VRで見えてきた、緑内障患者のQOL向上の具体策―松村雅代の「VRは医療をどう変える?」(12)

https://medicalai.m3.com/news/200415-series-matsumura12
※本記事は、2020年4月15日(水) m3.com AIラボ公開の記事になります。

今回は、School of Health Science, University of Londonの研究チームによる、VR・ARを用いた緑内障の病態シミュレーションについてお伝えします(資料1)。

緑内障は、日本においても中途失明原因の第1位(28.6%)(資料2)を占め、40歳以上の5%、70歳以上の10%が発症しており、推定患者数は400万人以上と言われています。一方、症状を自覚しにくいことから患者の9割は未発見・未治療といわれています(資料3)。一旦障害された視機能が回復することはないため、視野障害の範囲や程度によるQOLの低下を最小限に抑えることも重要な課題です。

従来の緑内障患者のQOL研究は、患者自身の主観的な訴えを定性的に分析するという方法で行われてきました。具体的には、視覚に関連した健康関連QOLを測定する尺度、The National Eye Institute Visual Function Questionnaire(NEI VFQ)を用い、patient-reported vision-related quality of lifeを検証するというものです(資料4)。緑内障は、水平経線を挟んで上半視野あるいは下半視野から障害が生じますが、下半視野障害の方がよりQOLを阻害するという結果が報告されています。しかしながら、QOL低下を抑える具体的な方法を見出すには至っていないように思われます。

VR・ARを用いた緑内障の病態シミュレーションによる定量的な分析は、視野障害を補完するデザインの構築等、QOL向上の具体策実現の可能性を示唆しています。

【VR・ARシミュレーション試験】
通常視力を持つ23人の成人(18~40歳)が参加。実際の緑内障患者の視野測定データに基づいた視野障害を再現(上半視野障害と下半視野障害)し、日常的な2種類のタスクを完了する時間を測定するというものです。第1のタスクは、VRで構築した様々な環境の中で「携帯電話の探索」、第2のタスクは障害物や壁を設けた「迷路」という課題です。VRゴーグル[長倉1] は、第1のタスクには、アイトラッキング機能を搭載した「Fove 0」を、第2のタスクには、「HTC Vive」を採用しました。いずれのVRゴーグルにも、近赤外線センサーとジャイロスコープセンサーが搭載されており、参加者の目と頭の動きを追跡し記録していきます。

1.「携帯電話の探索」タスクからの示唆(抜粋)
上半視野障害に比べ下半視野障害の方がタスク完了に有意に時間がかかり、従来の定性的な研究結果を裏付けるものでした。新たに得られた示唆は、視野障害なしとありとのタスク完了時間の差には個人差があり、その個人差は、視点の方向が関係している可能性でした。上半視野障害の場合は視点が下向きとなり、下半視野障害の場合は上向きとなる傾向は全ての参加者に共通だったのですが、視野障害の影響が小さい人ほど視点の方向は水平経線に近いという結果だったのです。

視野障害があっても、視点の方向をより水平に保つ習慣を身に付けることで、日常生活動作がスムーズになる可能性が示されています。また、予想外の場所(トイレの中や天井など)に携帯電話を置く、生活感を消し去った状態(家具や雑貨等がないなど)でタスクを行うという条件では、完了までにかなりの時間がかかりました。本人の行動の特性、馴染んだ動線を反映した住空間を構築することで、視野障害の影響を軽減できる可能性が示唆されました。

2.「迷路」タスクからの示唆(抜粋)
2種類の照度(256 lux(英国における通常のオフィス照明)と4 lux(英国における、夜間の歩行者照明標準)でタスクを実施したところ、視野障害なしでは照度の違いによる影響は見られませんでした。視野障害ありに関しては、256 luxに大きな違いは見られなかった一方、4 luxでタスク完了時間が大幅に長くなる(2倍程度)という結果でした(上半視野障害に比べ下半視野障害の方が顕著)。患者の活動空間の照度を一定レベル以上に保つことが、患者のQOL向上に繋がることを示唆しています。

【VR・AR活用の可能性】
本研究は、①市販されているVRゴーグルを採用し、②ゲームエンジンとして一般的なUnityをソフトウエア(OpenVisSim)に用い、③完全なコードベースをオンラインで公開する、ことで、より多くの研究者が、更なる開発を自由に進めることを推奨しています。欠損視野の補填や、視野障害の緩徐な進行を再現するなど、よりリアルできめ細やかなシミュレーションを実現することで、QOL向上の新たな視点を得ることができるかもしれません。

また、VR・ARは、有用なトレーニングツールとして、様々な分野で既に実績があります。上述の「視点をできるだけ水平に保つ」訓練を実装することも難しくないでしょう。今後VRゴーグルの小型化・軽量化が進むことで、臨床への応用に弾みがつくことを期待したいと思います。

[参考資料]

資料1
“Seeing other perspectives: evaluating the use of virtual and augmented reality to simulate visual impairments (OpenVisSim)”
https://www.nature.com/articles/s41746-020-0242-6
Demo
https://www.youtube.com/watch?v=LEGkGHwb_Fw

資料2
“Incidence and causes of visual impairment in Japan: the first nation-wide complete enumeration survey of newly certified visually impaired individuals”
https://link.springer.com/article/10.1007/s10384-018-0623-4

資料3
日本緑内障学会多治見緑内障疫学調査(通称:多治見スタディ)」報告
http://www.ryokunaisho.jp/general/ekigaku/tajimi.html

資料4
“Patient-Reported Vision-Related Quality of Life Differences Between Superior and Inferior Hemifield Visual Field Defects in Primary Open-Angle Glaucoma”
https://jamanetwork.com/journals/jamaophthalmology/fullarticle/1973975

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