自ら考えて行動できる選手です。その基準が意識的なものか、無意識的なものかはわかりません。自らの責任で行動できる覚悟を持った選手と言ってもいいかもしれません。そういう選手であれば、むしろ戦術は最小限にして、自分の判断でプレーできるようにする方がより効果的なプレー、勝利に近づくプレーをしてくれるでしょう。例えば、クリスティアーノ・ロナウドや、ピルロ、セードルフ、ロナウジーニョのように。ここで気にしておきたいのは、アッレグリが彼らクラックを指導したのは、彼らがベテランと呼ばれる年齢に差し掛かってからだということです。ファーガソンやアンチェロッティ、ライカールトら名監督の教えを受け、リーグタイトル、チャンピオンズリーグといったビッグタイトルを勝ち取るなどのスペシャルな経験を積んだ後、アッレグリと出会っています。彼らに自由を与え、攻撃の決定権を委ねるのは妥当な選択と言えます。選手に与える自由の幅を広げることは、時に大きな効果をもたらします。戦術によらない攻撃なので、再現性が少なく守備側にとって予測が難しいからです。ロナウドやロナウジーニョのフェイントを予測することは困難です。ピルロの右足から放たれるタッチダウンパスの着弾点は、その放物線を見るまではピルロの頭の中にしかありません。彼らを軸にした攻撃は予測不能で相手の守備を次々と崩していきました。

さて、問題は現在のユベントスの攻撃陣に、ロナウドやピルロクラスのタレントがいるのかどうかです。残念ながら、自らの判断と責任でプレーしてチームを勝利に導くだけの選手はいないように見えます。キエーザ、ブラホビッチ、キーンのプレーには迷いが見えます。敢えて厳しい表現をすれば、養鶏場の鶏の枠を飛び越えられてはいないように思えます。キエーザは自陣からドリブルを仕掛けてボールロスト。守備も含めたチームへの貢献度はクアドラードの劣化版といったところでしょう。ブラホビッチも倒れてはファウルのアピールに必死でその間チームを危機にさらしています。彼らに自由を与えてプレーさせるといった領域には届いていません。

フォワードに南米の選手を

ここまで見てきたように、ユベントスの攻撃陣には自由を与えてプレーを任せるだけの選手はいません。否、彼らの目にはアッレグリは指導してくれない無責任な監督と映っている可能性すら否定できません。考える解決策は2つ。

①アッレグリが哲学を曲げて攻撃においても細かな戦術を設定する。

②自由を与えられるプレーヤーを獲得する。

正直、ルカクとブラホビッチのトレード案はアリだと思っていました。少なくとも解決策②に当てはまると思うからです。昨季怪我で苦しんでいたとはいえ、ルカクは百戦錬磨のフォワード。自由を与えてプレーさせても、自分の判断で動くことができるでしょう。フリーに動き回るラウタロとも、基準点タイプのジェコとも連携して次々とゴールを奪っていたのですから。

しかし、ルカクとのトレード案は流れたようです。ユベントスの財政状況を考えるとルカククラスの新戦力の獲得は難しいかもしれません。獲得できるとしたら、将来有望な若手や中堅クラスでしょう。ここで、アッレグリ第一次政権を振り返ってみると、南米出身のストライカーがいました。テベス、イグアイン、クアドラード…。彼らは攻撃に出た際、思い切りのいいシュートや走り込み、独力での打開など、およそ戦術的とは言えない本能的なプレーでチームを救ってきました。ストリートサッカーに明け暮れていたことがそのようなプレーにつながるのではという見解もあるようです。ストリートサッカーでは、コーチがいるわけもなく自分(たち)で考えてプレーし、その責任を負わなければいけません。プロになるずっと前からそんな経験を積んできていれば、自ずと自分で考えてプレーするようになるでしょう。テベスやイグアインは、攻撃の場面になったら水を得た魚のように生き生きとプレーしていました。その意味で、カイオ・ジョルジの復帰は少し楽しみです。彼もブラジル人。アッレグリの哲学に合うかもしれません。ルカクの代案としては、ケインの後釜を探しているであろうトッテナムにリシャルリソンとブラホビッチのトレードを持ちかけるのも悪くないと思ったりするのですが、ブラホビッチで行くのでしょう。

現実的には①が解決策となるのですが、これまで散々選手の質に言及してきたアッレグリが攻撃についても徹底して戦術を組み上げるとは思えません。となると、ブラホビッチやキエーザの成長を促しつつ、アッレグリも譲歩して攻撃戦術を多少なりとも整備するという折衷案が現状ではベストなのではないかと思います。今季はリーグ戦に集中できますから、疲労を考慮したターンオーバーを敷く必要性は薄いでしょう。ブラホビッチとキエーザを継続して起用して成長を促すだけの時間はあります。むしろ長期的に見れば、特定の戦術の中でしかプレーできない選手ではなく、戦術を凌駕したスケールの大きな選手へと育てるチャンスとも言えます。そうすることができればユベントスの攻撃陣はあと5年は安泰です。そして、ブラホビッチやキエーザが健在のうちに彼らを手本としてカイオ・ジョルジやユルティズ、これから出てくるフォワードが育ってくれるなら再びセリエAにおいて絶対的なチームへとなれるかもしれません。

さて、新しいシーズンのユベントスはどんなチームになっていくのでしょうか。

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