オーバーツーリズムについて

 この3冊を読んでみました。オーバーツーリズム(観光公害)が発生していなくても、来訪者の管理は持続可能な観光を目指すうえで必須の取り組みです。

オーバーツーリズムとは

 環境容量(Carrying Capacity)を超えて、観光客あるいは観光関連の事業者が、自然や景観、伝統的建築物などの観光資源を過剰に利用(overuse)することを指す。
 環境容量とは、「ある観光地において、自然環境、経済、社会文化にダメージを与えることなく、同時に観光客の満足度を下げることなく、一度に訪問できる観光客数の最大値」と定義される。

オーバーツーリズムによる影響

1.観光資源への影響
a.自然環境や天然資源を汚染したり、稀少動植物の盗伐といった生態系を損なう問題行為を行う。
b.遺跡や建造物に対して落書きなど直接的、意図的な破壊行為を行う。
c.観光資源本体は保全するものの、周辺を開発したり、多数の観光客が訪れることで景観や生態系を変容させる。
d.観光資源に付随する形で、案内や注意・警告を記した掲示板や休憩所・トイレなどを設置する。
2.地域社会への影響
a.観光客や車両の増加と集中によって、公共交通機関や街なかでの混雑・渋滞が生じる。
b.ゴミが大量に排出され路上等に放置される。
c.水質が汚染される。
d.悪臭が生じる。
e.緊急車両が入れないような狭小道路に面して観光施設が立地する。
3.住民生活への影響
a.観光客が過度の飲酒やドラッグ、ギャンブ等の迷惑行為を行う。
b.夜間に路上で騒ぐなど騒音を発する。
c.ホテルや飲食店など観光客向け施設が開発されて、一般家屋やアパート、緑地等が取り壊される。
d.観光客が一般家庭の庭に勝手に立ち入ったり、住居を覗き込む。
e.観光客が撮影した住民や住居の写真・動画をソーシャル・メディアに掲載、拡散する。
4.経済的影響
a.観光が主要産業となる代わり、他の産業が勢いを失う。
b.観光客向けに割高な価格が設定された(観光地価格)商品が多くなり、家賃・地代を含めて物価が高騰する。
c.地元客から観光客にターゲットを変更した商品(街)が日常生活用品に力を入れなくなる、あるいはウィンドーショッピングの観光客で混雑する商店街を地元客が敬遠し、結果的に商店経営が立ち行かなくなる。
d.農漁業生産の現場に観光客が立ち入り、土壌・水質汚染などが生じる。
5.伝統・文化への影響
a.本来は(数)年に一度行われる祭礼や行事を商業目的で恒常的に展示・公演する。
b.観光客の持ち込んだ生活習慣や道具が地元の日常生活に入り込む。
c.観光客に対する忌避感が高まったり、住民感情が悪化する。

(「オーバーツーリズム-観光に消費されないまちのつくり方ー」より一部抜粋)

オーバーツーリズム対応の具体的手法

1 分散
(1)季節的
 繁忙期に集中する観光客を閑散期に誘導する手法。旅行を検討している潜在的客層やリピーターに対し、閑散期には別の魅力があることを訴求したり、特典や優待などのメリットを提供して誘導する。
 ただし、強い誘因力を持つ対象目当ての観光客は誘導が難しく、梅雨など観光に不向きな時期への誘導も効果は薄くなる。そのため、分散策はリピーター向けに行うことが効果的となる。
・閑散期限定の公開エリアの設定
・繁忙期の人気エリアへの立ち入り制限
・閑散期の宿泊費や交通費、駐車場代の割引
・施設で優待を受けられる歓迎キャンペーン
・閑散期でのイベント開催
・繁忙期と閑散期の両方を巡るスタンプラリー
・閑散期の魅力を発信するSNSキャンペーン
・閑散期の魅力発掘とモニターツアー、プロモーション
・閑散期を魅力と感じるセグメントの特定とプロモーション
・感染症対策(接触削減)と合わせたプロモーション
・閑散期の明示

(2)空間的
 
著名なスポットに集中する観光客のボリュームを抑えるため、周辺の観光地やスポットへの分散を図る取り組み。
 ただし、空間的分散を成功させるには、主要スポットに匹敵する充実した内容を提供し、観光客の満足度を高めることが重要となる。また、季節的分散と同様に極めて人気のある観光資源からの分散効果は薄く、人気スポット周辺に留まっていた諸問題が周辺スポットに拡散されてしまう可能性に注意が必要となる。
・新たな観光スポットの開発・公開
・周辺スポットへのアクセスの改善
・周辺スポットの宿泊費や交通費、駐車場代の割引
・主要スポットの宿泊費や交通費、駐車場代の値上げ
・周辺スポットの施設で優待を受けられる歓迎キャンペーン
・周辺スポットでのイベント開催
・周辺スポットを巡るスタンプラリー
・周辺スポットの魅力を発信するSNSキャンペーン
・周辺スポットの魅力発掘とモニターツアー、プロモーション
・周辺スポットを魅力と感じるセグメントの特定とプロモーション
・周辺(穴場)スポットを巡るモデルコースの提示
・感染症対策(接触削減)と合わせたプロモーション
・観光客の少ないスポットの明示

