VRで認知の歪み修正、摂食障害の治療可能性も―松村雅代の「VRは医療をどう変える?」(18)

https://medicalai.m3.com/news/201103-series-matsumura18
※本記事は、2020年11月3日(火) m3.com AIラボ公開の記事になります。

COVID-19が、XR(VR/AR/MRの総称)の普及を後押ししています。現在、世界中で約1億7000万人のVRユーザーが存在すると推定されており、今後3年でVRゴーグル等のハードウエアの販売は10倍になると予想されています。この背景には、「人と繋がる場」としてsocial VRを活用するという流れもあると言われています。Social VRとは、VR空間で、自分の分身であるアバターを通じ、コミュニケーションを楽しむことができるサービスの総称です。最近、イベントや会議でsocial VRを活用する場面も増え、サービス提供側が準備したデフォルトのアバターを利用した経験のある方も多くいらっしゃるのではないでしょうか。

アバターは、VR空間のツールという役割だけではなく、活用方法により、心理面に大きな影響を及ぼすことが報告されています。今回は、アバターの持つ心理面での影響と、医療領域におけるアバターの活用についてお伝えします。

[セルフアバターがもたらす、身体所有感と副次的効果]

VRの心理面や行動への影響に関する研究は、2003年に設立されたStanford UniversityのVirtual Human Interaction Lab(https://vhil.stanford.edu/)等が牽引しており、VR心理学として研究の裾野が広がっています。自身が操作するアバター上に身体的認知を示す感覚である身体所有感を人為的に転移できることが報告されており、その副次的効果として、臨場感の向上やアバターの外見に応じた心理的な影響が生じることが明らかになっています。

ただ、身体の動きを高精度にトラッキングしてアバターに反映することができる研究室の環境と比べ、市販のVRゴーグルとコントローラーの制約(頭部とコントローラーを持つ両手の位置しかトラッキングできず、アバターを自由に動かすことできるのは上半身のみ)を受けるsocial VR空間で、どの程度の身体所有感を持つことができるのか、明確ではありませんでした。

2020年、日本バーチャルリアリティ学会論文誌に掲載された論文で、セルフアバター(ユーザーが自己として一定時間以上用いるアバター。論文では、毎日1時間以上、1カ月30時間以上使用するアバターと定義されている)での活動は、他のアバター条件と比べ、ユーザーの身体所有感と臨場感を有意に向上させることが明らかになりました。参加者からは「セルフアバターでないと、かなり気分が悪くなった」「ヒトアバターは不気味に感じた」など、他のアバターに対して違和感を訴えるコメントも寄せられました。トラッキングの制約があっても、同一のアバターをコミュニケーションに用い続けることで自己同定が強く働き、自身のイメージにも影響を与えている可能性があると研究者は述べています。

医療領域で、セルフアバター効果が形成されることにより新たな価値を生みつつあると私が感じているプログラムがあります。本コラムの第10回(https://medicalai.m3.com/news/200224-series-matsumura10)で取り上げた、「AYA世代のがん患者に対する、social VRを使った集団精神療法」です。初回のパイロットスタディは、5名ずつのグループに分かれ、アバターを用い、45-60分のセッションに6回参加するという内容で、20名のがん患者が参加。研究リーダーであるYale School of Medicine のAsher Marks医師(腫瘍・血液内科を専門とする小児科の准教授)によると、参加者のほとんどが「気分が優れない時も、快適に参加することができる」「対面の集団療法で気になる感染リスクもない」などプログラムの合理性と利便性を高く評価しています。

さらに「自分自身をより投影できるアバターを選びたい」「social VRでのセッション終了後、参加メンバーと個別に会いたい」という強い要望も寄せられているということでした。セッションが進むにつれ、アバターと自己の同定化が進み、セッションでの満足感がより能動的な姿勢を生み出していると考えられます。現在、多施設共同の第2相試験に向け準備を始めているとのことで、今後の進展が期待されます。

[三人称視点が導く自己肯定的なボディイメージ]

また、スペイン・バルセロナ大学では、個々人のボディイメージをアバターとして具体化し、視点の違い(一人称視点と三人称視点)でボディイメージの受け止め方がどう変化するかというテーマで研究が行われました。

アバターとして具体化されたボディイメージは
① 本人が認識している自分の体形
② 本人が理想としている体形
③ 実際に計測した本人の体形
の3種類です。

参加者は、10人の男性と9人の女性、年齢は18-38歳のバルセロナ大学の学生。参加者は、3種類のボディイメージを一人称視点と三人称視点で体験した後、3種類のボディイメージの中でどれを選択したいか回答するというものです。加えて、摂食障害傾向を評価する2つの質問紙、Eating Disorder Inventory-2(EDI-2)とBody Shape Questionnaire-34(BSQ-34)が施行されました。施行の目的は、摂食障害傾向の高い学生を除外すること、試験の前後で参加者のデータの変化を確認すること、の2点です。EDI-2については、2つのサブ項目、痩せ願望(Drive for thinness)と体形に対する不満(Body dissatisfaction)を試験の前後で比較しています。

大きな変化を示したのは、女性のデータでした。「あなたの体形がこのアバターに似ているとよいと思いますか?」「このアバターの体形は魅力的だと感じますか?」という質問で、本人の実際の体形のアバターに対する評価が、三人称視点で有意に高くなったのです。また、EDI-2のサブ項目、痩せ願望と体形に対する不満のスコアは、有意に低下しました。研究者は、摂食障害の治療に活用できる可能性があると論文を結んでいます。

私は心療内科医として、入院を必要とする摂食障害の患者さんを専ら担当していた時期があります。患者さんの否定的なボディイメージや自身の体形の歪んだ認識は非常に強固で、十分にアプローチすることもできず、命の危険を回避するためとはいえ強引な治療を行わざるを得なかった場面を思いだすと、今も心が疼きます。

摂食障害に限らず、アバターを用いることで患者が三人称視点を得、客観視する力を手にすることは、多くの医療領域で大きな力を発揮するものと考えます。

[参考資料]
#1. AR and VR Headsets Will See Shipments Decline in the Near Term Due to COVID-19, But Long-term Outlook Is Positive, According to IDC
https://www.idc.com/getdoc.jsp?containerId=prUS46143720

#2. ソーシャル VR コンテンツにおける 普段使いのアバタによる身体所有感と体験の質の向上
https://www.jstage.jst.go.jp/article/tvrsj/25/1/25_50/_pdf/-char/ja

#3. Virtual Reality: Looking to the Future of Telehealth
https://www.managedhealthcareexecutive.com/view/virtual-reality-looking-to-the-future-of-telehealth

#4. Which Body Would You Like to Have? The Impact of Embodied Perspective on Body Perception and Body Evaluation in Immersive Virtual Reality
https://www.frontiersin.org/articles/10.3389/frobt.2020.00031/full 


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