見出し画像

《モナ・リザ》のある場所


《モナ・リザ》の視線

《モナ・リザ》を最初に見たのは小学校の職員室だ。入口の高い壁面に《モナ・リザ》は掛けられている。入る時にはわからないけれど、帰る時には、いつも、高い場所から微笑みながら見下ろしてくれていたはずだ。どこから見ても、鑑賞者に視線を合わせてくれると言われていたので、不思議な感じがした。ほんとにそうだろうかと職員室に入る時は、大抵は、《モナ・リザ》の視線を気にしていたと思う。

記憶を辿っていくと、近くの公民館にあった教育委員会の入口の壁にも《モナ・リザ》の額があった。壁の上方にある絵画は、鑑賞者を遠ざけ、拒否する位置にある。神棚と同じ位置だ。見ようと思っても、あまりよく見えないし、印象だけが増幅する。印象だけが増幅する高さにあって、《モナ・リザ》の頭から体にかけてのなだらか曲線だけが記憶される。髪の毛と、洋服の黒さが、シルエットになってデザインされる。そして、空気遠近法で描かれた背景がより《モナ・リザ》の神秘性を加速する。

        なぜ、《モナ・リザ》だったのだろうか。

おそらく、各地の施設の壁を占有していたに違いない、《モナ・リザ》は、数ある泰西名画の中でも、なぜか、特別なのだ。


漆喰の壁があれば、模造紙があれば

高校の時、自分の部屋の漆喰の壁に《モナ・リザ》を木炭で描いた。壁の上部なので、かなり大きい《モナ・リザ》だ。ただ、母にそれを見られてしまう。
「こんなところに描いて、じいちゃんに叱られるよ」
と、一応、母は言うのだけど、祖父に叱られる気配はなかった。
その後、その壁はどうなったかというと、たぶん、《モナ・リザ》に飽きたのか、あまりにも下手過ぎたのか、買ってきた模造紙に英語の詩をマジックで書いて張った。今考えると、《モナ・リザ》を隠すのだったら、模造紙を張るだけでいいようなものの、白い紙があれば、また、何か描いてみずにはいられない高校生特有の本能があったのかもしれない。英語の詩は、その当時読んでいた『百万人の英語』(旺文社)の巻頭にあった詩を書いた。
         ”The Tide Rises ,the Tide Falls”
                               
(by Henry Wadsworth Longfellow)

            ”潮は満ち、潮は引く”

ヘミングウェイの詩だとずーっと思っていたが、今調べるとヘンリー・ワズワース・ロングフェローというアメリカの詩人で、ロングフェローの時代には作品は人気を集め、最も愛された詩人の一人だということだ。

ちょうど、その頃初めて買ったSPレコードは、オーティス・レディングの
”The Dog of the Bay” だったことを思い出して、港の桟橋で、引く潮を見つめ、行きかう船を眺めながら、時間を過ごしている人の姿と”潮は満ち、潮は引く”の詩が結びついて、なぜか、懐かしい。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?