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さらば、愛しのマッド・マックス

アッレグリは最終的にユベントスと合意の上で契約解除と成ったようです。しかし、タイトルを獲った試合で大暴れしてそれが監督としての最後の姿になるとは。どんな時にもウィットに富んだユーモアを忘れない、いかにもアッレグリらしい別れでした。


世代交代〜不正会計への対処

圧倒的な強さを誇ったアッレグリ第一次政権後、サッリ、ピルロと1年で契約を打ち切り、再びアッレグリにバトンが渡されました。その時、アニェッリ会長からアッレグリが託されたミッションは積極的に若手を使って(財政的に)持続可能なチームを作ることだったようです。ピアニッチとアルトゥールの交換自体が財務的にアウトの帳簿の付け方をしていたようで、アッレグリの就任以前から財政的に破綻していたことは明らかでしょう。アニェッリがアッレグリに託した任務は、将来のユベントスの基盤を作ることだったと言えるでしょう。もしかしたら、アニェッリは自らの退陣も覚悟していたのかもしれません。アッレグリもそのミッションの意味を理解して、監督就任を引き受けたことでしょう。ミレッティ、ファジョーリを筆頭にNEXT GENの選手たちを次々とデビューさせ、獲得してくる若手選手とともにチームに組み込み、一人前の選手へと育てていきました。

若い選手は実績がなく実力も未知数である代わりに獲得のための資金や年俸を抑えることができます。不正会計を行わなければならないくらいに苦しい財政状況のユベントスにとって、世代交代は必須事項。アタランタとのコッパイタリア決勝で、平均年齢26歳とアタランタよりも若いチームを送り出したこと自体がアッレグリの功績ということになるでしょう。若いチームを率いてタイトルを獲得し、そのチームを遺して去る。若く、才能に溢れ、かつタイトルを獲得したことがあるという経験を持った選手たちは、新しい監督の下で躍動することでしょう。シーズン途中にフロントが交代して勝ち点を剥奪されるという、誰も経験したことのない大混乱の中、アッレグリはそんな選手たちをユベントスに残してくれました。不正会計によるフロントの刷新と財政立て直しという大転換の真っ只中にあったユベントスの指揮官として、今後のユベントスの礎を築いたという意味で本当に大きな仕事をしてくれたと感謝しています。

キエッリーニが「誰が監督だったとしても過去2年の成績を上回ることはできなかっただろう」と最大限の賛辞を送っていること。彼のコメントが全てを物語っていると思います。

アッレグリの遺産

金を残すは三流、仕事を残すは二流、人を残すは一流


プロ野球の名監督・ノムさんこと野村克也監督の言葉です。

アッレグリは、財政スキャンダルで選手獲得もままならないチームを率い、チームに金を残しています。さらにCL出場権の獲得とコッパ・イタリア優勝という仕事も。その上で、これからのユベントスを担う選手を残してクラブを去りました。代表的な選手を紹介しておきます。

ブラホビッチ

筆頭はブラホビッチです。年明けからのブラホビッチのパフォーマンスはスーパーでした。ゴール量産はもちろんのこと、圧倒的なフィジカルでボールを収めまくって時間を作るプレーは圧巻の一言。コッパ・イタリアの決勝戦ではヒエンのポジショニングミスを見逃さずに前に入り、腕と腰を使ってヒエンをブロックしてゴールをマーク。ブラホビッチのフィジカルが前面に出たゴールでした。その後も前線でフィジカルを生かしてロングボールを収めて時間を作り、引いて構えるユベントスの攻め上がりを促進。ユベントスの攻撃の主軸と言えるまでに成長しました。

ロカテッリ

中盤における攻守の要と呼べる存在。ロカテッリが不在の時にはゲームプラン自体を変更しなければならないレベルで大きな影響力を持つ選手です。卓越した足下の技術と戦術眼でビルドアップを司り、鋭い縦パスやサイドチェンジで攻撃の局面を進めています。守備でも多大な貢献をしており、特にディフェンスラインの前をプロテクトするポジショニングとディフェンスラインの穴を埋めるプレーで守備の強度を担保しています。CHが適正ポジションでアンカー起用を批判する向きもありますが、守備を考えた時に最もバランスが取れた選手起用だったと思います。新監督の下でCHにポジションを上げるとしても、アンカーとしてチーム全体を見渡してプレーした経験はプラスになるでしょう。


