診断に活用されるVR - 脳震盪による慢性外傷性脳症からアスリートを守れ!―松村雅代の「VRは医療をどう変える?」(6)

https://medicalai.m3.com/news/191025-series-matsumura6
※本記事は、2019年10月25日(金) m3.com AIラボ公開の記事になります。

第6回目となる今回は、疾患の診断に活用されているVRサービスを紹介します。
2019年9月20日に開幕した、ラグビーワールドカップ2019日本大会は、大きな盛り上がりを見せています。ラグビーの魅力の一つは、激しいコンタクト(タックル等の際の、格闘技さながらの身体接触)。怪我の原因になることも多く、特に、ハイタックル(首から上へのタックル)やショルダーチャージ(相手を地面から持ち上げるようにしてぶつかり、上半身や首、頭から地面に落とすような形にするタックル)は危険が高く、イエローカードやレッドカードの対象となります。10月11日時点で、ワールドカップ(W杯)史上最多の6枚のレッドカードが既に出されています。その背景にあるのが、W杯を統轄するワールドラグビー(WR)による「危険なプレー(ハイタックルやショルダーチャージ)」に対する判定の厳格化です。脳震盪等の頭部へのダメージが引き起こす、長期にわたる深刻な事態が明らかとなり、予防の重要性が広く認識されるようになったのです。
深刻なダメージの一つが、慢性外傷性脳症(chronic traumatic encephalopathy (CTE))です。脳震盪を繰り返すことが原因となることが知られており、CTEは記憶力減退や認知症や抑うつ(希死念慮を含む)等、様々な症状を呈し、現時点で有効な治療法はないとされています。2017年7月JAMA(米国医師会雑誌)に「元アメリカンフットボール選手の9割にCTEが認められた(死後に提供された202人分の脳標本を分析し、神経病理学的に診断された)」との論文(https://jamanetwork.com/journals/jama/fullarticle/2645104)が掲載され、大きく注目されました。202人はいずれも生前に何度も脳震盪を起こし、頭痛や物忘れ、抑うつ症状等に悩まされていたと報告されています。CTEと診断された177人の平均死亡年齢は66歳で、うち18人の死因が自殺だったのです。

(中見出し)脳震盪を検知するVRサービス
脳震盪の可能性が疑われる場合、医学的な対応が必要となりますが、スポーツ中の軽度な脳震盪を正確に診断することは容易ではありません。脳震盪の診断は、特有の症状(意識消失等)や兆候(認知機能の異常を含む)の有無で行われています(注1))。しかし、軽度な脳震盪は、症状や兆候を伴わない場合も少なくないのです。
症状が兆候を伴わない脳震盪の診断に有効な手段の一つが、アイトラッキング・テストの活用です。2006年、脳震盪の評価指標として、動眼神経の障害(目標物を追視する機能が障害される)が有効であるとの研究結果が発表され(https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/17055156)、臨床への応用が進められてきましたが、当初の検査機器は大型で、試合会場に持ち運ぶことが出来ず、アイトラッキング・テストを実際に活用することは現実的ではありませんでした。試合会場での活用の道を拓いたのが、米国で開発されたVRだったのです。
2014年、Brain Trauma Foundation (https://braintrauma.org/) の支援を受け、SyncThink社がEyeSync(https://syncthink.com/product/)というVRサービスを開発しました。被験者は、VRゴーグルを装着し、目の前を動く赤い円を目で追っていきます。異常の有無は、VRゴーグルと連携しているタブレットのプログラムが分析します。脳震盪の場合と正常な状態とのアイ・トラッキングの軌跡の違いは極めて明確です(http://braintrauma.org/concussion?tab=3)。EyeSyncは持ち運びが容易で、しかも60秒で脳震盪の検出が可能です。NBAチームや大学のスポーツチーム等での導入が進み、選手の安全確保とより高いパフォーマンスの実現に貢献しています。ちなみに、EyeSyncはFDA認証を取得済で医療機器として認証されています。
EyeSyncに関する動画: https://syncthink.com/athletes/

(注1)W杯2019日本大会で実施されている、ビデオレビューを含めたHead Injury Assessment (HIA)プロセス(http://www.playerwelfare.worldrugby.org/concussion)。等


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