医療機関主催のハッカソンが広げる、デジタル治療薬「創薬」の機会―松村雅代の「VRは医療をどう変える?」(13)

https://medicalai.m3.com/news/200518-series-matsumura13
※本記事は、2020年5月18日(月) m3.com AIラボ公開の記事になります。

今回は、VR・AR[本橋1] を活用したデジタル治療薬の開発を加速させる、医療機関主催のハッカソンについてお伝えします。

ハッカソン(Hackathon)とは、ハック(Hack)とマラソン(Marathon)を掛け合わせた造語です。エンジニア、デザイナー、プランナーなどがチームを作り、与えられたテーマに対し、それぞれの技術やアイデアを持ち寄り、短期間に集中してサービスやシステム、アプリケーションなどを開発し、成果を競う開発イベントです。2005年頃に米国のIT企業で考え出されたと言われ、日本でも2013年頃から話題となり開催されるようになりました。COVID-19の感染拡大の影響でイベントの自粛が続く中、日本では下火になっている印象ですが、ハッカソン・プラットフォームといわれるサイト(例 DEVPOST (https://devpost.com/))には、数多くの様々なオンライン・ハッカソンがリストアップされ、多くの応募者を惹きつけています。

【医療機関が主催するVRハッカソン】
VR・AR に特化したThe Virtual Medicine Conference 2020 Online Hackathon (https://vmed2020.devpost.com/)は、The Virtual Medicine Conference 2020( vMed20: https://www.virtualmedicine.health/)の一環として企画されました。このカンファレンスは、米国ロサンゼルスのCedars-Sinai Medical Center(https://www.cedars-sinai.org/)のVR臨床研究チームが運営しており、2018年から開催されています。今回のオンライン・ハッカソンは、2019年12月から2020年3月までの2カ月余りで、医療用VR ARサービスのプロトタイプを完成させるというもので、世界各国から270名が参加しました。

ハッカソンのスポンサーには、医療VRの草分けであるAppliedVR社(https://appliedvr.io/)、VRを基盤としたオンライン診療サービスで注目を集めるXRHealth社(https://www.xr.health/)などの企業に加え、Stanford Children’s Health (https://www.stanfordchildrens.org/en/innovation/chariot)で小児向けの疼痛・不安軽減を目的としたVRを推進してきたスタッフが立ち上げたNPOであるCHARIOT KIDS (https://www.chariotkids.org/)や、Boston Children’s’ Hospital(http://simpeds.org/)などの医療関連機関が名を連ねています。秀逸なプロトタイプとして選抜されると、賞金やスポンサー企業の支援だけでなく、スポンサー医療機関で臨床研究を行う機会を手にすることができるのです。プロトタイプが紹介されているのは9チーム(https://vmed2020.devpost.com/submissions)で、日本からは医師が制作した”AR navigation system for priming ECMO (https://devpost.com/software/ar-navigation-system-for-priming-ecmo)”がランクインしています。 9チームのうち、7チームがデジタル治療薬(患者向け)を手掛けています。そのうち、2チームは作業療法領域の上肢(主に手・指)のリハビリ、5チームはメンタル領域(ADHD, うつと不安、自閉症、学習障害など)という内容でした。

私が特に興味深いと感じたアプローチは、EDVR(https://devpost.com/software/edvr)とAutismVR(https://devpost.com/software/vr-for-cbt)です。いずれも、患者と患者家族が制作した作品です。EDVRは学習障害を持つ子供を対象にしたVRゲームで、①どのタイプ(読字障害、書字障害、算数障害など)の学習障害なのかアセスメントを行い、②タイプに応じたリハビリテーションを行うことを目的としています。開発者自身が学習障害を持ち、自身のニーズを基盤に開発を進めています。AutismVRは、自閉症の子供がアイコンタクトの重要性を理解し、実践できることを目的としたものです。様々な日常生活の場面に子犬が登場。目を合わせると子犬は喜び、目をそらせると悲しそうにうなだれます。開発者は自閉症の息子を持つ父親です。

医療機関が主催するハッカソンという場で、医療サービスの受け手(患者側)が、治療の具体的な選択肢(デジタル治療薬のプロトタイプ)を、臨床研究のフィールドと知見を持つ医療提供側に直接提案することができるという、「新たな創薬」の機会が生まれているのです。

【デジタル治療薬におけるVR】
CBInsights (https://www.cbinsights.com/)の調査によると、世界のデジタル治療薬の市場規模は2019年の20億ドル弱から、25年には90億ドル近くに達すると予想されています。デジタル治療薬の多くは、スマートフォンやタブレットを基盤としています。これらの機器は普及率が高いことから、医療サービスの受け手にとっても提供者にとっても導入のハードルが低く、市場拡大が見込まれると考えられ、大手製薬企業も関心を示すようになっています。スタートアップ企業が開発し、大手製薬企業が提携や買収で市場を広げるという流れが注目されているのです。大手製薬企業との提携が解消されると、提携の対象となったデジタル治療薬や開発企業の価値は大きく低下します。大手製薬企業が関心を持つに値する市場規模と成長スピードが見込めなければ、存在意義を疑問視されかねないとも言えるでしょう。

一方、VRを基盤としたデジタル治療薬は、機器の普及がこれからという段階で、現時点では市場の急激な成長を見込むことが難しく、大手製薬企業が提携を検討しにくいという状況にあります。それでも、XRHealth社などの企業はFDA承認(米国)やCEマーク取得(EU)を着実に進めており、2020年3月5日に開催されたFDAの” Public Workshop - Medical Extended Reality: Toward Best Evaluation Practices for Virtual and Augmented Reality in Medicine”(https://www.fda.gov/medical-devices/workshops-conferences-medical-devices/public-workshop-medical-extended-reality-toward-best-evaluation-practices-virtual-and-augmented#event-information)でも、デジタル治療薬の開発企業からの発表が相次ぎ、多くの関心を集めました。私はライブ中継を視聴していましたが、会場の熱気と一般の方々からの期待の大きさとが強く印象に残っています。今回のハッカソンは、VRを基盤としたデジタル治療薬の可能性を具体的な形とし、現場のニーズに応えるサービスへと育む道筋を示した、力強い一歩であると考えます。

[参考資料]
How a dose of virtual reality could change healthcare in the next decade - Insights from this year's Virtual Medicine Hackathon (2020.5.1.)
https://www.pistoiaalliance.org/blog/vr-hackathon/

日本経済新聞(2020.2.17)
https://r.nikkei.com/article/DGXMZO55617290U0A210C2000000

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