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オンラインSFイベント見聞記2020

前書き

 こんにちは、橋本です。私の趣味は、SFや幻想文学を中心とした読書です。

 20代のころ勤めていた会社では、好きな時期に夏休みがとれました。そこでブルックリン・ブック・フェスティバル(NY)やReadercon(ボストン)などの海外イベントにふらっと一人でバックパックを背負い、参加していました。
 しかし現在の勤務先は、全社一斉に休むタイプです。海外イベントへの参加は一気に難しくなりました。そこで近年は、メキシカンクス・イニシエイティヴ(メキシコ作家やメキシコ系作家の世界SF大会参加を応援するファンドレイジング活動)や、季刊ブラック・スペキュレイティヴ・マガジンFIYAH(アフリカ系黒人のSFF誌。スタッフは主に米国人だが在住州はバラバラ。トリニダード・トバゴの人もいる)の世界SF大会参加を、ささやかながら経済的に支援してきました。「どうせ私は行けないし、そこまで絶対に参加したいというわけでもないので、代わりに行きたい人に行ってもらうべき」という考えの下の行動でした。
 しかし今年、ニュージーランドが主催した世界SF大会(以下ワールドコン)はたまたま夏休みに当たっていました。そこで2007年横浜での開催以来、2度目の参加を果たすつもりでした。しかし言わずとしれたこの状況の影響で、次々に世界的イベントは中止や延期の憂き目を見ることになっていきました。一方で、いくつかのSFイベントはオンライン開催という形で敢行されるようになりました。

 さて、ワールドコン参加の練習がてら、私は春からいくつものSFイベントを観覧してきました。SFに限らず、文芸系イベントのオンライン開催の参考になるかと思い、ここに英語圏のSFイベントの見聞メモを共有いたします。簡素な記録ですが、なにかの参考になれば幸いです。

結論

 先にトークイベントを行う上で利用するソフトについて、私的な結論を述べておきます。Zoomはやはり軽いし、完成度が高いです。
 Discordでの細かなチャンネル分け、テキストチャットや絵文字でのやりとりは参加者同士が仲良くなるのに有用でした。ただしDiscordのビデオチャットはすぐ接続のクオリティの限界を迎えるので、注意が必要です。十数人以上ならZoomやYoutubeを使うべきです。なお現在、自宅で暇をもてあましている方は多いので、予想以上の来客を想定したほうが良いです。
 元々ゲーム向け配信サービスで、音楽イベントや個人のトークの生配信では定番であるTwitchは、個人的にはあまりUI等のデザインが文芸系トークや日本語には向かなそうな気がしました。

 (23:58追記)自分が登壇したワールドコンと、日本で登壇したSFファン交流会は、事前にZoomの練習会や打ち合わせの場が設けられていました。接続環境の確認がてら、こういう機会を設けたほうが吉です。顔の映りが暗いとか、自室がどう映るか、バーチャル背景が使えるか、うっかり名前欄に本名を出してないか等チェックしたほうが安全です。

4月4日 WiFi-SciFi(英国)

 開催方法:Zoomで開催。事前予約定員90人までは、Zoomで直接パネリスト質問などを行える。YouTubeで同時中継があった。
 主催者:作家のアン・コーレット。
 参加作家の一例:ガレス・L・パウエル、M・R・ケアリー、アリエット・ド・ボダール、デレク・クンスケン、デイヴ・ハッチンソン
 内容:土曜の午後、2つのパネルが実施された。お題は「恐怖、希望、スペキュレイティヴ・フィクション」と「パンデミックは我々が語る物語にどんな影響を与えるか?」 録画を視聴可能。
 課題:通信環境が悪く、途切れがちになった参加者がいた。パネリスト数が多く、あまり発言できなかった作家もいた。

4月22日 ショート・ストーリー・クラブの第一回テッド・チャン編(米国)

 開催方法:Zoom。基本参加費が設定されているものの、無料でも参加可能。集まったお金はすべてチャリティに使われる。チャリティ団体は毎回変わり、事前に明示されていた。
 主催者:新人作家や作家志望者ら、数人の米国人からなる非営利組織ショート・ストーリー・クラブSudowritersという作家集団を母体としている。
 参加作家の一例:私はテッド・チャンの回に参加したが、この後もケン・リュウ、チャーリー・ジェーン・アンダーズ、アナリー・ニューイッツ、ヒュー・ハウイー、マーサ・ウェルズと豪華な顔ぶれで不定期開催している。(なお私はMLに登録しているが、毎度フッターに「誰かN・K・ジェミシン、マーガレット・アトウッド、ネディ・オコラフォー、ニール・ゲイマン、スティーヴン・キング、劉慈欣、ウィリアム・ギブスンにツテない?」と書かれており、豪胆な大物狙いである)
 内容:課題短編小説をあらかじめ指定し、主にその話をする読書会形式。初回以降は、開始前に集まったファン同士を数グループに分けてまず話し合わせ、続いて作家が入室して本編を始めるスタイルに変わった。ファン同士の読書会パートは参加必須ではないので安心していただきたい。ただし、何か聞きたいことない?って当てられる可能性もあるので、何かしら聞きたいことは考えておいたほうがよい。
 課題:ぶっつけ本番なので、ファンの質問が的を射ていなかったり、作家の回答がまとまっていなかったりすることもある。

