VRで疼痛軽減、治療の不安や痛み和らげる効果も―松村雅代の「VRは医療をどう変える?」(5)

https://medicalai.m3.com/news/190924-series-matumura5
※本記事は、2019年9月24日(火) m3.com AIラボ公開の記事になります。

第5回目となる今回は、VR(バーチャルリアリティ)の疼痛軽減についてお伝えします。VRによる鎮痛効果が注目されるきっかけとなったのは、第1回(『手術や治療を支援、医師が語るVRの臨床応用(https://medicalai.m3.com/news/190513-series-matsumura1)』)でお伝えしたように2000年に米国のUIniv. of WashingtonのHoffmanらがPain誌に発表したVRゲームを重度熱傷患者に用いた症例報告でした。最初の試みからほぼ20年。疼痛軽減を目的としたVRは世界各地の先進的な医療機関で導入されています。例えば、イギリスでは、University Hospital of Walesが陣痛の軽減に活用しています(https://www.bbc.com/news/uk-wales-49280154?fbclid=IwAR1nqB8LEUSd1Euhn2yVBhsHxmO70XsFcMtkKprOu34w74YayqNgQjWABh4)。コンテンツは日本庭園や南極のペンギン等、自然の風景です。また、熱傷患者への摘要も広がっています(https://www.bbc.com/news/uk-england-south-yorkshire-43744009)。こちらのコンテンツはゲーム形式で、患者のより主体的な参加を促す内容となっています。

[Neurobiological Mechanism]
VRの疼痛軽減効果は、その圧倒的な没入感で実現されるDistraction (気をそらす)にあるとされています。基盤となっているのは、主にControl Theory(MelzackとWallが1965年に発表した、痛みの制御に関する学説)とCapacity Theory of Attention(1973年にDaniel Kahneman が1973年に発表した、注意の限界容量モデル)です。Control Theoryは、「痛みを単に末梢性侵害受容器から中枢への一方向の神経伝達による単純な知覚ではなく、触覚や温覚など他の感覚刺激や、気分や注意などの精神状態によっても影響を受ける複雑な知覚である」という解釈です(https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/6399756)。Capacity Theory of Attentionは、「私たちは必要な情報の選択と処理を行っている。作業や課題を行う時には,その難しさや遂行者の意図などに応じて処理資源である注意を配分するが,その注意の容量には限りがある。」という考え方です(https://scholar.princeton.edu/sites/default/files/kahneman/files/attention_hi_quality.pdf)。

McCaulとMalottは、人間の注意能力は限られており、痛みを伴うと感じるためには痛みを伴う刺激に本人が注意を払っているという状況が必要であると述べています。別の刺激に注意を払っている場合(例えばVRの強烈な没入感に注意を奪われている等)痛みを伴う刺激はあまり強く感じられないというものです(https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/18689052/)。VRの鎮痛効果の背景にあるneurobiological mechanismsに関する様々な研究が行われていますが、急性疼痛と慢性疼痛の違い等を含め、メカニズムの全容解明は途上という段階です。

[仮説: 自己効力感の力]
私が代表を務める㈱BiPSEEでは、2017年より治療や処置に対する小児患者の不安と痛みを軽減するAR/VRサービスの開発を進め、2019年5月よりサービスの提供を行っています(「BiPSEE医療XR」https://youtu.be/13ORDe0SyUw )。受診時に活用している小児患者の保護者からは、「医療機関受診に対する抵抗感が見られなくなった。」「診察室にスムーズに入室することができるようになった。」等の変化に加え、「日常生活でもしっかりしてきたように思う。」というコメントが寄せられるようになりました。

あくまでも現時点では仮説ですが、VRによる鎮痛効果は「自分で痛みをコントロールすることができた。」という自己効力感を高める効果が高く、そのことが患者の日常生活全般に前向きな変化を生み、行動変容を起こすことが期待できるのでないかと私は考えています。鎮痛薬の内服や貼付、鎮静等、従来の疼痛軽減のアプローチは医療側主導であり、必然的に患者は受け身となります。VRは患者が自らの治療に積極的に参加する起点となり得るのではないかと考えるのです。現場の声を丁寧に聞き取りながら、知見を深め、今後も発信を続けていきます。

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