(3)時間的
 
通常は観光客が活発に行動しない時間帯に、あえて観光を促す取り組み。
 ただし、一般に休息に充てられる早朝、夜間にも観光客を招き入れるため、観光資源の周辺住民の生活に騒音や交通量の増加等による負荷がかかる恐れがある。また、一般的な就業時間以外での観光は、必要な人件費等がかさむことである。
・早朝や夜間といった通常は使われていない時間帯の解放
・ライトアップ
・ナイトツアーやスターウォッチング、天体観測
・モーニングツアーやご来光登山
・特別な空間での特別な夕食や朝食
・混雑時間の明示

2 課金
(1)高額入場料等
 
課金や料金設定などの経済的インセンティブによって、観光客の総量規制を図る取り組み。徴収した資金を観光振興やインフラ整備に活用することもできるが、その代わり観光客がメリットを実感できるようにすることが求められる。
・入域料や入山料、環境保全協力金
・(質の良い)ガイド同伴者に一定の割引を実施
・人気エリアでの駐車場代の値上げ
・諸手数料の増額

(2)税金
 
一律に徴収でき公平性の観点からも望ましく感じられる一方で、制度設計が高いハードルとなる。具体的には、観光客がビジネス客か地元客かの判断が難しいなどが挙げられる。
・条例に基づく公共施設の入館料や使用料の徴収
・宿泊費に一部上乗せして徴収(協力ベースという選択肢も可)

3 規制
 
オーバーツーリズムの発生原因を直接的に抑えようとする取り組み。原因と結果の因果関係が明確であり、仕組みや手法、規制の厳格さ等を変更することで、リターン(効果)の水準を細かく調整できることがメリットとして考えられる。一方で、観光客の振る舞いに直接制約や義務を課すため、忌避感を呼びやすい。

(1)行動規制
 
観光客に一定の行動を義務づけたり、特定の行為を禁止したりするもの。
・(質の良い)ガイド同伴の義務づけ
・生態系に影響を与えないルール・マナーの徹底
・事前のマナービデオ鑑賞の義務づけ

(2)立入規制
 
一定範囲への立ち入りを規制するもの。
・ゲートを設け、冬季等の立ち入りを規制
・破損が著しい観光資源への立ち入りを規制
・土地所有者からの立入規制

(3)入場規制
 立入規制には至らないものの、期間内に入場できる観光客数を規制したり、観光資源の公開時期を限定するもの。
・雪が多く残り危険な山域の入場規制
・事前予約制や当日抽選での入場
・事前レクチャーを受講した者のみの入場

(4)交通規制
 観光資源に対するアクセス方法を規制するもの。
・マイカーや大型バスの通行規制
・夜間や冬季の通行規制

UNWTOによるオーバーツーリズムへの政策提言

●戦略1 
 都市内外での訪問客の分散を促進する
・都市とその周辺の訪問客が少ない場所で開催するイベントを増やす
・都市とその周辺の訪問客が少ない場所で訪問客向けの名所と施設を開発し、PRする
・名所の収容力とそこで費やす時間を増やす
・都市とその周辺の共通のアイデンティティを創出する
・地域の交通手段に自由に乗り降りできるトラベルカードを導入する
・都市全体をインナーシティに指定し、訪問客が少ない場所への訪問を活性化させる

●戦略2 
 時間による訪問客の分散を促進する
・オフシーズン中の観光体験をPRする
・反動価格制を促進する
・オフシーズン中のイベントを活性化させる
・リアルタイムでモニタリングし、人気の名所やイベントに時間制限を設ける
・新しい技術(アプリ等)を利用して、時間の観点で観光客の分散化を促進する

●戦略3 
 訪問客の新たな旅行ルートと名所を活性化させる
・観光案内所を含め、都市の玄関口でも訪問客が訪れる各所でも新たな旅行ルートをPRする
・新たな旅行ルートと名所の中で、複数の場所が連携して割引を行う
・都市の隠れた観光資源に光を当てるガイドブックや書籍を刊行する
・ニッチな訪問客向けの動的な体験の場とルートを創出する
・都市の訪問客が少ない場所を通るガイドツアーの開発を促進する
・著名な史跡や名所のバーチャルリアリティアプリケーションを開発し、現地の訪問を補完する

●戦略4
 規制を再検討し、調整する
・観光名所の営業時間を再検討する
・人気の名所を多人数の団体が訪れる際の規制を再検討する
・都市の繁華街における交通規制を再検討する
・訪問客が都市の周縁の駐車場を利用するよう徹底する
・適切な場所に長距離バス専用の降車ゾーンを設ける
・歩行者専用ゾーンを設ける
・シェアリングエコノミーによる観光サービスに対する規制と課税を再検討する
・ホテルその他の宿泊施設に対する規制と課税を再検討する
・都市、重要エリア、名所などの収容力を明確化する
・旅行会社の許認可制度を検討し、すべての旅行会社のモニタリング等を行う
・観光客が関わる活動に関して都市の一定エリアへの立入りに対する規制を再検討する

