VR/ARでメンタルヘルスの治療を―松村雅代の「VRは医療をどう変える?」(22)

※本記事は、2021年4月16日(金) m3.com AIラボ公開の記事になります。

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)感染拡大による精神面への影響の深刻さは、2020年12月に公表された厚生労働省の調査(調査対象の6割以上が不安を感じている、など)や、厚労省と警察庁が2021年3月に発表した、2020年中の自殺に関する状況(自殺者数が11年ぶりに増加、女性・若年層で顕著、など)に如実に反映されています。

米国ではいち早くデジタル治療薬の有用性が注目され、2020年にFDA承認を取得したデジタル治療薬には、ADHDを対象としたタブレットアプリ(Akili Interactive社)、過敏性腸症候群を対象としたスマホアプリ(Mahana Therapeutics社)、慢性的な不眠症に対するスマホアプリ(Pear Therapeutics社)などがあります。さらに、Orex社のうつ病、アルコール依存症を対象としたスマホアプリなどは、FDAの緊急使用許可(Emergency Use Authorization:EUA)の対象となりました。

スマホアプリを活用したデジタル治療薬の存在感は大きく「誰もが持っているスマホで事足りるなら、VRを使うまでもないのでは?」と思われる方もいらっしゃるかもしれません。実際はどうなのでしょう。

VRの不安軽減効果、脳波で有意差あり
精神疾患の診断と治療法の評価は、主に質問紙などを用いた心理検査であるため、主観的な評価軸となります。例えば、ある抗うつ薬の薬事承認で用いられた主要評価指標はHAM-D17(Hamilton Depression Scale)、副次的な評価指標はMontgomery-Asberg Depression Rating Scale(MADRS)、Quick Inventory of Depressive Symptomatology Self Report(QIDS-SR)です。患者自身の主観的な評価は、回復を実感し、納得感を得るためには有用ですが、自覚できない変化を捉えることはできません。

Tarrant Jらの研究グループが行った、VRの不安軽減効果に関する研究では、360°映像を使ったマインドフルネスVRと休息とを比較しています。Generalized Anxiety Disorder-7(GAD-7)が8以上(全般性不安が中等度)の26人を、VR介入群 14、対照群12に分け、State-Trait Anxiety Inventory (STAI)と定量的な脳波測定でそれぞれの効果を測定しました。

STAIでは、両群とも改善を認め、有意な違いは見られませんでした。一方脳波では、VR介入群のみに高いβ波(18~30Hz、不安な状態や否定的思考に陥っている場合に出現)が減少し、低いβ波(12~18Hz, 意識的な思考の際などに出現)が高くなるという変化を認めました(有意差あり)。極めて限定的な研究ではありますが、主観的な評価項目だけでは、VRの持つ可能性を過小評価するリスクがあるように思われます。

2021年3月23日、ロサンゼルスの非営利病院グループ、Cedars Sinaiが主催するVirtual Medicineで、「The Evolving Role of VR in the Wake of COVID-19: Immersive Therapeutics for Post-Pandemic Mental Health」 と題したwebinar (https://www.virtualmedicine.health/webinar-series) が開催されました。 パネルディスカッションで印象的だった考え方が2つあります。まずは、VRゴーグルの持つ機能と頭部に装着するという特性を組み合わせたBiofeedback, Neurofeedbackの活用です。VRのマイクを利用して呼吸数を測定する、アイトラッキング機能で集中力を計測する、ジャイロスコープで心拍数を測定するなど、VRならではの工夫が拡がっています。Biofeedback, Neurofeedback機能は、治療効果を高めるだけでなく、遠隔であっても患者の状態を把握し、安全を担保できる手段としても有用です。2点目は、reality layeringという考え方です。つまり、スマホやVR/ARを別個のものとして分けるのではなく、その時の状態や気分に応じて、自由に選び、組み合わせるというアプローチです。

日本にデジタル治療薬が誕生して間もない今の時期は、スマホもVRも含め、できるだけ豊かな選択肢を生む基盤を創ることが大切なのではないかと感じます。

参考文献
・「新型コロナウイルス感染症に係るメンタルヘルスに関する調査の結果概要」厚労省 (https://www.mhlw.go.jp/content/12200000/gaiyou.pdf)
・「令和2年中における自殺の状況」厚労省・警察庁(https://www.npa.go.jp/safetylife/seianki/jisatsu/R03/R02_jisatuno_joukyou.pdf)
・Next Steps for Digital Therapeutics Market: Global Leaders Share Views on Permanency and Adoption (https://www.chiefhealthcareexecutive.com/view/next-steps-digital-therapeutics-leaders-share-views-permanency-adoption)
・Virtual Reality for Anxiety Reduction Demonstrated by Quantitative EEG: A Pilot Study (https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC6066724/)

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