5月16日-17日 Flights of Foundry(主に米国)

 開催方法:このイベントは参加者数が300人級で大きめだった。Schedという大会・会議運営サービスが使用された。参加登録・発券にはEventbriteを使用。各企画はZoomだが、ファン交流用にDiscordも用意された。また、参加料は自分で決める仕組みで無料でも参加可能だが、○円以上支払っていれば定員制企画の優先枠にすべりこめる優遇制度がある。
 主催:Dream Foundryという新人SFF作家を助けるための非営利組織。
 参加作家の一例:ケン・リュウ、キャット・ランボー、マーサ・ウェルズ、デイヴィッド・D・レヴァイン(本人発音はレヴィーンでした)、ムア・ラファティ
 内容:作家個人の朗読や、ファンが作家を囲んで話をするスタイル(カフェクラッチェ)の数が多め。確かにこれなら登壇者の準備の負担も少ない。主催の性質上、新人作家や作家志望者のためのワークショップが豊富だった。
 個人的には「世界のSF&FTを英語圏に持ちこむには」パネルが嬉しい存在だった。Discordも盛り上がっており、知人が増えたり、プロに直接質問できたりした。おやつ部屋やペット部屋といったDiscordチャンネルで写真を介した気軽なコミュニケーションも可能だった。企画も圧倒的な量と質で「オンラインSFイベント最高では!?」という気持ちにさせられた。
 課題:特になし。IT面でもノンストレスだし、参加者が多すぎずチャットの流速も適度だし、会話に参加しやすかった。ここがまたバーチャルイベントを企画するなら迷わず参加したい。

5月30日-31日 ネビュラ・カンファレンス(主に米国) 

開催方法:Zoom。並行してSlackでテキストチャットで交流可能。なお、交流系企画を除けば、Zoom自体にサインインしてリアルタイムに見るわけではない。参加登録後にログインできるようになるサイト上で、Zoomの動画はRecapdという音声書き起こしサービスを通してから放映される。つまり、ほぼ完璧な字幕が音声・動画と同時に表示される。これはリスニングに自信がない人や聴覚に障害がある方にも大変便利だ。さらに、チャット欄への投稿も人力承認を経てからでないと表示されず、荒らしや不適切発言はブロックする構えだった。また、嫌なことがあればスタッフにすぐ通報するようあらかじめ周知され、とにかく徹底的にトラブル対策がなされていた。
 主催:米国SF&ファンタジー作家協会(SFWA)。同協会員の投票賞、ネビュラ賞授賞式を中核としたイベントだ。
 参加作家:ネビュラ賞は米国SF&ファンタジー作家協会員の賞である。つまり米国SF&ファンタジー作家協会員が大半を占めるし、参加者も多数である。P・ジェリ・クラークやアマル・エル=モータルらも登壇した。
 内容:新人作家向けのHow to的な企画が多いが、企画のクオリティはさすが。一方で、ペン愛好家部屋、参加者同士の交流部屋、カラオケ部屋、飲み部屋なども用意され、硬軟とりまぜた企画を完備していた。
 課題:特になし。考え抜かれた良いイベントだった。しいていえば交流系Zoom部屋の入り口で各ブレイクアウトルームに飛ばしてもらう仕組みを理解しておらず、いきなり目的地を聞かれて焦ったくらい。これは私が悪い。交流部屋《ヴォルコシガンの間》で、アワアワする私にこやかに手を振ってくださったロイス・マクマスター・ビジョルド先生、本当にありがとうございました。

6月7日 ショアライン・オブ・インフィニティー(英国スコットランド)
開催方法:Youtube
主催:スコットランドのSF誌。これまでも不定期にYoutubeでイベントを放映していた。新しい号(黒人、アジア人その他エスニック・マイノリティー特集号)の発刊記念イベントだった。
参加作家の一例:ゲストエディターだったテンダイ・フチューさんやその他の参加作家も登壇した。ローカル&インディーズ&グローバルという感じの顔ぶれ。
内容:インドのアシス・パレムラさんが最年少登壇者で18歳だった。「まだお酒は飲めません。これから読む作品は17歳のときに書いたものです」と前置きして自作を朗読していた。初めと終わりには、スコットランド在住のアーティスト、ファザイ・マンダザさんによるジンバブエ楽器ムビラの演奏があった。朗読の合間に司会の人がジョークを読み上げたり、最後にくじ引きが行われて参加者プレゼントをしていたところに、伝統的英国系SForパブイベントっぽさを感じた。なお、スコットランドは地元意識と独立意識が高いので、スコットランドの人たちのことはイギリスのSF作家と呼ばずスコットランドのSF作家と呼びましょう。
課題:音質・画質が悪い登壇者もいましたが、これは仕方ない。

7月18日 JulyCon(主に米国西部)

