VRなどデジタル機器を使った治療「DTx」、世界では規制側も開発・普及を後押し―松村雅代の「VRは医療をどう変える?」 (4)

https://medicalai.m3.com/news/190820-series-matsumura4
※本記事は、2019年8月20日(火) m3.com AIラボ公開の記事になります。

第4回目の今回は、治療を目的としたVR(を含むXR)の健全な発展と普及に欠かせない、安全性と質の担保について見ていきましょう。

2019年4月に興味深いレポートが発表されました。「VR元年」と言われた2016年当時に設立されており、理学療法VRサービスで注目を集めたVR企業4社のその後を伝えるものです。順調に成長を続ける2社と資金調達で躓いた2社とで大きく明暗が分かれました。分岐点となったのは、FDA認証(米国)やCEマーク(EU)を取得できたか否かでした(詳細は、MoguraVR掲載の松村の記事をご参照ください https://www.moguravr.com/vr-ar-medical-9/)。

「治療を目的としている以上、安全性を担保するためにも医療機器としての承認を目指すことは当然。承認を得られなかったサービスは、そもそも医療機器として利用するレベルに達していないのでは?」と思われる方もいらっしゃるでしょう。しかしVR(を含むXR)企業の多くは経営規模の小さなスタートアップで、医療機器申請の専門家のアドバイスを得ることが難しい場合も少なくないのです。承認を得るまでのプロセスがわかりやすく、審査が迅速であるかどうかが決定的となる場合もあるのです。

VRを含め治療を目的としたデジタル機器は、Digital Therapeutics(DTx,、デジタル療法)という分野に分類されます。DTxとは、スマホのアプリやIoT機器、VRなどのデジタルサービスを治療介入に活用するもの。MarketWatch社が2019年4月に発表したレポートによると、全世界のDTxの市場規模は、2018 年にはUSD 18億2294万、2025年にはUSD 71億2370万に達すると予想されています。市場を牽引しているのは米国。その背景には、官民を挙げた「承認プロセスの改革による、柔軟で迅速な審査を推進する努力」があります。アメリカ食品医薬局(FDA)等がDTxの医療機器承認を積極的に行っていること、そして、Digital Therapeutics Alliance(DTA)を初めとする民間の非営利団体が安全性と質の担保に大きな役割を果たしているのです。

[FDA等規制側の対応]
2019年1月、FDAはDigital Health(DTxとほぼ同義)の審査に関する新たな規制の枠組みの概要を発表しました。その柱の一つが、Digital Health Software Pre-certification Program(https://www.fda.gov/media/119724/download)です。従来、FDAの審査の対象は、あくまでも個々の製品を対象としたものでした。このプログラムでは、頻繁に更新されるソフトウエアの特性を踏まえ、個々の製品ではなく、製品の開発者を対象とした審査と評価を行うということがポイントです。

最初にDTxが医療機器として承認されたのは2010年。WellDoc社による2型糖尿病患者向けの治療補助アプリでした。FDAの既存の規制の枠組みは、血管内に挿入するステント等、人体への侵襲性が高いことを前提としたもので、技術革新のスピードが速く、人体への侵襲性が低いDTxには、適したアプローチではありませんでした。

「デジタルツールが急速に進化しており、この有望な技術革新のペースを維持するために、FDAは規制の枠組みを近代化しなければならない」という強い意志の下、FDAは2017年にDigital Health Innovation Action Plan(https://www.fda.gov/media/106331/download)を発表し、Digital Health Software Pre-certification Programのパイロット版、FDA Pre-Cert for Softwareを立ち上げて運用を開始したのです。また、Federal Trade Commission(連邦取引委員会)もアプリ開発の時点で、サービス提供にあたり関係する法令にはどういったものがあるのか簡単に確認できるツール(Federal Trade Commission (FTC) Mobile Health Apps Interactive Tool https://www.ftc.gov/tips-advice/business-center/guidance/mobile-health-apps-interactive-tool)を準備し、DTxの開発と普及を後押ししています。

[民間の動き]
科学的なエビデンスに基づいた高品質の製品やサービスの開発を支援する組織の立ち上げも相次いでいます。2017年に設立された国際的な非営利団体DTA(https://www.dtxalliance.org/)と2019年に設立された専門家で構成されるDigital Medicine Society(DiMe)(https://www.dimesociety.org/)。 DTAは、「臨床の質と医療経済的なメリットを促進するため、患者・医療提供側・支払側を対象とする、高品質で科学的なエビデンスに基づくDTxへのアクセスを拡大する」というビジョンを掲げ、DTxを開発する企業等の組織を対象とした支援を行っています。一方DiMeは、「人間の健康を最適化するためにDigital Medicineの進化を牽引する」というビジョンの下、専門家個々人に対する研究、教育、ベストプラクティスの推進等のサービスを提供することでDTxの開発を支援しています。

[日本の動き]
2019年8月現在、規制側である医薬品医療機器総合機構(PMDA)にFDAを追随するような動きがあるという情報は得ておりません。一方、民間としてはHoloeyes株式会社、株式会社シェアメディカル、そして弊社 株式会社BiPSEEの医療スタートアップ3社が、2019年6月に「Regulatory Hacks~医療の規制と上手な付き合い方~」というコミュニティーを立ち上げました。背景には、時間とお金の限られるスタートアップ企業は、低コストで、迅速に承認、認証を取得してサービス提供を開始することが重要なのですが、最新ITテクノロジーを理解している薬事コンサルタントは数少なく、高額な費用がかかる上に、スタートアップのスピードについて来てくれない場合も散見され、結果として秀逸なアイデアや技術をサービスとして提供できないという状況を自ら打破したいという強い思いがあります。ITを牽引するプログラマーの文化であるオープンソース、シェアの手法で情報を共有し、企業同士が協力することで現状を打破する基盤となることを目指しています。6月12日に初回のイベントを開催し40名の方にご参加頂きました(https://regulatoryhacks.peatix.com/?lang=ja)。次回は9月20日(金)に開催を予定しています。治療を目的としたVR(を含むXR)の安全性と質の担保と普及への着実な一歩にできればと考えています。


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