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ムーミンたちのクリスマス

 今回は短編「もみの木」を紹介します。このお話は、『ムーミン谷の仲間たち』(1962)に収められている、クリスマスにまつわる物語です。

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 あるヘムルは、誰かに言われてムーミンたちを起こしにきましたが、ムーミン屋敷の屋根を雪かきしていたところ、内側に開いた窓から家の中に転がり落ちてしまいました(「ヘムル」は種族名です)。機嫌を損ねたヘムルは、冬眠中のムーミントロールたちに向かって怒鳴りました。

 「クリスマスが来るぞ!きみたちの寝坊には、まったくいやになっちまうな。クリスマスはもう、すぐにでもやってくるっていうのに!」

 ヘムルの大きな声で目を覚ましたムーミントロールは、ムーミンママとスノークのおじょうさんを起こし、そのうちにムーミンパパも目を覚ましました。ヘムルはまだクリスマスの支度ができていないと言って、そそくさと帰ってしまいました。ほかの生き物たちもみんな走り回って大忙しだとヘムルから聞いたムーミントロールは、クリスマスというのはみんなが逃げなければならないほどの「おそろしいこと」だと考えました。冬眠するムーミントロールたちは、クリスマスを知らないのです。

 ムーミントロールたちは、ほかの生き物たちにクリスマスについて尋ねました。忙しいヘムルのおばさんやいらいらしたガフサ、ひどく恥ずかしがり屋のはい虫は、誰もクリスマスを詳しく説明してくれません(「ガフサ」「はい虫」も種族名です)。しかし、彼らと話すうちにやるべきことがわかってきて、みんなでわけもわからずにもみの木を飾り、ごちそう、ろうそく、プレゼントを用意しました。ムーミンパパは、クリスマスの支度は危険に備えるためだと考えました。

 評伝『トーベ・ヤンソン:人生、芸術、言葉』には、執筆の経緯が書かれています。ヤンソンは、「スヴェンスカ・ダーグブラーデット」という新聞社から1956年のクリスマス特別紙面用に依頼を受け、ムーミンの物語の新作として「もみの木」を発表しました。期日に余裕がなく、2色刷りの挿絵も用意しなくてはならなかったことから、うんざりしながらの執筆だったようです。評伝の著者であるボエル・ウェスティンさんは、「ヘムルやガフサたちがいらいらしながらクリスマスの準備をする様子」に「当時の苦悩がなぞらえられている」と述べています。

 創作の背景は穏やかでなく、ヤンソンの苦心を反映した登場人物が出てくる「もみの木」ですが、ムーミントロールたちからは緊迫した雰囲気は感じられません。彼らは、「もしかしたらまた、洪水なのかも」などと、過去に起こったできごとを思い出して呑気に構えており、ヘムルやガフサがまともに取り合ってくれないことには困りますが、得体の知れないクリスマスに怯えることなく着々と準備を進めます。

 ときに、登場人物が物語を動かすことがあります。ムーミン親子とスノークのおじょうさんのひとつひとつの言動が積み重なって、「もみの木」の物語全体の雰囲気が穏やかになったのではないでしょうか。たとえばムーミンママは、もみの木を切りに行くなら暖かい格好でなくてはと心配し、ムーミンパパは、自分の家のもみの木は気に入っているのでほかのもみの木を探しにいきます。暗くなる前にクリスマスツリーを用意しなければならないのに、ママもパパもマイペースを貫きます。また、物語の最後には、準備したクリスマスの一式をはい虫たちに譲り、冒頭で雪かきをしていたヘムルが置き忘れた手袋をベランダの手すりに置いて冬眠に戻りますが、こうした姿には優しさが現れています。

    ムーミンたちとクリスマスの物語はコミックでも描かれており、日本語訳はムーミン・コミックス第5巻『ムーミン谷のクリスマス』に収録されています。

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   こちらは、トーべ・ヤンソンの弟、ラルス・ヤンソンの1970年の作品です。ラルスは、イギリスの新聞で1954年から連載が始まったムーミンの漫画製作に1957年から加わり、1960年から1975年の最終話までは1人で担当しました。
  「ムーミン谷のクリススマス」は、寝付けなくなったムーミンママがみんなを起こして冬の生活が始まり、退屈しのぎに出かけた先々でクリスマスに関わる騒動に巻き込まれる、小説とは違うお話です。スキーを脱いで走るムーミンママや、さぼることに必死なムーミンパパなど、おとぼけで可愛い家族の姿に思わず笑みがこぼれます。

<紹介した本>

トーベ・ヤンソン著『新版 ムーミン谷の仲間たち』山室静訳、講談社、2020。

<参考文献>

ボエル・ウェスティン著『トーベ・ヤンソン:人生、芸術、言葉』畑中麻紀、森下圭子訳、フィルムアート社、2021。

※講談社から2014年に刊行された『トーベ・ヤンソン:仕事、愛、ムーミン』の改題・改訳。

トーベ・ヤンソン、ラルス・ヤンソン著『ムーミン谷のクリスマス』冨原眞弓訳、筑摩書房、2000。


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