世界初の「完全リモート解剖実習」、従来実習より効果的と評価―松村雅代の「VRは医療をどう変える?」(17)

https://medicalai.m3.com/news/200929-series-matsumura17
※本記事は、2020年9月29日(火) m3.com AIラボ公開の記事になります。

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の拡大は、医学教育にも大きな影響を及ぼしています。特に実習への影響は大きく、解剖実習も延期や期間短縮などを余儀なくされています。オンライン授業や自習教材の提供を行ってはいるものの、従来の解剖実習の質を担保することは難しいという声は多く聞かれます。そんな中、2020年9月17日発行のJAMA Network Openに掲載された論文では、「従来の解剖実習以上に効果的」と学生が評価する、完全リモートの解剖実習が紹介されています (#1)。質の高いリモート解剖実習を実現したのは、HoloAnatomy。Microsoft社のHoloLensを基盤とし、Case Western Reserve University (CWRU)で開発された解剖実習用のMixed Realityです。

[HoloAnatomyとは]
開発が始まったのは、HoloLensのプロトタイプが登場した2015年4月。CWRU Medical Schoolの放射線科教授でCWRU工学大学院の生物医学工学分野の准教授でもあるMark Griswold博士が、患者のMRI画像を3D化するHoloLensに、大きな可能性を見出したことがきっかけでした。Griswold博士がリーダーとなったCWRU開発チームは、HoloLensの最初のパイロット試験のパートナーとなり、解剖実習アプリHoloAnatomyを開発したのです。

[HoloAnatomyによる解剖実習]
2016年秋、ご遺体の解剖を数週間経験した医学生に対しHoloAnatomyが初めて試験導入されました。従来の解剖実習と同様、学生は実習室に集まり、数名のグループでHoloAnatomy解剖を行うというスタイルです。実際の患者の画像データから構築されたHoloAnatomyは、筋肉、血管、神経の走行などの細部をつぶさに確認することも容易で、360°どの角度から臓器を観察することも可能。アンケートでは、85%の医学生が「ご遺体の解剖では得られない学びをHoloAnatomyから得ることができた」と回答しました(#2)。Griswold博士らは、従来の解剖実習(ご遺体の解剖)とHoloAnatomyを用いた解剖実習の学習効果を比較する無作為試験(解剖学の試験結果を比較)を実施し、HoloAnatomyが従来の方法と遜色ない学習効果を持つことを確認(#3)。HoloAnatomyは、2018年から本格的に導入されています。

[医学生の支持を集めた、完全リモートのHoloAnatomy解剖実習]
2020年3月11日、WHOがCOVID-19の感染拡大はパンデミックの状態にあると宣言し、キャンパスでの授業継続が困難となりました。同日、大学側はHoloAnatomy解剖実習を完全リモート化して継続することを決断し、対象となる医学生全員185名(女性95名、男性90名)の自宅宛にHoloAnatomyを搭載したHoloLensを発送したのです。3月24日、教授陣も学生も、全員が自宅から参加して、ZoomとHoloAnatomyを駆使した初めてのオンライン解剖実習が実施されました (#4)。大きなトラブルなく、5月下旬に185名全員が解剖実習を修了しています。前出のJAMA Network Openの論文によると、アンケートに回答した177名中[宮内1] 143名(81%)が、完全リモート解剖実習を高く評価し、対面式のグループ実習に引けを取らないと回答しています。102名(58%)は、選べるなら完全リモートを選びたいとの意見でした。リモートセッションの利点について答えた131名の回答を分析したところ、[宮内2] 主な理由は「自分のペースで学習できる」が67名 (51%)、「人体モデルを観察できる十分なスペースを確保できる」が32名(24%)でした。

[HoloAnatomyがもたらすもの]
 医学生にとってご遺体を解剖する解剖実習は、人の命に携わる医師という仕事を初めて肌で実感する貴重な経験です。ご遺体ではなく、Mixed Realityと向き合う解剖実習に違和感を覚える方も少なくないかもしれません。しかしながら、HoloAnatomyがもたらすメリットの大きさは計り知れないというのも事実です。今回、図らずも実施された完全リモートのスタイルは、時間と場所の制約という従来の解剖実習の課題を解決し、理解を深めたい部分を繰り返し解剖することも可能にしています。さらに、HoloAnatomyによる解剖実習は、ご遺体の確保と保存に必要な管理コストと比較すると安価であり、COVID-19で浮き彫りになった世界の医学教育格差を改善する役割も担うことが期待されます。

全くの私見ですが、HoloAnatomyの価値は、HoloAnatomyに魅せられ、解剖実習に夢中で取り組む学生自らが創り出していくのではないかと私は考えています。15年前の初夏、私はCWRU Medical Schoolのclinical clerkshipに参加するため、医学生のアパートに滞在しました。医学生は解剖実習を終えたばかりの夏休み。彼女とその友人に身体診察を教えて欲しいと言われ、3人で腹部診察を始めました。「clinical clerkshipが始まってから、改めて解剖実習をしたいと思うことない?」「現場に出ると、改めて確認したいことってきっと出てくるよね」彼らの言葉にハッとしました。このようなニーズをHoloAnatomyが満たし、そこから新たなアイデアが生まれ、医学教育を進化させていくという流れの起点に私たちは立っているのかもしれません。

[参考資料]
#1
Assessment of Mixed-Reality Technology Use in Remote Online Anatomy Education
https://jamanetwork.com/journals/jamanetworkopen/fullarticle/2770727

#2
Learning Human Anatomy with Microsoft HoloLens

https://www.youtube.com/watch?v=tMRq_RCCuoc

#3
Mixed Reality Anatomy Using Microsoft HoloLens and Cadaveric Dissection: A Comparative Effectiveness Study
https://link.springer.com/article/10.1007%2Fs40670-019-00834-x

#4
HoloAnatomy in the Time of COVID-19
https://www.youtube.com/watch?v=4PEUU2EhOk0

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