治療抵抗性の統合失調症の幻聴に対する「アバター」での治療療法―松村雅代の「VRは医療をどう変える?」(20)

https://medicalai.m3.com/news/210106-series-matsumura20
※本記事は、2021年1月6日(水) m3.com AIラボ公開の記事になります。

今回は、統合失調症に対するVR治療についてお伝えします。カナダのUniversity of Montrealの研究チームは、「幻聴アバター」を作成し、患者がアバターとやり取りをすることにより症状を改善することを目的とした治療法を開発しています。本人が抱える問題を、アバターという形で外在化するというアプローチであり、注目されます。「アバター療法」の内容と現時点での奏効率の可能性、そして課題についてお伝えします。

[背景]
統合失調症は、幻覚や妄想という症状が特徴的な精神疾患です。発症は10代後半から30代が多く、有病率は1%と言われています。聴覚性言語幻覚(auditory verbal hallucinations [AVH])、いわゆる幻聴は、最も苦痛を伴う症状の一つです。薬物療法が中心となりますが、十分な反応を示さない(治療抵抗性)患者は約30%にのぼると言われています。「アバター療法」は、治療抵抗性の統合失調症に対する新たな心理療法として開発が進められています。

[アバター療法の実際]
最大の特徴は、①患者のイメージに基づいた幻聴アバターを作成し(個別化医療)、②主治医が演じる幻聴アバターと患者が会話をすることで回復をめざす(患者の自律性重視)という点です。1回60分のプログラムを1回/週の頻度で9回実施という構成で、初回は、幻聴アバターの作成に充てられます。患者は、自身が最も苛まれている幻聴を1つ選びます。主治医は、制作ツールを使い、患者が語る幻聴のイメージに沿った外見や声音をできるだけ忠実に再現したアバターを完成させます。次回以降取り上げるテーマを決め、初回は終了します。

2回目以降は、主治医が患者の幻聴の状況とセッションで取り上げるテーマを確認し、幻聴アバターと話をするよう患者を促します。アバターを演じるのは主治医です(主治医の声は自動的にアバターの声に変換されます)。主治医は、アバターを演じながら、感情のコントロールや自尊心の回復へと患者を導くべく、VR空間で会話を進めていきます(5-25分)。その後、患者は主治医とアバターとの会話を振り返り、やりとりによって得られたことや次回のテーマについて話し、セッションは終了します。

2020年12月8日現在、臨床研究に参加した患者は38名で、その40%に幻覚・妄想症状の改善を認めました(The Psychotic Symptom Rating Scales-Auditory Hallucinations [PSYRATS-AHS]による評価)。レスポンダー群では、実施後3か月後の評価で、更なる改善が見られました。現在、研究チームでは、レスポンダー群と非レスポンダー群を比較し、奏効率の予測解析を進めています。現時点では、予測因子として
① 教育:学歴が高いほど奏効
② 陽性症状の程度:組入れ時の陽性症状(幻覚・妄想・思考障害)の程度が低いほど奏功
という結果が出ています。

[可能性と課題]
私は発達障害外来を担当していますが、初診で統合失調症が鑑別診断にあがる場合もあります。精神科医へのコンサルトを経て、統合失調症と診断された方々には、幻覚や妄想で自我境界があいまいとなることへの強い恐れを認めました。自身を苛む、最も厄介な幻聴に「アバター」という形を与え、自分とは別の存在であると認識する(外在化する)ことで、本人は一定の安堵感を得ることができるでしょう。幻聴であるアバターと話をすることは大きな挑戦ですが、信頼できる主治医に見守られた環境という安心感で一歩を踏み出すと、主治医が演じるアバターとの間で何らかの前向きなやり取りを「体験」することができるのです。勇気をもって踏み出した一歩で、前向きな結果を得る経験を重ね、自律的で自己肯定的な行動が強化されると考えます。

アバター療法の普及には、効果と効率化の両立が必要でしょう。研究チームでは、奏効率の予測解析に加え、患者とアバターの会話データを集積して機械学習のプロセスを進め、現在主治医が行っているアバターの操作をAIで代替する計画を進めています。主治医が寄り添い見守るという安心感をAIがどこまで代替できるのか、関心を持って注視していきたいと思います。

[参考資料]
#1. Predictive analysis of the responders of avatar therapy in treatment-resistant patients with schizophrenia, https://www.virtualmedicine.health/vmed20-accepted-abstracts
#2. Best Clinical VR Research of 2020 Winners of the Cedars-Sinai VMed Research Competition https://www.virtualmedicine.health/webinar-series 
#3. Clinical Guidance on the Identification and Management of Treatment-Resistant Schizophrenia, https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/30840788/

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