DV加害者が被害者の視点を体験、VR治療の可能性―松村雅代の「VRは医療をどう変える?」(15)

https://medicalai.m3.com/news/200731-series-matsumura15
※本記事は、2020年7月31日(金) m3.com AIラボ公開の記事になります。

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の拡大後、外出自粛などのストレスを背景にドメスティックバイオレンス(DV)や虐待の増加が各国で報じられました。日本でも、全国の配偶者暴力相談支援センターに4月に寄せられた相談件数は1万3272件で、前年同月より約3割増となりました。根本的な解決には、被害者の保護や心身のケアだけでなく、加害者の行動変容を促すアプローチが重要であるとされています。DV加害者に対しては、欧米を中心に認知行動療法を基盤としたプログラムが実施されてきましたが、言語的暴力に対する効果は不明であること、脱落率が高いことなど、課題が指摘されてきました。

今回は、DV加害者に対する治療やリハビリテーションおけるVRの有効性について、お伝えします。

[「VRによる視点の転換」から生まれるもの]

「VRは究極の共感マシーンである」と言われます。VRで自分の視点が当事者の視点に転換され、一人称として当事者を体験することから生まれる共感の強さを表したものです。具体な活用例としては、認知症や統合失調症を体験するVRプログラムがあります。医学教育でも用いられ、より患者視点に立った医療の実現を後押ししています。「患者さんが実際に感じていることを理解したい」という高いモチベーションも、プログラムの効果を高めているように思われます。一方、DV加害者はDVの自覚がなく、自分は被害者という意識を持っていると言われています。DV加害者の治療にVRはどのように貢献できるのでしょうか。

スペイン、バルセロナ大学のAugust Pi i Sunyer Biomedical Research Institute (https://www.ub.edu/web/ub/en/recerca_innovacio/recerca_a_la_UB/instituts/institutsparticipats/idibaps.html)で実施された、DV加害者に対するVR研究が注目を集めています。

研究で用いられたDVのVRは、男性(夫や恋人などの親密なパートナーという設定)が帰宅する場面から始まります。男性が、被害者である女性に暴言を浴びせ、部屋にある固定電話を女性の近くの床に叩きつけ、威嚇する素振りで女性に近づいていく、というシーンを3DCGで表現しています。

2018年に論文で発表されたSeinfeld博士らの研究では、DV加害者の「偏った感情認識能力を改善する効果」が示されています。暴力的な傾向を持つ人々は、相手のネガティブ感情を表情から読み取ることが難しい傾向にあると多くの研究で指摘されています。DV加害歴のある男性群と加害歴のない男性群で比較したSeinfeld博士らの研究でも、DV加害歴のあるグループは、恐怖におののく表情を幸福感に満ちた表情と誤認する傾向を強く認めました。上記のVRで被害女性の視点を体験した後には、DV加害歴のある男性の多くが、恐怖におののく表情を正確に認識することができるようになったとのことです。

2020年5月に発表されたGonzalez-Liencres博士らの研究では、DV加害歴のない男性を対象に、上記のVRシナリオを被害者として体験する場合(一人称で体験)と第三者としてDV場面を目撃する場合(三人称で体験)とで比較しました。具体的には、

① VR体験中に、手掌の精神性発汗量の指標となる皮膚コンダクタンスと心電図からストレスレベルを測定
② VR体験の前後にGender Implicit Association Test (IAT)[ジェンダーに関する潜在的な態度を測定する試験]を実施
③ VR体験後に、体験の質や深さに関するアンケートを施行
④ VR体験後に個別インタビューを行う

でそれぞれの効果を比較するという内容です。結果は、被害者として(一人称として)DVを体験する方が、より効果的であるというものでした。興味深いのは、②Gender IATに関する結果でした。VR体験後、一人称体験グループにおいても、三人称体験グループにおいても、女性に対する偏見(女性が悪いなどの思考)の大幅な改善が認められたのです。

[今後の課題と可能性]

「VRによる視点の転換」をDV加害者の治療に本格活用するには、DV加害者を対象とした臨床研究の実施が必要であると考えます。DV加害者に特徴的な「感情認識能力の偏り」を修正し、DVの背景に存在する「意識下のジェンダー・バイアス」を是正する力をVRが持ち得ることは、大きな力となるでしょう。さらに、従来の治療アプローチと自由に組み合わせることができる柔軟性もVRの特徴であると考えます。

社会に存在する「被害者に非があるからではないか」という考え方が、間接的にDVを助長している側面もあると言われています。VRには、社会に対する啓発・教育ツールとしての役割も期待できると考えます。被害者としてDVを体験する「一人称体験」、第三者視点でDVを目撃する「三人称体験」、いずれも多くの示唆を与えてくれるのではないでしょうか。


[参考資料]
首相官邸閣議後定例記者会見
http://www.kantei.go.jp/jp/singi/tokyo2020_suishin_honbu/statement/2020/0522speech.html
Offenders become the victim in virtual reality: impact of changing perspective in domestic violence
https://www.nature.com/articles/s41598-018-19987-7
Being the Victim of Intimate Partner Violence in Virtual Reality: First- Versus Third-Person Perspective
https://www.frontiersin.org/articles/10.3389/fpsyg.2020.00820/full

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