英国、メンタル領域でのデジタル治療薬を推進―松村雅代の「VRは医療をどう変える?」(7)

https://medicalai.m3.com/news/191118-series-matsumura7
※本記事は、2019年11月18日(月) m3.com AIラボ公開の記事になります。

第7回目となる今回は、VR(を含むXR)の枠を超えてデジタル治療薬(DTx)についてお伝えします。取り上げる地域は英国です。英国の医療は、保健省の下で国営のNHS(National Health Service、国民保健サービス)によって運営されています。本シリーズ第3回目でNHSのVR戦略について取り上げましたが、NHSはメンタル領域でDTxの活用を精力的に進めています。

[英国における認知行動療法の普及とアクセス面での課題]
NHSがメンタル領域のDTxに注力する背景には、英国における認知行動療法(Cognitive-behavior therapy(CBT))の普及とアクセス面での課題があります。英国での実績を踏まえ、日本でも2010年4月の診療報酬改定でCBTは保険点数化されました。英国でCBTの普及を促進した政策の一つが2008年より実施されているImproving Access to Psychological Therapies(IAPT)です。IAPT実施前よりもCBTへのアクセスは改善されましたが、抑うつや不安の問題が生じ,家庭医(GP)を経て専門機関へ紹介され、CBTが開始されるまでには相当な時間がかかる(例:1年)と言われています。待機期間が長いのは臨床心理士の人手不足が主な原因とされています。

アクセス面での課題を改善するため、NHS 傘下の国立医療技術評価機(National Institute of Health and Clinical Excellence(NICE))は、軽度から中等度のうつ病に対するコンピュータ認知行動療法 (Computerize Cognitive behavior Therapy(CCBT))の利用を推奨しています。

[大学のカリキュラムとしてのDTxトレーニング]
2019 年8月、英国のThe University of Central Lancashire (UCLan)(https://www.uclan.ac.uk/)は、DTxを提供しているSilverCloud Health社(https://www.silvercloudhealth.com/)と提携し、psychological wellbeing practitioner (PWP)(主にうつ病と不安障害のクライアントを扱うセラピスト)を目指す学生のトレーニングにDTxを導入しました。UCLanは過去10年間に1万人の人材を輩出してきた大学です。

UCLanの上級講師でありPWPトレーニングへのDTx導入の責任者であるLiz Kell氏は「インターネットを基盤とした治療は、今やメンタルヘルスサービス提供モデルの中核を担っている。DTxの導入はDTxの重要性を早い段階から認識することができ、DTxの開発者の視点も知ることができる機会となる。より優秀なPWP育成につながっていくことになる。」と語っています。受講生は、大学のトレーニングに加え、SliverCloud Health社のセルフケアツールの無償利用を推奨されています。デジタル技術を活用したツールを自身の健康サポートに利用することで、DTxの理解をより深められるようにという工夫です。今後、UCLanでは、他のトレーニングにもDTxの導入を予定しています。SilverCloud Health社はUCLanの知見をもとに、他の大学にもDTxの導入を図っていく計画です。

[医療の個別化を促進するDTx]
2019年10月、Silver Clound Health社は、Microsoft Labsとの提携で進めてきた「機械学習とAI(人工知能)を用いたデジタルセラピーのパーソナライズ化(各個人の固有のケアニーズに対応させる)」プロジェクトを本格化。基盤となるのは、SilverCloud Health社が提供するデジタルサービスで蓄積された100万時間以上の治療データです(2012年から蓄積)。同社は、30以上のデジタルメンタルヘルスプラットフォームを提供しており、IAPTのNHSメンタルヘルスサービスの75%のシェアを持ち、世界各国250の組織で使用されています。このプロジェクトは、メンタルサービスのパーソナライズ化のみならず、セラピーを担う臨床心理士の時間の効率的な運用や、医療費削減にも効果が大きいとされ、メンタルヘルスサービスへのアクセスを大きく改善するものと期待されています。

[英国で進むDTx導入から考えること]
英国においては、メンタルサービスの大きな柱がCBTであることが、DTx普及の背景にあると考えます。CBTは体系化されており、フォーマットに則って提供する心理療法です。従来からコンピュータを活用したCCBTが積極的に用いられてきたことからも、CBTという心理療法とデジタル化との親和性の高さを改めて感じます。

DTxの真の価値は、単にアナログのフォーマットをデジタル化することにあるのではなく、DTx提供時に個々人のデータを取得し、蓄積したデータから、医療の個別化を実現していくことのできる可能性にあるのではないかと考えます。このことは同時に、個々人のデジタル化された膨大なデータをいかに安全に適切に管理するのかという新たな課題も提起します。

更に、DTxが真の価値を発揮するためには、DTxを十分に理解しDTxの力を最大限引き出すことのできる人材の育成も重要であると考えます。DTxは患者の能動的な参加が求められることから、処方やフォロー時の患者とのやりとりに一定の時間を確保することが必要になるのではないかと思われます。
DTxの普及は、臨床のあり方を想像以上に変えていく可能性があると考えます。

参考資料

https://www.digitalhealth.net/2019/08/uk-university-first-embed-digital-therapeutics-into-curriculum/

https://www.digitalhealth.net/2019/10/silvercloud-and-microsoft-apply-ai-smarts-to-digital-therapeutics/


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