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億越え開業医の採用基準②-JOKERを引かない看護師の採用-

さて、医療職の採用の第二回は、看護師の採用を考える。

医師と看護師は同じ医療職だが、採用における考え方のアプローチはまるで違う。

一言でいうと、看護師の採用におけるキーワードは「報酬と条件」である。

雇用主と被雇用者が、それぞれ考える報酬と条件を、妥協なくすりあわせることが第一条件となる。

さて、それでは早速、具体的に履歴書から面接まで看護師の採用のポイントをみていこう。

履歴書の性質を考える

履歴書というのは、当然ながら、事前に十分な準備時間がある状態で被雇用者が作ってくる性質がある。

そのため、履歴書は、面接者の長所をみるというよりは、仕事をする上で圧倒的な短所を持っている、いわば “ジョーカー” を除外するという視点でみるといい。

もちろん、ジョーカーも巧妙に尻尾をかくしてくる。

まず初歩的な第一関門は、書類作成の丁寧さである。

医療は、組織の構成員がホームランのような圧倒的な営業成績を目指す、という性格のものではない。

むしろ、チームワークで決定的なミスを防ぐ、慎重さと緻密さが求められる。

履歴書には、派手なキャリアがなくても、きっちり勤務している形跡があるかどうかをみる。

標榜診療科の診療経験がある看護師を採用すべき?

ついつい、雇用主のクリニックの標榜診療科の診療経験がある看護師に目がいき、少々の短所があっても採用しがちだが、ここではそれは全く気にしなくていい。

むしろ、なまじっか同じ診療科の診療経験が長いと、「前の病院/医院では、こんな事してませんでしたよ」などと、一々つっかかってくることもある。

最悪の場合は、他の看護師もまきこんで、院長 VS 看護師の構図を作ろうとしてくる人もいるので、私は「全く同じ条件なら、標榜診療科の診療経験がある看護師を採用」という採用基準をとっている。

また、当然だが、誠実な字できっちりと欄を埋めているかも大事だ。

履歴書で“JOKER”を除外せよ

そして履歴書で最も大事なのは、勤務歴だ。

妊娠や出産、夫の転勤などの理由がないのに、転勤を繰り返したり、勤務歴が全体的に非常に短い人は、要注意。JOKER(ジョーカー)だ。

また、一つの勤務先から別の勤務先に変わるときに、半年など、不自然に間隔があいている人も要注意人物だ。

その半年間なにをしていたかを聞くと、それなりの理由がかえってくるだろうが、まず怪しんだ方がいい。

その半年の間に、複数の医療機関で勤めてはすぐ辞めるを繰り返しているケースが少なくない。

応募者や医療人材派遣会社も、それを馬鹿正直に履歴書にかくと採用面で非常に不利になるので、絶対に書かない。

すぐ辞める人というのは、たいてい被雇用者自身に問題があるので、他院で続かなかったのに自院で長年にわたり貢献してくれる、ということはまずない。

紹介会社経由の場合、会社にもよるが3ヶ月分の給与が紹介料となったりするので、このジョーカーを引いてしまうと、現場が大混乱になるだけでなく、最大100万円が吹っ飛ぶ(新人の教育料も含むと100万ですまないこともある)

面接には現場直属の上司を同席させよ

実際の現場では、履歴書をみながら面接をしていくので、面接の流れのなかでジョーカーを見抜き、除外していく形になる。

この面接には、配属予定先の現場直属の上司を同席させた方がいい。

理由は2点ある。

一つは、現場の上司でしか分からない細かな質問ができることだ。

リアルタイムで推移する勤務状況を一番把握しているのは現場の上司だし、その部門ごとに求められる看護スキルも彼らが一番わかっている。

特に訪問看護など、外来の医師介助などと違って比較的独立性の高い部門の場合は、なおのことである。

もう一つの理由は、責任意識である。

現場の上司に面接に同席してもらい、彼らの意見も聞いた上で一緒に採用を担当すると責任意識がめばえる。

これをしておくと、採用後に新人が現場でトラブルを起こした時に雇用主への不満が出なくなるし、直属の上司である自分がなんとかしないと、という思考にきりかわる。

自己主張の強い人、前職の話を良くする人は外す

面接で予想される雇用主側からの質問は、正直、被雇用者側も準備してくるので、その問答はあまり意味をなさない。

ちょっと意外な質問を入れてみるのがいいだろう。

●●の場合、どのように対応されますか?

のように、現場でおきうる、具体的な、しかし少しトリッキーなシチュエーションでの対応を聞いてみるのもいいだろう。

その時に重要なのは回答内容ではなく、リアクションである。

あらかじめ想定していない質問に対して、ついつい自己主張が強めな部分が出てしまう被雇用者がいたら、少し評価を下げるのがいいだろう。

大事なのは丁寧さ、そして、こちら側に合わせる気があるかどうかである。

この点で、面接時にこちらが聞いてもないのに前の職場の話をよくしたり、前職と雇用主のクリニックを比較する話をよくする人も要注意だ。

特に前職での勤務歴が長い方に、このパターンが時折みられる。

このタイプの方は、前の職場での業務内容や働き方が、その方の基準になってしまってる場合があり、

雇用後に、「この仕事は、前の職場では事務員がやっていた。こんなのは看護師の仕事じゃない」

などと不満をもらす可能性があるので慎重にみきわめるべきである。

自院の評価はあえて厳しめに伝える

特に開業したてのクリニックなどに多いパターンだが、

「とにかく人数を確保したい」
「有能な人材を雇用したい」

という強い思いから、自院を少しでもよく見せようとする先生がいる。

しかし、結論からいうと、これはやめておいた方がいい。

というのも、クリニックにとって痛手なのは規定人数を確保できないことよりも、規定人数を採用した後、数か月以内に辞められることだからである。

早期退職のデメリットは以下の3つがある。

①紹介料が回収できない
②教育コストが回収できない
③職員の士気が下がる

早期退職のデメリット①ー紹介料が回収できない

紹介業者経由の人材は、採用時に3ヶ月分の月収相当を紹介料として支払うのが一般的なので、早期退職されると、この紹介料が丸々無駄になる。

もちろん、1ヵ月以内にやめた場合は紹介料の50%が戻るなど、紹介業者ごとに一部戻る仕組みは存在するが、それでも最大100万円ほどをドブに捨てることになるのは避けたい。

