楽屋言葉〜香盤・幕間・場当たり〜

「お笑いライブでよく使われる言葉を3つ選べ」と言われたら、『香盤』『幕間』『場当たり』を選ぶ。今回は、この3つについて調べてみました。

【香盤】
読み方は『こうばん』。出演者の出順が書かれたもので、主に『香盤表』という言葉で使われる。香盤は、香木をたき、立ち上る香気の異同によって古典的な詩歌や故事、情景を鑑賞する芸道『香道』で使われる道具で、四角い升に線香を立てるための丸い穴が開いたものである。中田昌秀『笑解 現代楽屋ことば』という事典を引くと、以下のように書かれている。

こうばん
「香盤表」のこと。出演者の出場と役名を一覧表にして、わかり易く書いてある。よく劇場の楽屋などに張ってあるもの。古くは客席でどの桝にどこのお客さんがいるかを一目でわかるように書いた表のことをいった。また、他に東京の寄席では噺家のえらい順番を決めて印刷した小冊子を「こうばん」と呼ぶ。

香盤の画像を調べてもらうと分かるように、香盤は枡目状になっていて、それを客席に見立てたものが本来の香盤の意味だったようである。現在では、演者側の出順として使われている言葉が、元々は客席を意味していたものだということも興味深い。


【幕間】
2022年4月に開催された吉本興業創業110周年特別講演『伝説の一日』の中で、ショートネタのコーナーが行われていたのだが、始まる前に「ショートネタ・幕間(まくま)スペシャルをお楽しみください。」という場内アナウンスが流れていたのが気になった。

『幕間』とは、演劇で一幕が終わり次の幕が上がるまでの間のことや、お笑いライブのネタとネタの間の時間のことを表し、正しくは『まくあい』と読む。「正しくは」と注意書きをしているのは、少なくともお笑いの現場では『まくま』と発音することが多いからである。私も最初に聞いたのは『まくま』だった。一方で、記憶にある限りだと、少なくとも桂米朝師匠や爆笑問題の太田さんは『まくあい』と発音するし、あくまで『まくあい』が正しい。『伝説の一日』を見て、「なんばグランド花月では、“まくま”と発音するんだ」と『まくま』という読み方がいかに浸透しているかを感じさせられた。

この『まくあい・まくま問題』が気になり調べてみたところ、既に昭和30年代には『まくま』という誤読が見られたらしく、『NHK放送文化研究所』のホームページに、幕間の読み方に関する記述が掲載されていた。

Q 芝居で一幕が終わって次の幕が開くまでの間」を指す「幕間」は、「まくあい」と読むはずですが、「まくま」という読み方も耳にします。放送では、どのように読んでいるのでしょうか。


A 「幕間」は [マクマ]と読まれることも多いようですが、放送では演劇・芝居の世界での伝統的な読み方・言い方に合わせて[マクアイ]と読んでいます。また、「幕間」の「間」を[アイ]と読むのは表外音訓(常用漢字表にない読み)なので、放送での表記は「幕あい」にしています。しかし、場合によっては(番組の趣旨・内容によっては)「幕間」と書き表すこともあります。「幕合い」とは書きません。

解説によると、昭和37年(1962)年6月の第512回放送用語委員会で、『幕間』の読みと表記が審議され、読み方は『まくあい』、表記は『幕あい』(場合により、『幕間』と書き表してもよい)と決定された。「幕の合間」という言葉が省略され、『まくあい』と読むようになったらしい。たしかに、『間』という字は『あいだ』とは読んでも『あい』とは読まないので、『まくま』と読んでも仕方がない気はするが、他分野の人と話す時に恥をかく可能性があるので、あくまでも正しい読み方は『まくあい』であるということは知識として知っておいてもいいと思う。


【場当たり】
『開演前に行われる音や照明などを出すタイミング(きっかけ)や、大道具・小道具などを出す場所などの確認』という意味で使われる舞台用語。前述の『笑解 現代楽屋ことば』には以下のように書かれている。

ばあたり
場当たり。客に受けようとして、無理に受けさせること。また、その場その場出たとこ勝負で行くこと。

現在の意味とは全く異なる。また花月亭九里丸編『寄席楽屋事典』を引いてみると…。

ばあたり【場当たり】
前受けを狙う一方で、自分の持前の芸を掘り下げてお客に媚び、無理から受けさせる卑劣なやり方。

『場当たり』は、「場当たり的な行動」のような『行き当たりばったり』『その場の思い付き、アドリブ』といった非常にマイナスな意味の言葉として使われていたようだ。現在の「事前に行われるきっかけの確認」とは対極の意味なのが面白い。元々の意味から変化して現在の使われ方になったのか、お笑いの現場と芝居の現場でそれぞれ別の意味で『場当たり』という言葉が使われていて、芝居言葉がお笑い側に入ってきたのか、この辺りはよく分からなかった。そのうち調べてみます。

※参考文献
中田昌秀『笑解 現代楽屋ことば』湯川書房
https://onl.bz/bNyDRRE
昭和53年発行。寄席の楽屋で使われていた、いわゆる業界用語をまとめた本。今でも使われている言葉から、廃れてしまった言葉、下品な言葉まで、あやゆる言葉が網羅されていて見ているだけでも面白い。

花月亭九里丸 編『寄席楽屋事典』東方出版
https://onl.bz/6HMef6F
『現代楽屋ことば』と同様、楽屋・寄席で使われていた言葉をまとめた事典。2003年に発行されたものなので、『笑解 現代楽屋ことば』より新しい言葉が掲載されている。

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