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【神奈川のこと74】霊峰参拝(伊勢原市/大山)

正月なのでこれを書く。

あれは次男坊が幼稚園に上がる前だから、平成19年(2007年)ごろから約10年間のこと。

元旦になると、初日の出を見るために、神奈川の霊峰、伊勢原市の大山(おおやま)に家族で登った。

早朝の5時台に登り始めて、だいたい6:30から7:00の間に登頂。日の出を拝みつつ、眼下に広がる神奈川の山、川、街、そして海を眺める。大概はすこぶる晴天に恵まれるので、陽光に照らされたおらが街はまぶしく、希望と平和に満ちている。

大晦日の夜、子供たちとかみさんは21時過ぎに寝ちまうが、「紅白」から「ゆく年くる年」への場面転換に神聖なる感動を覚える私は、0時過ぎまで酒も飲まずに起きている。

午前2:30頃起床。かみさんは、少し早く起きて子供たちの分も含めて支度を始める。「今年は止めておこうか」とふとんの温もりの中で自らと数分格闘し、「せ~のっ」で起きる。熟睡している子供たちを何とか起こして着替えさせたら、3:00過ぎに出発。

真っ暗な道を相模大野の駅に向かって家族四人は歩く。ニット帽を目深にかぶり、眠たそうな顔をして歩く子供たちが愛おしい。

3:30頃、相模大野駅から終夜運転している小田急線に乗りこむ。登山の格好をしている人たちと夜通し飲んでいた酔客とが混じっている。

4:30頃、伊勢原駅着。ぞろぞろと大勢が下車し、改札へ向かう。大山行きのバス停にはすでに待ち行列ができていて、大概、1~2本は待たないと乗れない。列を整理したりする神奈中バスの社員がよそよそしいが、心の中で「元旦からご苦労さん」と労いつつ、次男坊の手をしっかりと握って乗車。

真っ暗な元旦の伊勢原をぎゅうぎゅう詰めの神奈中バスはひた走る。途中で、大きな神社の横を通ると、にぎやかに灯篭が並び、参拝客が見える。日本の正月気分が盛り上がる。「ゆく年くる年」を地で行く気分だ。

大山に近づいてくると、標高が上がり、外の気温が一気に下がってくるのが窓ガラスの曇り具合で分かる。少しだけ恐怖を覚える。乗客は皆押し黙って曇った窓の外を伺っている。何かに吸い込まれるようにして、バスはどんどん上る。

5:00過ぎ、バスは大山のふもとに到着。ここから、駒の絵が描かれた参道を歩き、ケーブルカーの駅に向かう。これまたぎゅうぎゅう詰めのケーブルカーに乗り込み、下社へ。ケーブルカーは小田急が運営していて、車内には、さわやかとも耳障りとも言えるクラシック音楽が流れている。慣れてくるとあの音楽を聴かないと、新しい年が始まらないとさえ感じてくる。

下社のある駅に到着し、駅構内の休憩用のテーブルで登山のための身支度を整えたらいざ出発。神社に参拝して、左手にある登山のための神様にもお参りしたら、鳥居をくぐる。いきなりほぼ直角と思えるほどの急な階段を上がる。「これこれ、これで今年も始まるぜ」と威勢が良い。

義理の姉家族も合流し、甥と姪を含めた子供たちはどんどん先を登っていく。途中のちょっとした踊り場のようなところで、追いつく。少し休憩してまた登る。すると少しずつ周りが白んできて、日の出まで登頂できるのかという焦りが出てくる。

日の出の時刻に間に合う時もあったし、途中で拝んだこともあった。
一頭の鹿が、じっとこちらを見つめていることもあった。

登頂の達成感と、眺望のすばらしさが清々しい。ついでに裏に回ると見える富士山もこれまたあっぱれである。

カップラーメンを食べて少し休んだら、疲れ切ってしまう前に下り始める。下りは、すれ違う登山客に「おめでとうございます」とあいさつしながら、笑う膝をこらえる。最後の直角もどきの急階段を下り切ったら、再び阿夫利神社の下社へたどり着く。その頃は、参拝客も賑わっていて、おもちかなんかついて振舞ってくれたりと、ザ・日本の正月の様相を呈している。

一度だけ、我が母校のヒーローである大先輩の原 辰徳と遭遇したことがある。帰りのケーブルカーに乗るべく駅に向かっていたら、上りのケーブルカーから下車してこちらに向かって歩いてきたのだ。すれ違いざま「明けましておめでとうございます。私、東海相模の卒業生です!」と言ったら、ニコッと笑って「あっ、そう」と返事をしてくれた。

帰りの参道では、あちこちの店から「どうぞお休みくださ~い」と声をかけられる。こたつに入ってビールを飲みながらおでんでもつまみたい欲求に打ちのめされるのだが、ここで飲んだら動けなくなると我慢を貫く。
でも、七味だけは必ず買って帰った。

帰りのバスで睡魔と戦いながら、伊勢原駅に到着。小田急線に乗って相模大野まで揺られる。相模大野の駅では、毎朝、新聞を買う売店の老夫婦にご挨拶。いつも良くしてくれるおばちゃんとおいちゃんさ。孫を見つめるようにして、子供たちに眼を細める。その姿を見るのが嬉しかった。

午前10:30ごろ帰宅。シャワーを浴びて、しばらくまどろむ。

午後、町田にあるかみさんの実家を訪問。義父と一緒に飲むビールのこれまた美味なること。

平成14年(2012年)に東林間から西鎌倉に引っ越してからも、しばらくこの霊峰、大山登山は続いた。長男が高校生になった平成20年(2018年)以降は行かなくなってしまった。

これが10年間続いた、元旦のルーティン。

東林間から相模大野駅へ向かって歩く、四人の影。

冷たく澄んだ元旦の空気を吸い込むと、心が温まった。




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