ブレーメル

ユベントスの堅守の要。対人守備の鬼。1on1の守備ではセリエAでブレーメルの右に出る者はいないというレベルにあり、数々のストライカーを沈黙させてきました。そして、この2年間で飛躍的に向上したのがビルドアップです。右ハーフレーンから左アウトサイドを狙って放たれる対角へのロングフィードは何度もチャンスを演出してきました。コッパイタリア決勝のブラホビッチの得点の起点となったのはブレーメルの縦パスでした。ドリブルでの持ち上がりも効果的で、ブレーメルがビルドアップの局面を進めていました。脅威の対人守備とビルドアップへの貢献。加えてセットプレーからの得点力も見逃してはいけません。4バックへの適性は未知数ではありますが、ワールドクラスのCBへと成長したと言っていいでしょう。


ユルディズ

今季デビューした若手の俊英。アッレグリに「髪を切った方がいいね」と言われるとすぐにアクションを起こして美容院へ行くなど素直さを持ち合わせており、今季で次世代の主力へと名乗りをあげたと言っていいでしょう。足に吸い付いたようなボールタッチと相手の重心の逆を取る巧みなドリブルで敵陣を切り裂き、チャンスを演出。中盤に下がってボールを受け、ターンしてドリブルでボールを運ぶシーンを何度見たことでしょう。ユベントスがビルドアップで詰まった時にはユルディズが中盤に下りてきてボールを前進させていました。昨季、ディマリアが担っていた役割を18歳の選手が遜色なくこなしている。この事実に驚きと感動を覚えました。この通り、攻撃性能の高さは折り紙付きですが、アッレグリが高く評価していたのは守備能力でした。微妙なポジショニングで1人で2人をマークし、安易なボールの前進を許さない。必要とあらば中盤の守備ラインの一員として振る舞うこともできます。前線の選手として、攻守にわたる貢献が計算できる選手です。


ガッティ

アマチュアクラブと大工の掛け持ちからユベントスのレギュラークラスまで駆け上がり、EURO2024イタリア代表に選出されたライジングスター。高さ、強さを武器に相手のクロスを跳ね返し、味方のセットプレーで得点を重ねてチームの勝利に貢献してきました。サッスオロ戦では拙いビルドアップが仇となってしまいましたが、アッレグリはガッティを擁護。次の試合では途中出場させ、「お前は強いんだ」と激励してピッチに送り込みました。指揮官からの変わらぬ信頼がガッティを支え、成長を促したことは言うまでもないでしょう。さらにビルドアップの際にはガッティをSB化してパワフルなドリブルと「なぜお前がそこにいるんだ」的なポジショニングで右サイドを活性化させました。苦手なことをさせず、ガッティの特徴である高さ・強さが攻守に渡って前面に出るように戦術を設計し、自信を植え付けました。アッレグリの指導がなければイタリア代表に選出されることはなかったかもしれません。


ファジョーリ

違法賭博のために1シーズンを棒に振ってしまったが、最後の2節で見せたように選手としてのクオリティの高さには疑いの余地がない近未来のクラック。アッレグリも第一次政権からファジョーリには期待している旨のコメントを出しており、昨季は主力としてプレーし、攻守に渡って活躍しました。シーズン終盤に痛恨のパスミスをした後、「ミスが彼を成長させる」と擁護していました。さらに7ヶ月にも及ぶ出場停止から戻ってきたファジョーリに対して「子供たちの手本になれる」とコメントを寄せ、彼の復帰に背中を押していました。スピードとテクニックを併せ持ち、攻守に走り回れるマルキージオの後継者として来季は活躍することでしょう。

ラビオ

アッレグリが長髪を見つけられて浮気を疑われた時に「彼の髪だよ」と答えたという、ラビオです。昨季はペナルティエリアへ何度となく侵入してゴールを量産。今季は恵まれたフィジカルを活かしてネガティブトランジションの鬼と化し、相手のカウンターを潰しまくる。アッレグリの指導の下、全く違ったプレーでチームに貢献していました。長い足を活かした懐の深いボールキープで時間を作り、長い距離を運ぶドリブルで陣地を回復。引いて構える守備をベースとするアッレグリのユベントスにおいて、ポジティブトランジションの際に1人で時間を作り、ボールを運べるラビオの存在は極めて重要でした。アッレグリの指導によってトランジション局面で輝きを放つ選手へと変貌を遂げました。そして、ロカテッリはポジショニングが整った攻撃と守備の局面、いわば静的な場面で輝く選手と言えます。ロカテッリとラビオが共存して補完しあうことで、ユベントスはいわゆる4局面で強みを持つことができます。契約更新は完了していませんが、残留することになれば来季もトランジション局面でのキープレーヤーとして走り回ってくれることでしょう。