●戦略5
 訪問客のセグメンテーションを強化する
・具体的な都市の状況と目的の応じて影響の低い訪問客セグメントを特定し、ターゲットとする
・リピーターをターゲットにする
・特定の訪問客セグメントによる都市への訪問を抑制する

●戦略6
 確実に地域のコミュニティが観光から利益を得られるようにする
・観光分野における雇用水準を引き上げ、働きがいのある人間らしい仕事(デーセントワーク)への雇用の創出に取り組む
・観光のプラスの影響をPRし、地域のコミュニティに観光セクターについての意思と知識をもたらす
・新たな観光商品の開発に地域のコミュニティを関与させる
・地域のコミュニティの需要と供給の潜在力を分析し、観光のバリューチェーン(価値連鎖)への組込みを促進する
・住民と訪問客を考慮に入れてインフラとサービスの質を向上させる
・観光を通じて貧困地区の開発を活性化させる

●戦略7
 住民と訪問客双方の利益になる都市体験を創出する
・住民のニーズと要望に沿って都市の開発を進め、訪問客を一時的住民と捉える
・住民と訪問客の参加を促進する観光体験と商品の開発を進める
・現地の祭りや活動に訪問客向けの施設を組み込む
・都市の観光大使の職を設けPRする
・ストリートアートなどの芸術文化構想を促進し、都市に対する新鮮な視点をもたらして新しいエリアへの訪問を拡大する
・観光名所の営業時間を延長する

●戦略8
 都市のインフラと設備を改善する
・バランスの取れた持続可能な交通管理に向けた全市的な計画を作成する
・主要ルートが大量の観光活動に対応し、ピーク時間帯には補助ルートを利用できるよう徹底する
・都市の文化的インフラを改善する
・案内標識、翻訳資料、掲示を改善する
・公共交通機関を訪問客に適応したものにする
・ピーク時間帯に訪問客専用の交通機関を設ける
・適切な公共施設を用意する
・安全なサイクリングルートを設け、レンタサイクルの利用を促進する
・特定の安全で魅力あるウォーキングルートを設定する
・誰もが参加できる観光の原則に沿って、ルートが体に障害のある人や高齢者に対応するよう徹底する
・文化遺産と名所の質を守る
・観光用施設のピーク時間帯に清掃の体制が整うよう徹底する

●戦略9
 地域の利害関係者と意思の疎通を図り、関与してもらう
・観光に関する管理団体(すべての利害関係者を含む)の設立と定期的な会合の開催を実現する
・連携先等向けの事業用開発プログラムを企画する
・住民向けに地域における協議の場を設ける
・住民その他地域の利害関係者を対象に定期的に調査を実施する
・地域の住民がソーシャルメディアで自分の街に関する興味深いコンテンツを発信することを奨励する
・住民たち自身の行動に関して、住民と話し合える機会を設ける
・ばらばらになっているコミュニティを1つにまとめる

●戦略10
 訪問客と意思の疎通を図り、関与してもらう
・訪問客の間に観光の影響についての意識を醸成する
・現地の価値、伝統、規制について訪問客を啓発する
・交通規制、駐車場、料金、シャトルバスサービスなどについて適切な情報を提供する

●戦略11
 モニタリングと対策の手段を定める
・季節による需要、到着数、消費支出の変動、観光名所の訪問パターン、訪問客セグメントなど主な指標をモニタリングする
・ビッグデータと新技術の利用を進め、観光の実績と影響のモニタリングと評価を行う
・ピーク時間帯と緊急時向けの危機対応計画を作成する

持続可能な観光とは

 UNWTOは、「訪問客、業界、環境および訪問客を受け入れるコミュニティのニーズに対応しつつ、現在および将来の経済、社会、環境への影響を十分に考慮する観光」と説明している。
 また、以下のとおり、日本でも持続可能な観光を目指す上でのガイドライン・指標がつくられている。

レスポンシブル・ツーリズムとは

 レスポンシブル・ツーリズム(責任ある観光)とは、観光客もツーリズムを構成する要素であると捉え、観光客が意識や行動に責任を持つことで、より良い観光地形成を行っていこうという考え方であり、自分の行動が地域や環境へ負荷を与えてしまうかも知れないことを認識し、自律した行動を実践していく、これからの観光のカタチです。
(HP「Malama Hawaii」より)

 以下、レスポンシブル・ツーリズムの事例です。
 観光地に入場する前にレクチャーを行い、必要な誓約をしてもらうというアイデアはとても良いことだと思いました。そのためには、入場する入口にツーリストセンターのような施設があるとベストですね。
 よく「質の良い旅行者を呼びたい」という話を聞きますが、誰かが育てないと質の良い旅行者も育たない。地域の側から「レスポンシブル・トラベラー(責任ある旅行者)」を育てていく、生み出していく考え方が必要かもしれません。

各地のオーバーツーリズムと対応の事例


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