なかには紹介して3か月ほど経過した後に、被雇用者に連絡を取って不満を聞き出して早期退職を煽る悪徳業者もいる。

早期退職を煽って、勤めては辞め、勤めては辞め、を繰り返すことで短期間に紹介料を何度も獲得するスキームである。

早期退職のデメリット②ー教育コストが回収できない

医療機関というのは人の命に関わる仕事で、ミスが命取りになる場合があるので、教育コストが非常に高い業界である。

教育が不十分な状態で即実戦の場に送り出すと、ミスが起きて患者さんの信頼を失うだけでなく、最悪命に関わる健康被害が出る可能性もある。

私の経験上、仕事の一部を任せられるようになるまでに最低1ヶ月、独り立ちさせられるまでに最低3ヶ月は必要である。

例えば、ようやく独り立ちできる3ヶ月経過した場合、紹介料とは別に、3ヶ月分の給与と、その人を教育するためにつけた人材コスト(0.5人分)が必要なのである。

月30万の給与として単純計算しても、135万円の教育コストがかかっていることになる。

3ヶ月で早期退職されると、この135万円の教育コストも、まるまる無駄になる。

早期退職のデメリット③ー職員の士気が下がる

直接的に金銭的なダメージはないが、ボディブローのように効いてきて、しかも結構重要なのが、③の職員の士気が下がる、である。

早期退職が続くと、「ここは魅力のないクリニックなんだ」という雰囲気が漂い始める。

教育係のスタッフは自分の時間を割いて新人教育にあたっているので、教えては辞める、ということを繰り返すと、教えるモチベーションがなくなり、さらに新人が辞めやすくなるという悪循環に陥る。

他のスタッフに関しても、ただでさえマイナス要員で仕事の負荷が増えているのに、相次ぐ早期退職が続くムードが蔓延すると、気持ちが転職へなびきやすくなる。

医療従事者の人材流動性は非常に高く、もともと他のスタッフとの人間関係の軋轢があったりすると、ちょっとしたキッカケが加わるだけで転職へと頭が働く。

極端な話、スタッフは常に求人情報に目を配っており、周囲のクリニックとの相対的なバランスで自院に勤務してくれていると思った方がいい。

これまで長く勤務してくれていたスタッフも雪崩をうったように退職すると、クリニックは一気に崩壊する。

と、ここまで早期退職の3つのデメリットについて話した。

早期退職を可能な限り減らすため、不安要素を抱える人材に対しては、自院の正直な姿、むしろ少し忙しい時期の姿を率直に伝えた方がいい。

正直な自院の姿をみせ、被雇用者の事前の不要な期待値を下げることで、早期退職を防ぐことが重要だ。

採用前は負荷を下げておく

最後に、もう一つ重要なのが、新人スタッフ採用前には、全体の仕事量を少し抑えてスタッフの負荷を下げておくことだ。

「来月からスタッフが2人増えるから、専門外来の予約診察枠を増やそう」
「土曜日の検査枠を新たに増やそう」

と、人件費を無駄にせずに売上を上げようと、ついつい気負いこみがちだ。

しかし、少なくとも3ヶ月経過するまでは、新しく雇用した新人スタッフを確定要員として見なさない方がいい。

つまり、採用3ヶ月後までは、スタッフ+2名と見なさずに、むしろ教育コストがかかるために、むしろマイナス要員と考えるのだ。

そう考えると、新人採用前は、たとえ即戦力だと見込める人材であったとしても業務量は少し減らして、スタッフの負荷を下げておくべきだ。

短期スパンで一時的に売上はわずかに下がるが、新人スタッフの早期退職および既存スタッフの退職のリスクを下げる効果の方がはるかに大きい。

攻めの採用より、リスク回避の採用思考

いかがだっただろうか。これまで看護師を中心としたスタッフ採用について述べてきた。

一貫して伝えたいのは、クリニック経営における採用基準の思考法で重要なのは、攻めの採用よりもリスク回避の思考だ。

クリニック経営でも攻めの姿勢は大事だが、それは採用ではなく、広告やネット戦略であるべきた。

例えとして適切かどうかは分からないが、クリニックにおける採用思考は、「個」の能力が億単位の売上に影響しうる投資銀行などの採用とは、まるで発想が違う。

診療報酬の仕組み上、もっぱら売上に直接影響しているのは医師である以上、看護師等スタッフに求められるのはチームで医師をサポートする資質だ。

たとえ優秀な看護師Aさんが、人より1.5倍速く採血をとれたとしても、微々たる差。

Aさんが人間関係で軋轢を生みやすいタイプで、Aさんが原因でBさんとCさんが退職するなら、彼女はクリニックにとって、とんでもなくマイナスの存在なのである。

また、繰り返し述べたように、新人採用の時期というのはナイーブで不安定な状態だと認識することが重要だ。

これらを肝に銘じて「リスク回避の採用基準」 を取り入れれば、あなたのクリニックは益々盤石になり、地に足をつけた状態で攻めに転じることもできるだろう。

次回、「クリニック×ケーススタディ」をテーマにお話する。


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