キエーザ

キエーザ自身はアッレグリの戦術を本当に嫌っていたのかもしれません。しかし、いくらキエーザが守備戦術を体現できなかったとしても、継続して起用し続けたのはアッレグリです。中盤の守備に参加させ、守備戦術を根気強く指導し続けました。コッパ・イタリア決勝では、キエーザは中盤左サイドの守備を任され、守備ブロックに穴を開けないようにポジションを取って守備強度を保っていました。左サイドに張ってボールを受けるプレーを得意とし、5-3-2システムの中でハマるポジションやタスクが見つからない中でもキエーザを活かすための戦術を探していたように思います。おそらく、アッレグリはキエーザを高く評価していたのでしょう。キエーザをチームに組み込むことがチームの力の最大値を引き出すことになると考えて試行錯誤を繰り返していたのではないでしょうか。年明け以降、4-4-2への可変を試したり、ハイプレスの頻度を高めたりしたのも、キエーザをチームに組み込むための動きだったように思います。アッレグリが去り、モッタを新監督を迎え入れることになった段階でキエーザが移籍する可能性が高くなっているという情報が出るのは、なんとも切ない気持ちにさせられます。

強いチームを残して去る

「もし来シーズン、私がこのチームの指揮官でなくなるとしたら、強い勝者のチームを残していくことになる。」

コッパ・イタリア決勝後のアッレグリのコメントです。

ブラホビッチ、ロカテッリ、ブレーメル。チームの軸となるセンターラインに今後5年は活躍できる選手を揃え、ファジョーリ、ユルディズらすでに輝きを放っている若手を複数抱えているユベントス。そして、引いて構える守備の強度は折り紙つきで、コッパ・イタリアのタイトルを獲得したという経験を持っています。インテル、ミラン、コンテが就任したナポリなど、ライバルも手強いですが、アッレグリが残したユベントスも互角に戦えるだけの力はあるでしょう。選手個々の成長や結果については、もちろん、選手自身の努力や取り組みによるものです。ただ、アッレグリの指導によるところもあると思いますし、チームとしての活動についてはアッレグリの示す方向性に基づいたものでしょう。アッレグリのコメントについても決して的外れなものではないでしょう。

ユベントスとアッレグリは、最終的には合意の上での契約解除ということになりました。しかし、それまでの経緯を考えると互いの関係修復は成っていないと思います。契約解除はお互い大人の対応をしただけでしょう。アッレグリが三度ユベントスの監督に就任することはないでしょう。今後、ユベントスがどんな歴史を刻んでいくのかは分かりませんが、その基礎にはアッレグリが3年間率いて作り上げたチームがあることを忘れないでおきたいと思います。

さらば、ありがとうアッレグリ

 今季も5-3-2をベースシステムとして引いて構える守備で相手の攻撃を跳ね返し続け、カウンターやセットプレーからゴールを奪って1-0で勝つ。ウノゼロの美学を見せつけてくれました。そのプレーを守備的すぎる、つまらないと批判する向きもありました。確かにその通りでしょう。ボール保持率は多くの試合で相手に譲り、敵陣で過ごす時間は少ない。最近の流行している戦術とはかけ離れています。しかし、ユベントス陣内で描かれる守備ブロックの配置、徹底されたリスク管理、迂闊に飛び込まない次の守備を考えたハイプレス、ダイレクトにゴールに向かうカウンターの鋭さ、コスティッチの左足から放たれるセットプレーの放物線……いわゆるモダンフットボールの視点・論点からは外れたところにアッレグリ・ユベントスの魅力や美しさはありました。猫も杓子もボール保持とハイプレスでは面白くないではありませんか。横並びで同じような戦術を採用していたら、財力があり、戦力を集めたチームが勝つ確率が高くなるだけです。アッレグリのような異物がいるからこそセリエAは面白い。僕はそう思っています。アッレグリがいなくなっても、ガスペリーニやコンテ、ダビデ・ニコラなど個性的な監督が盛り上げてくれると思いますが、守備の権化ともいうべきアッレグリの退場には一抹の寂しさを覚えます。

一体、誰がコーチングエリアで郷ひろみもビックリのジャケットパフォーマンスを見せてくれるというのでしょうか?

一体、誰が選手のケツを蹴り上げて喝を入れるでしょうか?

何より、クラブの総力戦と化してきた現代サッカーにおいて、財政規模で劣るセリエAのクラブがハイプレス・ボール保持戦術でマドリーやシティ、バイエルンあたりを相手にまともにぶつかって勝てるとは思えません。ヨーロッパの舞台でセリエAのクラブが勝つにはアッレグリのように相手に合わせて戦術を組み上げ、ピッチで表現できる監督しかいないと思っています。

これで監督業から引退することはないでしょう。

ありがとう、アッレグリ。

さようなら、アッレグリ。

またいつか戻ってくるその日まで。

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