開催方法:Twitchで配信。参加無料だが投げ銭が推奨され、リアルタイムにTwitch上で集金状況が表示される。すべての利益はオクテイヴィア・E・バトラー記念奨学金となる。企画数は7つ。
主催:E・D・E・ベルさんという方がが自サイトで告知。
参加作家の一例:ラショーン・K・ワナック、ブランドン・オブライエン、草野いおり、カルロス・エルナンデス、ユーン・ハ・リー、リック・リオーダン他
内容:作家向けのHow toや、ゲーミング関連が多い。
課題:内容に興味がある人には良いと思う。参加者同士の交流がTwitchに限られていた。

7月28日-8月2日 CoNZealand ワールドコン2020(ニュージーランド)

主催:コンジーランド:ニュージーランドのSF関係者。ただしボランティアスタッフとして、過去のワールドコン主催国であるアイルランドや日本の人たちも深く関わっていた。ありがとうございました。
開催方法:主にZoom。(しかし、もしものことが起こればYoutubeやTwitchを使うとアナウンスされていた)
 Grenadineという会議・イベント管理システムを使用。認証システムにはGluuを使っていたらしい。ディーラーズ&アート展示のためにはブラウザベースの3Dバーチャル展示ホールが自作された。録画の視聴や授賞式中継にはThe Fantasy Networkという動画サイトが提供したサーバに置かれた。
 ファン交流用にはDiscordが用意された。Slackとどちらを選ぶか迷ったそうだが、他サービスとの連携、多チャンネルの立ち上げ、ボイスチャットやビデオチャットの簡単さ等の理由からDiscordにしたという。
 登壇予定者には事前にZoomの使いかた講座への出席が求められた。ボランティアスタッフさんのZoom指導も丁寧で、未経験者も当日スムーズに進行できるように配慮されていたと思う。ありがたいことです。
参加作家等の一例:世界中から。日本からは勝山海百合さんが日本語で、八島游舷さんが英語で朗読会を開いていたほか、東京創元社Iさんが翻訳SFの部屋のパネリストとして登壇。私も生まれて初めてパネリストを務めた。
内容:多様すぎて一口には何とも言えない。企画リストはこちらを参照
 後半からはDiscordのビデオチャットの飲み会部屋やお茶会部屋が、ゲリラ企画部屋に近い状態になっており、《クラークスワールド》誌のニール・クラークや、作家のアマル・エル=モータルが長いこと降臨していた。オフライン大会であれば、ロビーや大広間の一角に車座が発生した状況に等しい。
課題:参加者がやるべきこと、登録すべきことが多く、よほどちゃんと読んでいないと見逃しがちで多くの人がスタートに手間どっていたようだ。でも皆さん、説明動画や案内メールには事前にじっくり目を通してください……。
 Discord、テキストと音声のチャットは良いのだが、ビデオチャットは多人数になると接続が不安定になりがち。20人を超えるならZoomやYoutubeでやったほうがよさそうだ。
 ヒューゴー授賞式の中継動画は一般公開もされており、負荷に耐えきれなかったのか、映像や音の途切れが発生していた。司会や賞の発表部分の動画は事前録画。受賞スピーチはリアルタイムの人と録画を事前提供した人とが混在していた。
 なお、ヒューゴー授賞式とレトロヒューゴー授賞式の内容について、批判が噴出する展開となったが、この件については別途記事を作成したい。幅広い世代や属性の人が参加する場をどうやって作っていくかという話になるだろう。
 課題とは別に、国際イベントならば念頭におくべきだった件として、ユダヤ教徒にとって土曜は安息日で電子機器も使えないため、受賞者たちが複数人「安息日なんでもう落ちますね」といいながら、授賞式直後に次々TwitterのTLから消えていった。重要企画を開催する場合は、なるべく多くの宗教の人が参加できる日取り・時間帯を選ぶ必要がある。
 なおZoomの本拠地である米国との時差が大きいため、大会運営は問い合わせに苦労したそうだ。また、各企画部屋ごとにボランティアスタッフがZoomの設営とタイムキーピングその他のアシストを担当してくださったのだが、ある部屋はアイルランドの方がスタッフを担当していて「午前2時。完全に体内時計が狂った」と言っており、他の欧州や中東からのパネリストも深夜~早朝帯でフラフラという展開があった。タイムゾーンへの配慮も必要だ。

 ワールドコンについてはつぶやきまくってしまった。以下にいくつか貼っておくので、興味があればスレッドに飛んだり、タグを追ってみてください。

おまけ

 上記以外では、個人作家の朗読やトークのイベントには、Instagramの配信サービスが使われることも多い。チョン・ソヨンやキャサリン・M・ヴァレンテの配信を少し見にいった。しかしあらかじめインスタのアカウントが必要になるので、元々使っている人以外には少しハードルが高い。見始めた際に〇〇が入室した旨が表示されたり、どの程度ハートが湧くボタンで配信すべきか勝手がわからなかったり、さほどインスタ使用率の高くない私にとっては戸惑いが多かった。


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