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続・ガヤ駅にて


私が今から野宿しようとしているここガヤ市はビハールという州の一都市なのだが、このビハール州はインド全州の中でも貧困率・犯罪率共にぶっちぎりでワースト1位という、インド全土にその悪名を轟かすほどの最悪な土地なのだそう。ガヤ空港からブッダガヤへ向かう道では度々強盗がでて旅行者が襲撃されているという。出発前の私は巡礼者らしく歩いてブッダガヤを目指そうと思っていたのだが、先輩仏友(ブッとも)の一言「狩られるよ」で断念したのだった。

「忘れるな、ここは修羅の国。気を抜けばヤられる…。」

シートの上に座った私はまず安全を確保するかのように周囲を見渡した。向かいには老人男性、左手には老婆のホームレスが横になっている。二人ともぼろ雑巾のようにホコリまみれでボロボロの格好だ。男の方が私の存在に気付くと、さっそく例の物乞いの手付きをしはじめた。しかも猛禽類のような鋭い目と、亡霊のようにゆっくりとした手の動き…心の奥がひんやりとするのを感じながら、

「さっそく来たな…」

と、しかしさすがブッダガヤで揉まれた男である。すでに先手は打ってある。繰り返すがここは修羅の国、何が起きるか分からない、いくら社会的弱者とはいえこの地の言葉や習俗に通じる彼らである、恩を売っておけばいざというときには心強い助けになってくれるに違いない、と施し用の食べ物を用意していたのだ。そうして、まずは極小のバナナを2本だけ与えた…。

ありがたく受け取る老人。すると先程の猛禽類の目付きが急にやさしくほころんだのが分かった。

「よし、とりあえず受け入れられたようだ…」

少しばかり安心感を覚えた私は、しばらくあぐらで過ごしたあとおもむろに横になった。

~~~~~~~

私の横にいた老婆は両足の脛からしたがなかった。


やがて少し眠気が出てきた頃、突然横の老婆がドスの効いた大声でどなりはじめた。それに合わせてやはり同じように声を張り上げる老人。

「なんだ、喧嘩でも始まったのか?」

と、おばあちゃん家の畳の上でゴロゴロする不詳の孫、といった風体で仰向けのまま視線だけを老婆の方へやると、老婆はおもいっきり私の方を見て叫んでいた…。

「え、あ、俺?!」

と、慌てて起き上がるわたし…。

「まさか、徳のパラメーター足りていなかったのか…」

不安を覚えながらも老婆の話に耳を向けると、どうやらここは寒いから寝るなら駅舎の中で寝ろ、と言っているようだった。予想外のやさしさに戸惑いながらも、いやここがいいんだ、と伝えると通じたのか?男の方が突然、

「こいつを首に巻けぇー!!」

と叫びながら布を投げてよこした。

そのあからさまに臭いそうな布に少し抵抗を覚えながらも、ここは素直にしようと手に取るわたし。だがよくみると案外きれいである。しかもこの布のデザイン、ブッダガヤのチベット市場でよく見かけたチベット産の布ではないか。

「これは恐らく誰かがこの老人に施したもの…いつかどこかの誰かの善意が、廻り廻って今こうしてわたしの手元に…これはなんと心暖まる巡り合わせであろうか…」

目頭が熱く火照るのを感じているとさらに老人が何かを伝えようとしてくる。両耳を押さえるような仕草をしてくるので、これはインド人がよく言う「寒いときは両耳を覆え」というやつだな、と思い、その長い布を首と両耳の両方を覆うようにうまく巻き付けると、

「なんだよおめぇちゃんと通じるんじゃねぇか~そうだよそうだよそうするとあったけぇんだよ~」

と、酔っ払った泉谷しげるのような調子でニコニコしはじめる老人。そして老婆と二人で「ジャパーニー」「ネパーリー」と連呼し始めたので私が日本人なのがネパール人なのかで激論を交わしているようだった。(老婆はネパール人にfull betのようだった…)

その後お礼に、と残っていた食べ物も二人に与え、本格的に寝る体制に入ったが結局眠れず、午前0時を回ったあたりで撤退しホームへ向かうと、そこで南インドから来ているという素敵なファミリーと遭遇。楽しい会話を小一時間ほど繰り広げたあと、自分のホームへ向かったのだがいつまでたっても電車は来ず。

「でもまぁ大丈夫だろう。なんせインドだからな。それより今日出会ったあの物乞いといい家族連れといいほんとに素敵な人達ばかりだったなぁ」

と、完全に気持ちがほだされていたところ、なんと別のホームから電車が出ていたことに気付くも時すでに遅し。8時間も待ち続けた電車を見事乗り逃すという大失態を演じ、無事、死亡したのだった。

その日は結局駅周辺のホテルで一泊(枕元に王大人の立つ気配がした…)、翌日昼過ぎに同じ行き先の電車があることを知り、それに飛び乗り慌ただしいながらもなんとかガヤを立つことができた。

そう、こうして私は旅立ったのだった、かの人の悟りの地を…。


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