VRによる疼痛治療の進化 - 新たなアプローチとエビデンス重視の方向性-―松村雅代の「VRは医療をどう変える?」(19)

https://medicalai.m3.com/news/201204-series-matsumura19
※本記事は、2020年12月3日(木) m3.com AIラボ公開の記事になります。

2020年11月、米国Applied VR社(https://appliedvr.io/ )が、慢性疼痛を軽減するEaseVR (https://youtu.be/6VFvHmeP330 )でFDAの医療機器承認を取得したことが報じられました。このニュースは2つの意味で興味深いと私は感じています。まずは、EaseVRが慢性疼痛患者の心理・社会的な要因をターゲットとするアプローチであること。そして、「患者を対象とするVRは医療機器認証を得るレベルのエビデンスが必要」という流れを方向付ける象徴的な出来事と感じられたことです。

[疼痛に対するVRの新たなアプローチ]
医学領域でVRが活用されるようになった最初のきっかけは、2000年にUniv. of WashingtonのHoffmanらがPain誌に発表した、VRゲームを重度熱傷患者に用いた症例報告でした。オピオイドでも耐えられない熱傷治療の痛みをVRが劇的に軽減したことが、大きな驚きを持って受け止められたのです。以来、VRの疼痛緩和効果は、その圧倒的な没入感で実現されるDistraction (気をそらす)にあるとされてきました(その主な基盤となるのは、Control TheoryとCapacity Theory of Attentionであることを第5回(https://medicalai.m3.com/news/190924-series-matumura5)でお伝えしました)。

Applied VR社のEaseVRにはDistraction機能もありますが、行動療法を活用した患者の行動変容を目指す「自己管理型VRプログラム」であることが特徴です。その柱は、疼痛のメカニズムについて患者が学び(教育)、自分自身で疼痛をコントロールするスキルを身に付ける(トレーニング)という2つの要素です。基盤となっているのはStanford Univ.のDarnallらが行った、慢性疼痛(腰痛と線維筋痛症)の18-75歳の97人を対象としたRCTの結果です。対象者を①VR群、②オーディオ群(VRの音声部分を抽出して聴く)に分け、21日間それぞれのプログラムを実施しました。両群とも高い満足度(VR 83%,、オーディオ 72%)が報告されましたが、疼痛、睡眠、気分の改善効果については、VRの有効性が有意に高いという結果でした。Darnallらは、「スキルの習得と疼痛自己管理の自己効力感の向上を通じて持続的な疼痛緩和を実現できるかどうか」を検証することが、今後の課題だと論文を結んでいます。

慢性疼痛に心理社会的な要因が大きく関与することは既知の事実であり、行動療法が有効であることも知られています。VRにより、自ら痛みをコントロールする体験がより深まり、意識に強く刻まれることで、最も効果的な行動療法を実現できることを示したものと私は理解しています。

[必要条件となった、医療機器認証レベルのエビデンス]
VR元年と言われた2016年、医療VRの旗手として注目されたのがApplied VR社でした。入院患者の治療に伴う不安や痛みを軽減するというサービスで、Cedars-Sinai Medical Center (https://www.cedars-sinai.org/)などの研究病院に導入されました。GearVR(スマホVR)で提供され、コンテンツは3DCGの風景やゲームでした(https://youtu.be/FngMOpI0qTo)。2017年の12月、私は同社のプログラムを体験する機会を得ました。某大学病院の術後患者の疼痛軽減目的に、ある企業が試験的に導入したのです。10種類ほどのコンテンツを視聴できるパッケージでしたが、そのほとんどはGearVRの一般向けコンテンツからピックアップされたもので、「この程度のコンテンツを医療VRと言い切るのは、無理があるのではないか」と私は感じました。

2018年、VRHealth社(現 XRHeath社 https://www.xr.health/ )が、世界で初めて、リハビリテーションVR (VRPhysio)でFDA認証とCEマークを取得(それぞれ、5月と10月に承認)。科学的なエビデンスに裏打ちされ、明確に治療を目的とした医療機器としてのVRという領域が拓かれたのです。以降、治療を目的としたVRの医療機器申請・認証は増え、VRの「デジタル治療薬」が誕生しています。同時に、Applied VR社の存在感は急速に失われたように思われました。

2020年7月、Cedars-Sinai Medical Centerなどが運営するVirtual MedicineというNPO(https://www.virtualmedicine.health/ )のWebinarを視聴する機会がありました。メインスポンサーはApplied VR社で、前出のStanford Univ. Darnall博士の研究成果も発表されていました。Applied VR社は、研究を支援することで存在感を維持しようとしているのかと、同社のweb siteを見てみると、エビデンスを重視した方向性へと一新されていました。後発のXRHealth社から遅れること2.5年で達成した、今回のFDA承認。患者を対象に治療効果をうたうVRにとって、医療機器として承認されるに足るエビデンスが必要条件となったことを示す、象徴的な出来事であるように感じられたのです。VRを活用したデジタル治療薬の開発を進める一人として、私自身、身の引き締まる思いで覚悟を新たにしています。

[参考資料]
#1. FDA Approval of Applied VR Virtual Reality for Chronic Pain https://healthiar.com/fda-approval-of-appliedvr-virtual-reality-for-chronic-pain 
#2. Self-Administered Skills-Based Virtual Reality Intervention for Chronic Pain: Randomized Controlled Pilot Study https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/32374272/


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